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「本気で好きになったかもしれない」
心地よく疲労し満たされた体をふたり並んで横たえている。手塚は淡々とした口調で言った。
「こんなことしといて、今更、かもしれないとか言うな」
好きかもしれないと、中途半端な告白をしたのは手塚だ。口にした時からやり場のない気持ちを持て余していた。今は受け止められている実感がある。それでも…。
「断定したら、多分、今より苦しくなるから。麻生さんが他の人見てたら死ぬほど嫌になりそう」
こういう時に他の男の話を持ち出すのは嫌なんだけど、と断って、麻生が言いにくそうに口を開く。
「お前、やたらこだわるから今言うけど、秀野とつきあってたのって七、八年前だよ。それからほとんど関わりないし」
「嘘っ!」手塚は思わず、子供じみた声をあげて傍の麻生を見る。「だってあの脚本、すっげー愛情に溢れてるし、この前麻生さん泣いてたじゃん」
「あれは…島に帰ってきたの久しぶりだったし、台本読んで、まぁ…昔のこと思い出したり、今の仕事も絡めて混乱してた。お前やっぱりすごい想像力だな。お前の中でどんな話になってんのか、怖いわ」
必要以上に秀野の存在に心をかき回された自分が間抜けに思われてくる。それでも、秀野に煽られたから麻生のことを好きだと思ったのではなく、ただ一緒にいて、麻生の心に触れたからもっと近づきたくなったのだと思う。秀野のことはひとつのきっかけに過ぎない。
「秀野さんが復活愛狙ってるとか?」
「あいつはそんなまどろっこしいことしないよ。…も、やめよ。今話したくない」
首元に麻生が顔を埋めてきたから、形のいい後ろ頭を撫で額に唇をつけた。
出会いから一週間で、こんな甘い気持ちを味わうとは思いもしなかった。行為の後もっと相手を知りたいと思うのも、その場限りの関係をもつか、なんとなく都合がいいからつきあったことしかない手塚には人生初めてのことだ。
ーー もっと好きになるかもしれない。そしたら、どうすればいいんだろう。
ひとり朝の浜辺で途方に暮れた時よりも、ずっと光が見える悩みだった。
「麻生さんて気持ちいいこと好きなんだね」言い終わらないうちに、がつっと思いきり足が蹴られた。「…っつ!あざができたらどうすんだよ。撮影でハーフパンツとか履くのに。乱暴だなー」
言っていることと行動は別で、そっと指を絡めながら手を繋ぐ。
「…楽しかったな、一週間」
麻生の言葉がぽたんと胸に落ちて染み込んだ。
「うん…」
そのまま、抱き合って眠った。胸の中にこもる温かい息に、興奮して眠れないんじゃないかと思ったが、麻生と抱き合うのはとても心地がよくて案外すっと落ちるように睡魔はやってきた。
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