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12-06

 翌朝、日が明け始める時間に、ロケ予定地に向かうであろう手塚と秀野を引き止めに行った。移動用のレンタカーの前で麻生が待っていたことに、ふたりは驚いたようだった。盗み聞きしましたとは言えないが、きっと勘づかれてしまっただろう。 「透が海を見せるシーン、この島で撮りましょう。台風はぎりぎり逸れるかっていう進路だし、ここなら山道も整備されてて、もしも前日多少雨が降っても登れると思います。予定通りロケを進めませんか?」  秀野は何か考えているようで答えない。 「秀野さん、俺にとっては大切な場所だけど、もういいんです。ここから先に進むから。秀野さんの映画に残してくれるなら俺は嬉しい」  もう、大丈夫だという気がした。ここからどこにでも行ける、橋ででも船ででも、なんでも。自分が望めば、向こうに広がっている新しい景色に飛び込んで行ける。 「聖が言うならそうするわ。えーじゃあ、俺は安心して朝ごはん食ってこよーっと。早起きしたからお腹すいたなー。よっしーありがとね。山登りしなくてよくなっちゃった。ラストに向けて今日はゆっくり休んで」  あっさり言って秀野は民宿に戻っていき、ふたりを置き去りにした。適当な調子に見えても、秀野はこの島の山からの光景もロケハンのとき見ていて、撮影場所として納得しているし撮る画だって決まっているはずだ。  久しぶりに手塚とふたり浜辺を歩いた。空の藍色が薄まっていく時間帯、揺れる水面に朝の日差しが降り注ぎ始める。 「パンとフルーツとサラダ買って、うちで朝ごはん食べる?今日オフ日だろ?」 「うん…」  ほんのりとした薄暗さに紛れて、歩きながら小さく返事した手塚の手をとって繋いだ。大胆なことをしておきながら、さりげなく躱されなかったことにほっとした。 「ちょっとだけ、俺の話してもいい?」 「うん。麻生さんが俺に話したいことなら聞きたい」 「俺ね、足の怪我のせいで役者あきらめたんだ。自分が目指していたような役者になれないならもう意味ないって投げやりになって、アルバイトしながらぶらぶらしてた。なのにお前に知ったようなこと喋ってたら楽しくて…」  手塚が足を止めたのに合わせ、言いづらいことを告白している心細さからゆっくりと顔を上げたら、優しい瞳がこちらに向けられていた。 「ごめん、秀野さんから麻生さんのこと少し話聞いたんだ。『知ったようなこと』なんて言ったらだめだよ。麻生さんが今まで真剣に積み上げてきたものを教えてくれたんだから。俺がこの役やるために、出来ること全部、俺に渡してくれようとしたでしょう」 「…違う。お前は変なとこ優しいから、甘えてた。もともとキラキラした魅力を持ったお前が、俺がちょっときっかけ作ったり言葉かけるだけでぐんぐん伸びて前に進んでいくから、楽しかったんだよ」  そっと手塚の方から優しく指が絡められる。 「秀野がきっかけを作ってくれたとしても、この役をやるのがお前じゃなかったら、俺は気づけなかったと思う。自分が見ないふりして甘えてること。俺ね、やっぱり映画の中で役者を続けたい。そのためならどんなこともやる。もう、逃げないから。気づかせてくれてありがとう、佳純」 「俺だったからってのはわかんないけど、麻生さん気持ち悪く謝ってばっかだから、ありがとうって気持ちはもらっとくね」  柔らかく肩を包まれ、唇が満たされる。麻生のカサついたところをいつも手塚が潤わせてくれる。 「俺も、ありがとう。今すごく楽しいんだ。この先はわからないけど、グループの活動ももっと大事にしたいって思ったし、今回の映画みたいに新しいことにも挑戦したい。ダンスだって、日本だけじゃなくて世界中に舞台がある。麻生さんの役者みたいに、コレってものは見つかってないけど、俺もきっと見つけるよ。それまで全力で面白いこと全部やってやるつもり。だから麻生さん、俺のこと見てて」  朝焼けの中で、今度は麻生からキスをした。 「見てるよ。お前ほんと、目が離せないから」  ふっと微笑みあって、もう一度お互いから唇を合わせた。波の音が聞こえていた。船が過ぎる音が聞こえていた。海風に吹かれていた。触れるところだけ熱かった。

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