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06-05
食後に本読みを再開させると、麻生の要求はさらに細かくなった。時間がないから短期間で伝えようとするあまり主点が定まらず、細部に注意がいってしまうらしい。
「そこは下げ、上げ、上げ、だよ。最後急にならないように半音だけ。『なにし、とっ、たん』たたた、たっ、たん。リズムも気をつけて」
手の振りと音階を合わせられてもピンとこない。
「麻生さん、やり方変えましょう。麻生さんが台詞読んだ後、俺が続けるから、こっち気にしないで思った通りにやってよ。音階で説明されるより感覚的に追った方がやりやすいと思う」
「でも、それだと俺の演技に引きずられて手塚の個性が出しづらくなるだろ」
「いいから。麻生さんの演じ方でいいから。一回全体掴んでから、自分で考えてみる」
「……わかった」
その後は、麻生の声を聞きながら、近づけるように辿り、なぞった。追いかけながら、何度も同じ台詞を繰り返し、ニュアンスを少しずつ変えてみる。ぴたりと来るところを丁寧に探りながらでも、昼前より進行の度合いは早まった。
「今日はここまでにするか。明日は現地で続きしよう。動きをどうするとかより雰囲気掴む感じでいいから」
麻生が言った時には、外は真っ暗だった。
「ありがとうございました」
最初と同じように麻生に向かって丁寧に礼をする。
「お疲れ。晩飯どうする?」
「俺、夜はそんなに食べないんで、適当に済ませますよ」
「おっけー、じゃ、明日な」
ひらひらと手を振る麻生の視線は、すでに台本に注がれている。台本はこれ以上どこを読み解くのかわからないほど書き込みがされ、付箋がびらびらついている。手塚はまだまだ続きそうな麻生の作業を横目に先にシャワーを浴びた。
ーー うわっ。昼間海で泳いで流してなかったからベタベタするな…頭きしきしだし…明日はトリートメント剤買ってこよ…
さすがに濡れた服は着替えはしたものの、こんな時間になるまで気にも留めなかった。麻生の後を追って台詞を吸収していくのに、いつの間にか夢中になっていたらしい。動かし続けたせいで口元にもどこか違和感が残る。
くすぐったいような気持ちで、手塚は二度目のシャンプーを丁寧に泡立てた。
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