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07-07

 今日も「夜は適当に食うんで」と手塚が出かけてしまったから、何を食べようか迷った末、閉店間際のスーパーで調達しようと家を出た。すっかりどこでもビーチサンダルで歩くのに慣れてしまった。  昼間じっとりとしていた空気はあっという間に熱をなくし、涼しい風となって麻生の服をはためかせる。懐かしさを呼び起こす潮の香りがここにはずっとある。 ーー いいところ、には違いないんだよな。  手にした財布をもてあそびながら、見えない海の音に耳を傾ける。 「よっ麻生、久しぶり。なんでさっさとこんのよ?」  鄙びたスーパーでカゴを手に鰹のたたきを物色していたら、後ろから勢いよく体当たりされて前のめった。振り向くと体格のいい幼馴染がいた。まだ初夏だというのに真っ黒に日焼けしている。Tシャツに短パンと二人して似たような格好だ。 「って誰かと思ったらお前かよ。加減しろよ」 「だって麻生、全然顔ださんのやもん。薄情やわー」 「え?なに、俺が帰ってきてんの知ってたの?誰か言ってた?お前が知ってるなんて、俺、知らないしさ」  どうにも二人の会話が噛み合わない。 「は?知らんの?おまえんとこの、ここ毎日俺んち来とるよ」 「はぁぁぁ???『おまえんとこの』ってうちは組じゃねーよ。お前んちってどういうことだよ」 「え?覚えとらんの?うち酒屋じゃん。昼間は店手伝っとんやけど、夜は店の一角借りてバーやってんの。趣味と実益を兼ねてな。ま、バーなんていう小洒落たもんやないんやけど。もう近所の奴ら、飲んだくれの集う飲み屋よ、飲み屋」 「…知るか、そんなん。初耳だ」 「俺、つまみの買い出ししたら店戻るから、麻生も一緒に来いや。今日も佳純来てっぞ」  自分が知らないうちに、どうして下の名前で呼ぶほど仲良くなっているのかと、麻生は面白くなく感じた。 「……これ、店で食べてもいい?俺、夜まだ何も食べてないんだよ」  半額になった鰹のタタキのパックを幼馴染に見せると「おー、おまえは特別持ち込みオッケーな。来い来い!」とバンバン肩を叩かれた。 ーー ほんと、あいつ、またなにやってんだよ…  手塚に向かって、何度この言葉を胸の中で叫んだことか…、げんなりした気分でレジへ向かった。  スーパーから店に向かう時、麻生はママチャリを押す竹田の横を歩いた。カゴにはつまみ類やレモンなどが入ったエコバックが突っ込まれている。 「いいやつやんね、あいつ。サインも書いてくれたし。プライベートなんで、とか澄まして言いそうなもんやのに。愛想ええけん、もう、うちの店馴染んどるわ。昨日なんかもう大変。どこで知られたんか、島中の女が来たんじゃないかってくらい大盛況。佳純、うちでバイトせんかなー?」 「するか!」  幼馴染の竹田が手塚のことを喋っているのが不思議だった。 「地元の言葉知りたいから教えてくれって、今週毎日来とったぞ。ま、ほとんど飲んで盛り上がってただけやけどな」 ーー なんだそれ。何やってんだ。いつも全部が想定外だ、あいつは……  外から見ればとてもバーをやっているとは思えない竹田酒店の入り口を竹田に続いて入ってみれば、手塚はサーバーからグラスにビールを注いでいるところだった。 「あ、竹さん、おかえりー。はい、生ね」  空になったグラスと入れ替えに、手塚は満面の笑みでいいバランスで泡が乗ったビールのグラスを置く。  麻生はカウンターのスツールに他の客が数人いるのもかまわず、ズカズカと大足で店の中を進みダンっ!!と厚い木製のカウンターを叩いた。 「なんでこんなとこでオマエが店番しとんのや!?え?」  派手な柄シャツにサングラス、おまけに金髪のチンピラ風に姿を変えた麻生が、ドスの効かせた声を響かせた。呆気に取られている手塚のTシャツの襟元をぐいと掴み、顔を斜めに近づける。 「俺のシマで見つからんとでも、思っとったんか、あぁぁん!ナメた真似、しくさって!!」 「えっ?えっ?えええ??えぇ?」 「お前、何回『え』って言うんだよ?」  言いながら、色の濃いレイバンのサングラスをずらして麻生が目を覗かせていたずらっぽく笑うと、もう一度手塚は「ええ?えっ?えーー?!」と素っ頓狂な声で繰り返す。  後はその場にいた全員、手を叩いての大爆笑の渦に飲まれた。

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