79 / 111

12-05

 同じ景色を見て、気持ちを共有できる人間がどれほどいるだろうか。死ぬまでに何人と出会えるだろうか。全てが奇跡に近いという気がしてくる。  これ以上ふたりの会話をこっそり聞いているのは心苦しくて、離れようとした。 「よっしーに誤解されたくないから言うけど、こんな風に思ったのはこの島を舞台にするのが決まってからだよ。もう長らく、ここで映画を撮るつもりはなかった。それから仲良かったことを抜きにして、麻生はすげーいい役者なんだ。映画の中で生きてるみたいな。声も安心感があって台詞が染み込んでくるみたいに聞こえる」 「わかります。俺も麻生さんの演技も声も好きだな」 「でも、あいつ大人しそうに見えるし、じっくり付き合う役じゃないとすぐにはわかってもらえないんだよね。で、もうちょい営業とか人間関係上手くやれば役も来るのに絶対やらないし」 「それもわかります」  ふっと手塚が笑い声を漏らしたのが聞こえた。 「ずっと気になってたんですけど、どうしてこの話って橋が架けられる前が舞台なんですか?」 「俺が初めて来た時橋は架かってなかったし、橋があるのとないのじゃ距離感違うから。『透』はきっと橋の架かってない島から海を眺めて育ったと思う。『透』は海の向こうは遠いって思ってたし、負けない飛び越えてやるって気持ちもあるし、弱さを知ってる分、強くなれるやつなんだよ」 「それって誰かに似てる」  手塚がまたくすっと笑うのを聞いて、その場をそっと離れ、家に向かって歩いた。  秀野がこの映画を麻生のために書いたというのは、本当かもしれない。どうして今更…。 『逃げるな、目を逸らすな』  秀野とのすれ違いの本当の原因から目を逸らして、別れからずっと経って、今度は演じることからも映画からも逃げようをした麻生を引き止めるため。 『この本読んで秀野さんの気持ちがわからないなら、台本の何を読んでるんですか?』  手塚の言葉が聞こえる気がする。  一緒に映画を撮ろうという約束を、今になってというより今だから、秀野は麻生のために果たそうとした。『映画バカのお前が、映画から離れるなんて、ありえないだろ?』秀野なら、きっとそう言う。  そして自分が二十歳の頃に島で感じた気持ちを映画にしたいというのも本当だろう。  ただ、高台から海を臨むシーンはあえてロケ地を外した。あの時の二人の、大切な場所だったから。過去になっても、恋心がなくなっても、今の自分たちにたどり着くための、大切なワンシーンだから。  涙が溢れそうに潤む目を、潮風が乾かしてくれる。泣いたりはしたくない。大切なことに気づかせてくれた二人の男に格好悪いところは見せたくない。

ともだちにシェアしよう!