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08-02

「にしても佳純がアイドルっていうんにもびっくりしたわ」  幼馴染の親しげな会話を少し離れて聞いていた手塚は、急に話題を振られて意識を戻す。 「姪っ子が『SF』『SF』って騒ぐまで全然気づかんかったしなー。あ、うちの姉の娘ね、小学生なんよ。実家遊びに来とって、帰るからーって店に挨拶に寄ってくれたんやけど佳純見て大騒ぎ。『めっちゃカッコいいけん、これから推しメン手塚くんにするー』って目がハートになってたもん。今時の小学生はすごいなー。推しメンって自分が推してるメンバーってことよ?麻生知ってる?」 『SF』のファンだという小さな女の子が興奮している様子を見て、手塚は人違いだとあしらうことができなかった。人気商売なだけに、ファンでいてくれる人たちの好意があってこそ自分が活動できているのだと実感している。  どうして今日はCDを持って来なかったんだ、サインが欲しかったのにと泣き出した姪っ子に、竹田はすかさず色紙を出した。抜け目なく二枚目の色紙ががカウンターに置かれて断れるわけがない。 「でもこいつ、全然言わないんだぜ。普通に気づいたら馴染んでたもんな」 「こいつって言うな。てか、店番させんな。お前もすんなよ」  ぺしんと柔らかく麻生が手塚の頭を叩く。全然痛くないスキンシップのような触れ方に、手塚は必要以上にどきりとした。勝手に仲良くなってしまった幼馴染よりも、自分の方が近くにいるのだと言われている気がして。 「でもさーこうしてみたら、麻生、ほんとに俳優なんやんなー。ほらっ、前に島でお前と一緒におったすっごいイケメン、あれ、秀野悦士やろ。あん時は気づかんかったけど、後でドラマ見てて『ああーーっ!』って思ったわ。オットコマエよなー」  麻生がこの島で秀野といても何の違和感もないはずなのに、その名前が和んだ気分にちくりと針をさしたことに、手塚は自分で説明がつけられなかった。 「そうだっけ?」と麻生はさらりとかわした。それでも意識しているのが手塚にはありありとわかった。グラスを口に運ぶピッチが少しだけ早くなっているし、表情がわずかに強張った。 「もうすぐ秀野さんも来るから、麻生さん、一緒にここに飲みに来ればいいじゃん」  なぜそんなことを自分で言ってしまったのか、よく分からない。抑揚のない声は躊躇なくさらっと出てきた。 「マジで?!えー連れてきてよー麻生!」 「やだ。宣伝のためだろ」  その後は、二人が話しているのを聞いているのか聞いていないのか、ビールの後はとっておきと開けてくれたイタリア産の赤ワインを静かに飲んだ。クランクアップの時にはもっといい酒を空けてやると気前よく竹田は言った。何人か麻生の同級生だという人が立ち寄り、グラスを合わせて一杯だけ飲んで帰っていった。 「そろそろ帰ろっか」と麻生に促され、カウンターを離れる。 『家に帰ろう』と麻生がいつも言うから、普通の民家で洗濯したり風呂に入ったりしているだけに、帰るという感覚がぴったりくる。撮影が始まれば、俳優陣、撮影スタッフともに貸切の民宿に移るから、そこに『帰る』のもあと二日。

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