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「冗談ですよ。からかっただけです。気づいてみればこのシチュエーションって、みたいな」 「お前、ほんとは俺のこと好きとか全部からかってるだけだろ?」 「そんなわけないでしょ。それは冗談なんかで言えない。今は考えないようにしてます。俺にとっては今回の撮影、すごく大事だから集中したいんで」  この場で目の前の男を押し倒すくらい、手塚にとってはなんのこともない。それをしないのは…、今の気分に流されず『お前はとにかく目立つな』そう言われて始めた役をやり通したいのは、自分のためなのか、麻生のためなのか。わからないから苦しい。  麻生が何も言わないから自分の台本を手に立ち上がる。 「ありがとうございました。おやすみなさい」 「待って、手塚」  引き止めるように掴まれた手首が熱い。その手を振り払うように解いて行こうとしたら目の前に立ち塞がれて、息苦しくなった。今すぐ離れようと思った瞬間、もう一度手を掴まれた。 「大丈夫だよ。この役、手塚がやってくれて良かったと思ってる」 「だからそういうのは終わったら言ってくださいよ。今言われたら、ただのプレッシャーになるじゃん」  まっすぐぶつかってきて、いつもピントがずれている。馬鹿みたいに真剣な男の言葉を茶化してかわす。その言葉が胸に熱を落としたことに気づかなかったふりをする。こうして麻生は優しい声で手塚を手なずける。草どころか霞を食べてるみたいなしれっとした顔をして、ぎゅっと手塚の胸を掴む。 「お前はやれる。お前が俺に見せてくれた顔見てたらわかる。ずっとお前のこと見てるから、安心して行ってこい」  やっぱこの人キモいなと思いながら自分を握っていた手を反対に捕らえて引く。不意をつかれ倒れ込んでくる体を受け止めると、妙に馴染んだ。ぎゅっと強く抱き寄せる。  頭、悪くなりそう。誰かを好きなるって頭が悪くなることなんだろうか。 「て、てづ、かっ…苦しい…」  胸を押し返す手の力はあまり強くない。本気で嫌で逃れようと思ったら、こんな暴れ方では済まないだろう。麻生は腕の中から抜け出そうと身をよじるが、それさえ媚態に見えてくる。 ーー 煽ってんのかな…この人、やばいな…  麻生の顔を片手で寄せて最初から遠慮なく深く貪るように口づけた。嫌がられるかと思ったのに、気が抜けるほどあっさりと触れたい場所に触れた。  ずっと台詞を口にしていたからふたりとも唇がかさかさに乾いていて、舌先で辿るように麻生の唇を舐めて唾液で湿らせる。そこに自分の唇を押し付けると馴染みが良くなった。唇の間に舌を這わせてもきゅっと結んで開こうとしないが、されるがままになっている。 「んっ…」  体は避けるように後ろに反らせるけれど、ほとんど本気が感じられない。肩を抱いたまま首筋を指で撫で下ろすと、喉を引き攣らせたように喘ぎに近い息を漏らした。 「…ぁ…んっ…」  瞬間、無防備になった唇の間に舌をねじ込む。息を詰めながらも溢れさせる切ない息遣いを全部食んでしまうかのように、手塚は夢中になって貪った。首筋から喉元を撫でると麻生が熱くなるのがわかって、指先から手のひら全体を押し当てて何度か辿った。どくどくと熱い脈が手に流れ込んでくるような気がした。

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