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 島のシーンを撮り終えた後憂鬱なオフィスのシーンを撮るのは嫌だと序盤に秀野が勝手なことを言い出して、予備日に本土で急遽ロケを済ませていたので、ラストシーンを終えると全編クランクアップとなる。  最終日は島を去る菜穂を透が追いかけ告白をして、再会を約束し船を見送るシーンのみが残されていた。海の家メンバーの出番はないが一緒にクランクアップを迎えたいと島にとどまっている。本番には見学に来るようだ。  麻生は朝一番から行われる機材設営の段階から、現場を見ていた。まだ夜に近いほど暗く、うっすらと空の端っこが明るみ始めているだけだ。  カメラの移動レールやモニターなどがきびきびと技術スタッフたちによって運び込まれる。真夏の日陰のない野外撮影なのでタープテントが張られ、テーブルや椅子なども置かれる。手塚が前を走るだけの駐車場には車が配される。  近隣への騒音を配慮して、静かに進められる作業を麻生はただ眺めた。この映画が撮影される最後の空気を感じておきたかった。  麻生は今日何もすることがない。手塚の演技を見るためだけにここにいる。台詞に関して、手塚にもう何も言うことはないだろう。  朝明けとともに人が増え、声を掛け合い、朝食の差し入れなどもあって賑やかになっていく。 「あれぇー、船着き場の駐車場のお兄ちゃん役の人が来てないなー。おかしいなー。台詞あるのに大変だっ!」  全く感情のこもっていない秀野の声が聞こえて、絶対に何か企んでいるという嫌な予感がした。 「本当ですかっ?大変じゃないですか。連絡取れないんですか?」  手塚が秀野に向かって話しかけているが、不自然に声が大きい。 「そうなんだよー。どうしようー。もうすぐ撮影始まるのに…」  視線は話しているはずの手塚ではなく、じっとこちらに向けられている。演技とも言えないほど適当な間延びた喋り方をしながら、目は真剣で全く笑っていない。 「すぐ、その役できる人がいるじゃないですか、ね、麻生さん」  ふたりの男がじっと麻生の方を見ていた。 「こんな小さい役じゃ不満か?」  秀野が麻生に向かって声をかける。 「やるよ」 「頼んだよ、聖」  麻生の方に歩いてきた秀野は、ぽんっと強く麻生の肩を叩いた。  ほぼカメラに映ることのないエキストラに近い役だが不満はない。演じることへの不安もない。最初から麻生のために用意されていた役だ。  秀野のことだから、主役のキャストが決まった時、脇の役に麻生を誘うことも考えただろう。でもクランクイン前に麻生が役を受けることは絶対にないと知っていた。今なら、ふたりが離れても麻生に役者を続けさせたいと思ってくれた秀野の気持ちがよくわかる。

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