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09-06

「何食べる?直販センター閉まってるから、スーパー?」  傍の手塚に尋ねると、手塚は何か思い出したように軽い笑みを口元に浮かべた。 「そーいや竹田さん料理上手なんですよ。知ってました?行ったら作ってくれるかも。俺その間、店番しててもいいし」 「アイドルが店番すんな」  ザンザンと寄せる満ち潮を横目に、昼間温められたアスファルトの上を、テンションの高いまま歩く。離れたところから人影が向かってくることに気づいた。暗くてもすらりとした立ち姿に島の人間でないことがわかる。 「よ!出かけるとこだった?会えてよかったー。調子はどうよ、おふたりさん」  あいも変わらず人を食ったような喋り方。ひらひらと手を振る、笑っているのに笑ってないみたいに見える男。 「なんで?秀野さん入るの明日の予定でしょう」 「きちゃった。邪魔しちゃった?」  わざと女子のような可愛い口調で言う秀野を唖然として見た。可愛いこぶって裏がありそうな絶妙な言い方が上手くて気持ち悪い。  一面ガラス張りの窓から橋が見える観光センターのレストランで三人で食事をした。当たり障りのない会話の後、麻生に近況報告してもらいたいからと秀野が言って、手塚と別れた。こいつ今日も飲みに行くんじゃないだろうなと思いながら、あえて釘は刺さず見送った。  どこか店にでも入るのかと思えば、海辺のアスファルトの道からすぐにある、砂浜と隔てる段差のところに秀野は腰を下ろした。仕方なく、麻生はその隣に座る。目の前の海は灯台に照らされ黒く光る。近況報告といっても日報のようなものは、進捗状況、気づいた点などをまとめて毎日メールで送ってある。 「よっしーどう?」 「どこか惹きつけられる魅力があると思います。ダンスで体鍛えてるから立ってるだけで目を引くし。演技はやっぱりまだまだ厳しいけど、台詞まわしの筋はいいです。仕事に対する姿勢もしっかりしてるし、演技力足りない分カバーというか、持ってるものが出せたら悪くないんじゃないかなって思うんですけど。その辺は秀野さんが引き出してくれるといいなって」  ほぼメールに書いたことを伝えた。 「おまえさー、何ぬるいこと言ってんの?現場いないと感覚も鈍るね。あいつの何が商業映画の主役に通用する?主張のないそこそこのイケメンだったらいいって諦めてるよ、あの役は。スポンサーの機嫌損ねない程度にさ。一週間前乗りさせたのは宣伝する時の話題作りのために決まってんじゃん」  ぎゅっと膝の上で手を握る。言葉こそ乱暴だけれど、言っていることはわかる。輝かしい才能を持つ人間は一握りで、それでも役柄とか演出とか全部がぴたりと合った時その才能が花開く。短期間でいきなり演技を仕込んだところで通用するほど甘い世界じゃない。 「演者の持ってるものを引き出すものも監督の仕事でしょう」  秀野の顔をまっすぐ見据えた。向き合うことがなくなってから、初めて秀野を見た気がした。 「プロデューサーとスポンサーにおんぶに抱っこで名前だけのディレクターやるとはまさか言わないでしょうね、秀野さんが『自分の映画撮る』って言うからには!手塚は理解力あるし勘もいいから、秀野さんが『ちゃんとした』指示出せば必ず応えます。あいつの魅力を『秀野さんの映画で』撮ってください」  おしゃべりな秀野が何も答えない。これだけのことを秀野相手に自分が言うとは思わなかったが、全く後悔はなかった。 「やだなー聖、好戦的になるなよ」  沈黙を破るように突然口調を変えて秀野が笑って言った。 「お前が最初とぜんっぜん違うこと言うから、からかっただけだよ。本気に聞こえたんなら、俺の演技も捨てたもんじゃないねー。手塚のこと、どーにもなんねーって怒ってたのにえらい気に入ってるみたいじゃん。可愛いでしょ?よっしー」  どいつもこいつもいい加減にしろよーと口に出して言いそうになったが思いとどまる。 「『SF』の神崎以外でって言われて俺が選んだんだ。ま、四択だけど、あいつちょっといいかなって」  あっさりした言い様に、ため息が出そうになる。 「……なんでここで映画、今更撮るんですか?」 「約束守るために決まってるじゃん。自分の中のね。俺がちゃんと有言実行するとこ『今』見せとかなきゃお前逃げるかもしれないって思ってさ。この島であの時感じたもの絶対見せてやるって、映画撮る俺のモチベーションだったから、なくなったら困るんだ」  何も言えない。言っていることの意図が読めない。どんな時もわかっていた相手を、憎み合って避けていた時より遠く感じる。

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