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12-04

 瀬戸内は中国・四国地方の山地に囲まれ、晴天の日が多く気候は一年通じて穏やかだ。台風の影響もほとんどないことが、海辺に並ぶ木造住宅の年期の入った様子を見てもわかる。  季節外れの台風が近づき、ロケの予定変更が問題になっていた。規模はそれほど大きくなく、天気予報によると瀬戸内は進行方向から逸れるか、一日雨が降る程度の予想。けれどその日に当たるかどうかという日程で透が菜穂に高台から海を見せて励ますシーンの撮影がある。  順撮りを繰り上げて、予定日より先に撮影してしまうか。手塚と槻山のコンディションを優先させて、雨が降るなら先に伸ばすか。麻生には秀野が決断しかねている様子が伝わっていた。 「秀野さん、あのロケ予定地、前に麻生さんと行ったんですけど、足場すごく悪いし雨降った後じゃ更にぬかるんで機材持って上がるのは無理だと思います」  手塚が秀野に話しているのを聞いた。  役者もスタッフも解散した後、手塚がひとりで民宿に向かっているのを見かけ、会いたくなって追いかけた。民宿まで来てしまうと、玄関横に置かれている縁台のところに秀野が見えたので足を止めた。話終わるのを待とうかなと思っただけで、会話を積極的に聞くつもりはなかった。 「だよなー。でも、迷ってる。順撮りなのはさ、みんなの気持ちを時間を追って重ねてっていうのもあるんだけど、俺にとっても重要なんだ。自分が見た景色をもう一度追いたい。全部思い通りにならなくても、それだけは俺のわがままを通したい」  秀野の言葉にじわっと手に汗が滲んだ気がして、手のひらを指でさっと撫でる。 「映画は昔から撮りたいって気持ちはあったんだけど、二十歳の頃にさ、この島に来て『絶対に映画撮る』って決めた。あの海を見て、もうこの先いいことしかないって思ったんだ。自分が望んだことで、できないことなんてないって」  やっぱり麻生と同じことを感じてくれていた。心が重なっていたからあの時、秀野と体を重ねるしかなかった。そしてその後道を違えた。 「大切な人と見た景色なんですね」 「うん。実際はここまで来るのにいいことばっかりじゃなかったけど、後悔なんていっこもないし。何回でも新しいこと感じられるのが映画じゃない?…なんてねー、ほんとただのわがまま。多分、もう一回見たいんだ、あの光を。間違いなんかひとつもないって肯定してくれる海を」 「明日、俺、一緒にロケ地もう一回行きましょうか?明日は俺オフ日だし、秀野さんも撮影午後からですよね。状況も確認した方がいいし、俺一度行ってるんで案内できると思います。多分だけど…秀野さんが見た景色とは違うと思う」 「全く同じものは見れないってわかってるよ」  秀野は静かな口調で言った。 「秀野さんて、常に冷静なくせにちゃらけてるからどっか読みきれなくて、時々怖いなって思うんだけど、今の話聞いたら麻生さんと仲良かったんだなってわかります。しれっーとしてるのに熱苦しいとこ一緒」

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