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少し高くなったところから海が見えるベンチに秀野と腰を下ろした。目の前に広がるのはいつもの海で、心地いい風を送ってきて手塚の気持ちを少しだけ落ち着かせてくれる。ベンチは屋根付きで強い日差しを遮っている。この島にはこんな風にゆっくりと海を望める場所が多い。
「よっしーさー、何があったのか知んないけど、映画のラストみたいな顔してんだよね」
わけがわからないという顔を手塚がしていたのだろう、秀野がさらに続ける。
「迷いがなくなって、意志が固まって、前見てる、イイ男の顔。視線がぱっ、ぱってどこ見てもすぐ定まるからわかる。ただがむしゃらでコワイ感じじゃなくて、周りもよく見えてて柔らかい雰囲気あるし。麻生が手塚なら大丈夫って言ってたのわかるよ」
「そんな…俺、ダメ出し何回も出されて、考えても、試しても、どうすればオーケーもらえるのかわからないのに…」
「でもさ、やってやるぞって思ってるでしょ?そういうのがすごく顔に出てる。その顔はラストで見たいんだ」
自分では今秀野が言うような顔をしているのかわからない。だとしても、じゃあどんな演技をすればいいのかもわからない。にこっとわかりやすい秀野の微笑みは相変わらず意味深で、次は何を言われるのか手塚は身構えた。
「俺と麻生はさ、昔すごい仲良かったんだよね。聞いたかもしれないけど。ふたりとも映画俳優目指して、理想とか夢とか語り合っちゃって。若かったし。大喧嘩したきっかけが、俺がテレビの方に行ったことだった。麻生は絶対映画、しかもあいつ好みの映像が綺麗でじわっと、しみじみするやつね。わかる?」
「言わんとすることはわかりますけど、この話の方向性がわかりません」
「よっしー、クールなとこ変わらないねー。あいつのこだわりようはもう絶対。融通の利かない映画バカだってよっしーも知ってるでしょ?」
返事は求められていないのがわかる。麻生と一緒に『透』という役に臨んだ手塚には当然わかると秀野は知っている。秀野はこちらではなく、明るい太陽に照らされるきっぱりとブルーの海を眩しそうに見ていた。
「怪我のせいで一年以上役者やってないあいつに、俺は『俺の映画手伝って』って頼んだの。ちょっと考えるって言ってその後、麻生は『この仕事、俺にやらせてください』って俺に頭を下げた。意地悪とかじゃなくて偶然なんだけど、そこ、テレビ局だったんだ。あいつ、局の資料室でアルバイトしてたから」
ひどく、胸が痛んだ。麻生は自分に同情などして欲しくないだろう。でも、どれだけ麻生が演技にこだわっているか、役者という仕事をしたいと思っているか、手塚はもう心で知ってしまっている。麻生に関する単なるデータからではなく、日々の暮らしや書き込みでいっぱいの台本で知っている。一緒に夢中で台詞を追い、悩んで、笑って、今日の日を迎えた。いつも本気だった。
理解することを超えて、あの男が、と思うだけで、ずきずきと胸が痛むのだ。
「『透』はそんな気持ち。麻生とは人も失ったものの重みも違うって思うかもしれないけど、透はずっと閉ざされた島から出ることを夢見てたんだ」
絶望と怒りと諦めと、それから少しの希望。こんな風に簡単に言葉にしてしまえない、渦巻く気持ちを胸に、麻生はあの日手塚に会った。
「こんなこと、俺に勝手に話していいんですか?」
「いいんじゃない?あいつに『自分の映画撮るって言うからには手塚の魅力を引き出して撮れ』って怒鳴られたんだぜー。それができなかったら俺はただのお飾りだってさ。言うだろ?俺は監督としてやれることはなんでもやるつもり。これも一環だから」
麻生がそんなことを…?と、驚きとともにまた熱くてまっすぐな麻生の、知らないところに触れた。
「この映画って、麻生さんが主役演るために書かれたんですよね?」
「よっしーは気づくと思ってた。でも今はよっしーの役だから。麻生の代わりにする気はない。今麻生の話したのは、よっしーなら気持ちを感じられると思ったから。想像と感じることの違いがわかると思ったから。行こうか。映画が俺たちを待ってる、なーんてね」
感じたことを糧にしたい、と思った。それは他人の不幸話をということではもちろんない。
自分の心が動くことをいつも感じていたい。そしてそこで終わらせて、いつか薄まっていくのを待つのではなく、ポジティブな形にしたい。手塚はいろんな形でエンターテイメントや情報やいろんなものを発信していく立場にいるけれど、今日初めて表現することの意味をはっきりと感じた。
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