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06-02

「なーんで、本読みするって言ってんのにお前はいつもいないんだよ!あと四日しかないのに!」  今朝も麻生は玄関口が見えるダイニングで手塚を待ち構えていた。テーブルの上には『散歩』とだけ書いたメモ用紙が乗っかっている。  文句があるなら電話をかけてくればいいのに、自主性を尊重するとかで手塚の帰りをイライラしながら待っている。本当に面倒臭い男だなと思うけれど、手塚にはその面倒くささも面白がる余裕ができてきていた。  最初こそ、思考回路謎な感情の起伏が激しい男というイメージを持ったが、感情の機微に敏感な手塚には、数日一緒に過ごしただけで麻生がくそ真面目で単純なことがわかった。  思ったら、こう言う、行動する。プライドに反することは譲れない。主張がはっきりしていて、融通が効かないタイプだ。  足の怪我が原因で役者を続けられないこと、関係があるらしい秀野とうまく行ってないことを知ってしまえば、不安定な気持ちを察することもできて、それほど腹も立たなくなった。  毎日がうまくいかない時、問題がない時よりも些細なことで感情は揺れる。成人するまでの母親との暮らしで実感しているからこそ、手塚は他人に心を無責任に受け渡さない。  だから麻生のことを年上なのに大人気ないとは思うけれど、俳優業も恋人も、本当に大切なんだろうなと思う。  あの引く手数多であろう秀野と付き合っているのだから、素直な時は余程可愛いのかなと不埒なことも考える。 ーー それともあのオッサン、あちこち手出してんのか?噂は聞かないけど。  一瞬疑い、やはり秀野も麻生のことを少なからず、いや相当思っているんだろうと思い直す。この映画は、麻生が主役を演じるために書かれているんだから。 ーー ほーんと、勘弁して欲しいなー。俺って一番損な役回りじゃん。秀野ほどの人気俳優となると、痴話喧嘩の規模がでかいわ。  キャリアの転機となり得る仕事で、私的なことで多大に迷惑をかけられているのだから、二人に遠慮する必要などないな、というのが手塚の結論だ。 「『なんでひとり息子が帰ってくるんが、そんなに気に入らんの?』」 『ぽかんと口を開けて』と『鳩が豆鉄砲食らった』という表現がダブルでぴったりな、ひどく間抜けた表情で麻生は手塚を見ていた。 『透』が会社をやめて実家に帰ってくるシーンの台詞だが、感情的な言葉だけに自分でもうまく言えている自信はなかった。でも麻生が面白い反応をするんじゃないかとピンときて、するりと台詞がでた。予想以上のまだ見たことのなかった麻生の表情が見られて、それだけで手塚は満足した。 「なんだ……本読みよりの時より全然悪くない。そうだな、ここ家っぽいし、島に帰ったところから順番にやるか。撮影もお前の実力を考慮して順撮りだしな」  順撮りとは、ストーリー順に撮影を進めるということだ。効率を優先して時系列関係なしに撮影が行われることはよくあるが、役者の気持ちの切り替えは難しくなる。演技に慣れていない手塚が心情を重ねやすいようにと配慮してのことだろう。いや、無理だという判断かもしれない。  映画の役が決まった時から、ボイストレーニングは歌から演技向けに変えてもらった。全体の立ち稽古以外にも、事務所で個人的に演技指導をつけてもらっている。これで最初の本読みの時と変わらないなら絶望的だ。 「よろしくお願いします。台本取ってくるんで、少しだけ待ってください」  丁寧に頭を下げると、麻生はまだぼーっとした調子で、うん、手洗ってうがいしてこい、と子供相手に向かって言うように言った。手塚が手洗いうがいを頻繁にしていることに、麻生が気づいていて驚いた。役者だった麻生も習慣にしていたからだろうなと、すぐに思う。

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