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09-05
シャワーを浴びて出てきた手塚に日焼け用アフターローションを投げて、入れ替わりに風呂場に向かう。何も言わず無表情でペタペタと顔から首元につけているのが可笑しくて、にやけているのがバレないように足を早めた。麻生には手塚のこういうところが妙に素直で可愛いく思えてしまう。
手塚の台詞まわしは、動作が加わっているにも関わらず安定していた。
「なんかなー。悪くないんだけど。普通何かしながらそんなちゃんと喋れないから。多分踊りながら声張るのに慣れてるから、すらすら台詞が出てくるのかもな。あと、先を読まないでちゃんとたった今目の前にいる相手を見て。気づくタイミングとか視線の動きが全部ワンテンポ早い。次がわかってるからできる動きになってる」
「うえー、そんなん、急に全部言われても無理だし!」
「そんな、突然できたらお前天才だよ。俺だって言われたこと簡単にできたら今ごろ映画の主役張ってるから。意識するだけで違ってくるから、それだけでいい。俺は全部言わなきゃ気が済まないタイプだから言うけど、全部完璧にやろうとする必要はない。お前は立ってるだけで存在感があるんだから、自信持て」
手塚は飲み込みが早い。どこかを指摘するたび、響くような反応を見せる。でもこんな理論に近いことよりも、感覚を掴みたいんだろうなとは気づいていた。自分ができることなら全部して手塚の助けになりたいと思うほど空回る。
「その『なんなん(何なの?)』っていう言葉一つでも、苛立ちに寄せようと思ったらほぼ同音だし、興奮気味なら語尾を上げるし、言い捨てるようにいうなら、下がる。それを決めるのは手塚だけど、気持ちがはっきりしてないと音もブレるから」
それぞれの言い方をわかりやすくするためイントネーション強めでやって見せる。
「すごいですね。そんなにパターン変えられるんだ」
「特別なことなんて言ってないよ。芝居では普通のこと。方言喋れれば方言教えられるわけじゃないから。演技がわかって、シーンに合わせて台詞言わないと。正確にパターン化するのは研究者の仕事で演技とは別だよ。正解はない。目線ひとつ違えば印象全部変わるのと同じで、音が半音違えばイメージが変わる」
手塚は握った手を口元にやって何か考えるように台本に目を落としている。
「でもその辺はわかってるか。おまえ、女の子がきゃーって絶対言うだろっていう角度で首傾げて、口の形作って、視線遣るもんな。もうこれっていう、全方向完璧に」
「あれは!細かいとこ見ないでくださいよ。もーやーらしーなー」
考えていた顔をふっと緩ませて、バシッと遠慮なく背中を叩かれた。
「考えて、意識しすぎないで。十分いいもん持ってるんだから、今更間に合わないテクニックに走るな」もう一度背中が打たれて、いてっと声が出る。「こういう風にしてっていうのはもう指示もらってるだろうし、本番で細かく言うのか役者に任せるかは知らないけど、演じるのは手塚だから」
『秀野が』という主語をぼかした。なんだか、上げて落として、上げようとして結局落とすみたいなことを言われて、好きだという意味の実感がなかった。
それでも、気まぐれでも、訳がわからなくても、伝えてくれた飾らない気持ちは嬉しかった。気持ちを返せるかは別として、というか本気なのか未だわからないけれど、手塚の持つ魅力を役に映して欲しい、そのために力になりたいという気持ちに変わりはない。
「でもなー、どう見えてるか意識しすぎだな。カメラ入ったら絶対意識するから、お前の場合、忘れてるくらいでいい。もちろん客観的な視点は大事なんだけど、ライブ映像の収録でキメカット用のカメラ位置チェックするの慣れてるだろ。誰の後ろに映っても、踊ってるお前は綺麗だから考えなくていいよ」
「ほんと、麻生さんてさー、喋ってると主題わかんなくなる。陽動作戦かよってくらい。『しゅうぞう』って呼んでいいですか?」
役者としても半人前でリアイア、方言指導も初めての分際で、どこまでやっていいのか迷いはあった。それでも手塚とこうして演じ方を探っていくのやはり心地よくて、言わなくてもいいことまで言ってしまう。
手塚の腹が『くぅ』と可愛い音を立てて、続きを翌日に持ち越した。
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