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10-01 七日目 / side 手塚佳純

 最終日、麻生が手塚とたったふたりのリハに向かい合う熱量は前日以上だった。秀野のことを翌日まで引きずるそぶりは見せなかった。手塚は告白なんて人生初めて恥ずかしいことをした相手の反応よりも演技への影響が気になっていたから、好きだという気持ちはやっぱり思い違いじゃないかと思ったほどだ。  麻生が手塚以外の全員の台詞を担当し、その時々で主要な人物の動きもサポートする。今回島でのロケ日程はタイトではないが日数が限られているので、東京で事前リハーサルが重ねられていた。麻生とのやり取りは、台詞と動きのコーディネーションを測っていく作業に近い。  あまり自分が出しゃばると良くないからと麻生は言うが、手塚にとって細やかな指摘は今までの演技指導とは別に大きな刺激になっていた。方言台詞をナチュラルに演技に馴染ませるこつも、感情や見せたい部分によりニュアンスを変える感覚も、少しずつでも吸収している楽しさを感じていた。  ふたりきりで過ごす時間も、もうすぐ終わりがくる。ロケ中でも麻生はいくらでも相談に乗ってくれるだろうけれど、今ふたりの間に流れる濃密な空気は無くなってしまうだろう。  最後の菜穂乗った連絡船を見送るシーンのために、もう使われなくなっている島の港に行った。近くに何艘か小さなボートは停められているが、かつて連絡船が寄せた渡しの部分は撤去されている。ロケ予定地で他の港を見ているので、余計に物悲しさを感じた。橋でビュンビュン移動する方が自分には合っていると思った手塚でさえ、時とともに変わり、失われていく景色に思いを馳せた。 「ここから毎日船に乗って高校行ってた。お前には、想像つかないだろ?」  そう言って麻生は笑った。  菜穂が島を去ることを決心したことに気づいた透が港へ追いかける。出発間際に菜穂を捕まえ、キスシーンがあって、離れていく船を見送ってラスト。ストーリーの流れ的にはそれでいいのかと多大に不安になるけれど、そんなことは言っても仕方がないことだった。  キスシーン、麻生の肩を捕まえ顔を少し傾けただけで、するりとかわされた。 「なーんで、そこ逃げるんですか」  もちろん本当にするつもりなんてなかったが、あからさまな避けように手塚は口を尖らせた。 「俺で練習するなよ!当然だろ?」 「だって演技でするとか初めてだから、どんな感じかわかんないし。麻生さんは今まで演技で何回もキスしたりとかあったんでしょ?だったら別にいいじゃないですか」 「俺はそんなに経験ないよ。本番でやれ、本番で」  夕日とは反対側になるが、反射光で景色が朱に色づいている。ここまで順番にシーンを経て、感動のラストに向かっていたのにぷつりと空気が切れてしまったが、そんなことはどうでもいいといった言い合いになっていた。 「本番で失敗したらすげー恥ずかしいじゃん」 「純愛系の映画だから、ちゅって軽く触れるだけだろ」 「人ごとだと思って簡単に言うなー。今までいっぱい細々言ってきたのに」 「あっちから撮ります、じゃもう一回、そのままストップしてーって、どうやってやるとか言うどころじゃないし。その辺指示出るって」 「秀野さんは出さないよ。今まで何も言われてないし。麻生さんやって見せてよ。口つけないでいいから」 「当たり前だろ!」  麻生が急に走り出し桟橋を離れていくからびっくりした。キスシーンをやって見せてくれることにも驚いたが、そこから始めるのかとも。

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