46 / 111
07-05
朝食を終えると、ロケ地に場所を移して本読みの続きをした。昨日までは鬱々と感情を抑えるシーンだったけれど、今日の部分は菜穂に恋心を寄せたり、祭りの相談をしたりと明るい展開になる。
「最初菜穂には透はなるべく標準語に近い感じで話そうとするから。でもイントネーションはやっぱり違うし、気をつけてるけど訛りが入る感じ」
「うーん、高度なテクニックですねー」
出会いのシーンは美術館だが、中で喋るわけにもいかないので、隣接されたカフェのテラスで本を広げる。椅子とテーブルが外に置かれただけの状態をカフェのテラスと表現していいかはわからない。
夏休み前の平日の朝なので他には誰もいない。こんな田舎で収支は大丈夫なのだろうかと他人事ながら心配になりながら、麻生はアイスコーヒーを一口飲んだ。
「気持ちが高ぶったり、緩んだりすると方言度高めに」
「はーい。そう言えば、麻生さん全然方言出ませんね。地元にいるのに」
「俺はもう十年くらいほとんどこっちには帰ってないから」
本読みは昨日より大分スムーズに進んだ。器用で頭がいいんだなと、麻生は最初の手塚の印象を改める。これほどイメージが変わるとは思ってもいなかった。
その後は、海沿いの道を歩きながらとか、涼しくなってからは防波堤に座ってと、実際の撮影に近いシチュエーションを選びながら、ラストまで終えることができた。
腰掛けていた防波堤の橋で、手塚はコンクリートの上に倒れこむ。大きなつばの麦わら帽子を顔に乗せて、ふぅとため息をついている。
「んー、一通り終わったけど、俺、ちゃんと覚えてるかなー」
「こういうのは感覚をつかむもので、覚えるものじゃないから。手塚は勘がいいから、十分それらしく聞こえるよ。絶対イントネーション違ったらダメってことはないから。地元の人間が聞けばどんなベテラン役者がやったって違うってわかるんだし。方言は映画のスパイスだけど、もっと大事なのはどう演じるかだからな」
「麻生さん、説明がくどいよね。説教おやじくさい」
「こら。お前にわかるようにていねーに説明してるんじゃん」
手塚が顔に乗せた帽子を軽くぺしんと叩いた。首には巻かれているの手ぬぐいは、今日は紫とピンクの朝顔模様だ。金魚ばかり巻いているので、途中にあった和物雑貨屋でふたりで選んで買ったものだ。
「嘘です。いつも大変ありがたい言葉を頂いています」
「そこまで言ったら余計嘘くさい」
ふふっと笑ってペットボトルの水を飲む。ふたりの足はだらりと防波堤の橋にかけられていて、その下はすぐ海だ。ちゃぷちゃぷと水面が揺れてコンクリートにぶつかる音が続いている。
ともだちにシェアしよう!