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08-01 五日目→六日目 / side 手塚佳純
「こんなの書いて大丈夫なのか?竹田は商魂逞しいから宣伝に使われるよ」
とんとん、と壁に貼られたサイン色紙を人差し指で麻生が叩く。
「飲食店でのサインは許可されてるから平気。こっちでロケするのは知られてるから、地元密着的にプラスじゃない?」
「的の使い方がおかしい」
チンピラみたいな花柄と幾何学模様が混じりあったカラフルなシャツを肩にかけ、カウンターで横に並んだチンピラ風の麻生がグラスのビールをあおる。見慣れないので手塚は落ち着かないが、麻生自身は気にする様子もなく妙にこなれている。
「それ、どこで調達したんですか?」
「あ、コレ?竹田の。こっち来る前にあいつの実家寄って物色してきた」
髪にまで金のメッシュを入れてジェルで固める凝り様だ。虫も殺しませんといった風な草食系がチンピラシャツにサングラスで肩を揺らしながらやって来た時、それまで賑やかだったバーが静まりかえった。
麻生が周囲もはばからずがなり立てると体が一回り大きくなっているように見えるほど圧倒された。一瞬芸ですぐに種明かしされたにも関わらず、陽気な酔っ払い揃いの店内は異様な盛り上がりを見せた。
「お疲れ、お疲れ、かんぱーい」
客の会計を済ませた竹田がビールを片手にやって来て、グラスを合わせる。
「さっきのはほんとサイコーやったな」
まださっきの興奮冷めやらぬといった様子で、一気にグラスの半分ほども空けてしまう。
「任侠の役やったことあるんですか?」
手塚が尋ねると麻生は少しはにかんだ。
「ないない。あんなのなんちゃってだよ。こっちの言葉でもないし。手塚、イントネーション覚えるなよ」
「使うときないし」
酒屋の一角にあるバーは、カウンターと酒にこだわっているのだろう。艶やかな手触りのいいヴィンテージ風のバーカウンターは、すぐにいいものだとわかる品の良さがある。すぐ後ろにはアルミの商品棚が並び、そこら中にストックの箱が積んであるが嫌な気はしない。その辺の適当な東京のバーよりもいい酒が揃っているがそれは店主竹田のマイコレクションに近く、飲んだくれには開けないのだと言う。
偶然酒を買いに立ち寄った時、飲んで行けよと言われてから、手塚は毎晩入り浸っていた。同世代のナチュラルな方言が役作りに活かせるとは思ったけれど、単純に居心地が良かった。
手塚が芸能人と知れた後も常連連中の態度は変わらず、飲み仲間と変わらない扱いだった。それほど顔が知られていないというわけでもあるが。
「ああいうのってちょっと照れてごまかしたりとかしちゃうやん。なんかそういうんって見てる方にも伝わるんやろな。麻生には迷いがなかった。やっぱ本職は違うわ」
「遊びだよ。俺の知らないところで毎日飲んだくれてる手塚に『ぎゃふん』と言わせてやろうと思って」
「『ぎゃふん』って……言ったけどさ……。頭の中真っ白になったよ。どーしよ、台詞飛んでたら」
熊みたいに大きな竹田が「え!集めて集めて」と手塚の頭の周りで宙をかき集めるコミカルな動きをして、三人で笑った。
「コソコソ準備するのが楽しーよな。宴会用の金髪スプレー見つけて、金髪にしようぜって、やっぱメッシュやない?とか麻生が言い出して。こいつ本気やーって、面白かったわ」
幼馴染というだけあって、全然見た目の違う麻生と竹田には遠慮のない雰囲気がある。手塚はこれまでにも麻生の同級生という人たちにここで会って、どちらかというと大人しく見える麻生の周りが賑やかなことを意外に思った。
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