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04-04
それほど映画業界を知らない手塚にとっても、ストーリーは危なげに感じた。
訳ありで偶然海の家に集まった二十代半ばから後半の六人。内訳は男四人、女二人。かつては賑わっていたが、今では閑散としたビーチに客を呼び込むため、夏祭りを企画する。『大人だって青春したっていいじゃない』というのがコンセプトらしい。世間の辛辣な前評判通り、なんともいい加減で軽すぎると感じてしまう。
主演が決まって監督の秀野と会った時のことを思い出す。
「不安な話だって思ってるだろ?」
いきなり自分の演技のことを秀野に指摘されているのかと思ったら、脚本の方だった。
「だって、原案は俺なんだけどさー、みんな好き勝手言って俺の思い通りにはなんないんだぜ」
監督の立場で秀野が役者に言う言葉ではない気がするが、この行き当たりばったり的な話で自信満々だったら反対に怖い。
初対面で早々に愚痴が飛び出すとは思わなかった。スマートな雰囲気で旬の人気俳優が子供じみた口調で言うから、笑ってしまう。十以上年下のアイドルに笑われても全く気にした様子もなく秀野は続ける。
「『大人の青春』でいきましょうって、なんか周りがもりあがっちゃってさー。瀬戸内海の情緒的な風景と合わなくない?って言ったんだけど『瀬戸内海もそれなりに撮られてますからね。新しい方向で』って言うの。もう迷走に迷走を重ねて気づいたらこうなっててさ!『なんだよこんなん俺の映画じゃないよ、いち抜けたー』ってその時にはもう言えなくなってたし」
「じゃ、しょうがないんじゃないですか?」
「さすが『SF』のクール担当!」
「馬鹿にしてんですか?」
「してないしてない。そう、しょーがないよねー、俺、立場弱いし。まだ全然自分の映画撮る域に達してなかったってことなんだろうな。最初は小さいテアトル公開で、ひたすら地味ーに撮りたい映画撮れればいいなって思ってたんだけど、なんかそうもいかなくてさ。大人の世界は、怖い怖い。気づいたらがちがちに固められてて逃げられないからね。よっしー俺の愚痴聞いてくれんの?やさしーね、巻き込まれたくせに」
言葉の端っこがちくりと胸を刺したが、気づかないふりをした。
「聞いてもいいですけど、俺が聞いてもなんもなりませんよ」
「わかってるよ!でも誰も聞いてくれないし!」
びえっと効果音がつきそうな勢いで秀野が綺麗な顔を無防備に歪めた。
どんな役でもこなすと言われる、今一番魅力的な俳優。演技以外の場面では爽やかで硬派なイメージを貫いている男に舌を巻く。人前に立つ以上キャラ作りは欠かせないが、ここまで徹底していると感心する。
一般向けの顔と、業界向けの顔。ある程度そこに差はあっても、ここまで使い分ける自信が自分にはない。
遠慮のないやり取りの間に、本当はこの人はもっと目的を達成することを真面目に考えてるんじゃないかと感じた。行き当たりばったりで同年代で人気実力ともにトップと言われる俳優にはなれないだろうし、初監督作でここまで予算のついた映画は撮れないだろう。
「どーにもなんないんだから、俺はできることをやるしかない。よっしー頼むよ!俺を助けてね。ついでによっしーを俺の愚痴聞き兼癒し係に任命するから」
「『よっしー』とか微妙な感じで呼ばないでくれたら、いいですよ」
「よっしー、好き!ありがとう!」
神崎といい、秀野といい、自分はこの手の男に好かれるタイプなのだろうか。そして到底拒否できず受け入れてしまう。
「手塚も泥舟で俺と一緒に沈む気はないだろ?」
一瞬前までふざけていたのに、さらっと本気を感じさせることを言って退けるから、やっぱり怖い人かもしれない。爽やかに微笑む、正統派二枚目俳優の顔を冷静に見返す。
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