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11-02
クランクイン当日早朝、この映画の監督、秀野悦士と俳優陣にスタッフで、島内の神社に安全祈願に行った。
「出演者が揃ったら、メイキングビデオ撮る用にまた来るからー」と、隣で秀野が明け透けなことを言っていたが、手塚は無事撮影を終えることができますようにと手を合わせた。
「本日、映画『真夏の果て』地方ロケ、クランクインです。監督を務めます、秀野悦士です。どうぞよろしくお願いします」
秀野の挨拶に大きな拍手が起こった。
「撮影前から有難くも大きな話題として扱ってもらいまして、不安に思われている方もいると思うんですけど」
またまたそんなことを…、と露骨な物言いに手塚は呆気に取られる。あちこちで失笑が聞こえている。
「すっごく頼りになるスタッフさん達、すっごく魅力的な役者陣、揃いましたので、みなさん安心してください。大丈夫です。本当にひとりひとりのみなさんを頼りにしてるんで、俺を助けてくださいね。俺はもう大船に乗ったつもりでいるので、遠慮なくなんでも言ってください」
ひとり勝手に大船に乗らないでほしい。
いろんなことを決定して撮影を引っ張っていくべき人間が、自分に言ったのと同じことを爽やかな笑顔で言うから、やっぱりこの人掴みきれないなと唖然とする。
「今回『大人の青春』っていうテーマ、我々大人が楽しんじゃいましょう。俺の目標は作り手全員にすっげー楽しかった!って本気で言ってもらうことです。『青春』ですから、大人がやるからには必死でやんなきゃ追いつきません。仲間を信じて、一瞬一秒を惜しんで楽しめ!それから自分以外の誰かを最高に輝かせてほしい。誰でもいいから。役者だけじゃなくて、隣にいるスタッフさんも。作り手がそう思って作ったら絶対観てくれる人にも伝わると思うから、みなさんよろしくお願いします」
もう一度盛大な拍手が起こって、ヒロインの槻山に続いて手塚が紹介された。大勢の前で声を出してみて、自分が緊張していることに気づいた。
初日の撮影は透が実家に帰ってくるシーンだけだが、手塚のせいで予定以上に押していた。
「よっしーは、まだまだイケメンオーラ出すぎ。で、喋るの滑りがよすぎ。仕事辞めて地元帰ってきただけなんだけど、透にとってはもう何もかも無くした、俺もう本当にダメだって気持ちだから。なのに『ここには何もない』って言ってた実家に帰ってくる。もーお父さん、もっとどやしてやって」
最後は父親役の俳優に向かって言うから、みんなが笑って周囲が和んだ。両親役は二人ともロケ地近県出身のベテラン俳優で、いい意味で引きずられる形で台詞は自然なイントネーションで出てきた。
でも肝心の演技が掴みきれていない。台詞を覚えてすらすら出てくるだけじゃ話にもならない。
自分を過小評価しておいて、他人に尊大になれる徹の気持ちが手塚には理解できない。すぐ向こう岸の街にちょっと出て一度失敗したくらいで何かを失ったと言えるのか。でも手塚だって自分の行く先に不安を抱えていた…今も状況は変わっていない。
息苦しいような緊張感の中で、秀野の指示をよく考えて聞き、麻生との練習を思い出し、自分の経験から感情を探す。自分が持っているものを一回一回総動員させてやってみるのだけれど、オーケーの出ない繰り返しが焦りを生む。
「すみません。何度もやってもらって」
両親役の俳優とスタッフに深く下げた頭を秀野に起こされ、肩をぽんぽんとたたかれる。
「初日で一番ナイーブになるところだから気にしなくていい。ちょっと休憩入れようか。一回その辺歩こうか」
「そうそう、気にしない、気にしない。久しぶりに地元に近い懐かしい言葉が喋れて嬉しいわ」母親役の女優が自分に気を遣ってくれているのがわかり、居たたまれなくなる。「私たちは今日のシーンだけでしばらく出番ないから、終わったらとりあえず打ち上げで飲むだけやから。あら、自然に方言が出てきちゃった。悦士くん、もちろん地酒用意してくれてるんでしょ?」
「ちょっとー、監督って呼んでくださいよ。雰囲気でないから」
「撮影の方に雰囲気出してどうすんのよ」
「なんてったって初監督なんですから、雰囲気くらい味わわせてよー」
秀野とは旧知の仲らしく、遠慮のないやり取りが続いている。
「じゃ一旦休憩で。十五分後に再開しまーす」
全員に向かって声をかけた秀野に背中を押され、一緒に民家から明るい日差しの中に出た。出る時ちらりと麻生の方を見た。不安そうな顔を見せるのが嫌ですぐに目を逸らした。
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