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12-03
『え?麻生さん、なんでビデオ撮ってるの?』
手塚本人がやってきたのでカメラを向けたら、どこから走ってきたのか息を弾ませて言った。
クランクイン当日にも撮影が始まって顔つきが変わったなと思ったけれど、さらにも増してしっかりとしたいい顔になっている。伸びやかでどこにでも手が届きそうな…、手塚がダンスをしているときの空気をいつも感じさせる。
「秀野さんに頼まれたの。なんか喋って」
『なんかって?』
「えー撮影はどうですか?」
『めちゃ、めちゃ楽しいです!六人の仲間は歳も近いんで、芝居のことからプライベートまでいろいろ話すし。真剣にやるときはもう集中して、馬鹿やるときは本気で馬鹿なんで、メリハリあっていいですね。一番楽なところで緊張感がある…っていう。明日は夏祭り本番なんで、すごく楽しみだな。みんなで盛り上げるんで楽しみにしててくださいね!…えっーとこんな感じでいい?』
「はいはい、ありがとう」
あまり知られていなかった手塚の魅力がこの映画いっぱいに映るといいなと思う。でも反対に自分だけが知っていた手塚のことをみんなが知っていくのが、少し寂しい。
『あ、待って待って、もうちょい喋るから』
ぐいと強引に手塚の顔に向けてカメラを戻される。
『こうやって俺が今こんな気持ちで撮影に向かえてるのは、俺の演技指導の麻生聖さんって人がいて、彼のおかげなんです』
「何言ってんだよ、お前」
『ほんとに。演じることなんて何も知らなかった俺に、麻生さんがまっすぐ向き合ってくれたから、今の俺がいる。秀野監督の言うことも自分で考えて噛み砕いて、できること全部やってやるぞって思うし、仲間たちと切磋琢磨しながら真剣に演じられて嬉しいし楽しいし、スタッフさんみんなに感謝して、そこからまた勉強したいなって思うの、こんな現場に今いられるのは、麻生さんに出会ったからだよ』
カメラ越しにまん丸な瞳で熱い視線を向けられ、胸をとんっと叩かれた気がした。
手塚にはもうわかった、慣れるということがない。取り巻く世界がより鮮やかに一秒一秒変わっていく。
「今度は俺が麻生さん撮ってあげる。どうですか手塚佳純は?」
手塚の瞳が輝いてキラキラしている。こんな男が自分のことを好きだと言うなんて、こうして現場にいると信じられない。
『ツンデレ』
「はっ?もう!真面目に喋って」
『最初はね、キツネリスみたいに毛を逆立てて、ぷいってしてたのに、気がついたら懐いてんの』
「なにそれ!」
『可愛いくて、俺は好き』
そこで手塚の口がむっと少し尖って、怒っているのではなく、照れているのがわかった。やっぱり可愛い、と思って麻生は笑ってしまう。
あとでこの映像は消さなくてはと、麻生が撮ったビデオを最初からモニターで見ている手塚を見つめながら思う。
それでみんなを撮ってきてよと言うと、麻生に一瞬笑顔を向け、俳優陣の中に走って行った。ワイワイとふざけてビデオを撮っているのが遠目に見える。眩しいな、と麻生は思う。
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