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作業着のような服に着替えた。グレーの帽子を目深に被ってしまえば、誰でも見た目はそれほど代わらない。
船着き場の駐車場に車を案内し終わった直後に、透が走りこんでくる。
『連絡船!もう出た?』
『次は五時やけんもうそろそろやね。走ったら、まだ間に合うわ』
『ありがとう!』
そう言って透は走り去る。それだけだ。
それだけだが、大切なラストシーンの一部分だ。映画に不要なシーンはひとつもない。だから、編集段階でがっつりカットされるかもしれない。それでもよかった。
麻生はもらった役を演じることができる喜びを感じていた。朝早くから準備をしていたスタッフ、出演者、エキストラ、秀野と手塚を見る。初めての現場に立ったのに、帰ってきた、と感じる。
手塚が走るルートやカメラ位置、車の動きやタイミングを合わせるリハーサルが何度か行われる。
「本番、スタート!」
車を案内することに集中している、走ってくる男に気づき、どちらを先に通すか一瞬考え、距離を測って車を出す。
『連絡船!もう出た?』
目の前でスピードを緩めた男は、肩で息をしている。どこから走ってきたのか限界に近い。その必死さに、どうしても間に合わなくてはいけないのだろう、と思う。
『次は五時やけんもうそろそろやね。走ったら、まだ間に合うわ』
頑張ってな、間に合うといいな、そんな気持ちで早めの口調で伝える。
『ありがとう!』
すれ違いざま明るい声がかけられる。毎日島の同じ駐車場で働く自分には、港に向かうその前向きな力強さが眩しい。
『全力で走りや!きっと間に合うけん!』
男は振り向くことなく走り抜けて行った。
「カット」
勝手に台詞を言ったから、もうワンテイク撮るかと思っていたら、オーケーが出た。手塚は麻生の声に振り向かなかったが、一瞬足を緩めたのがわかった。
秀野が静かに、麻生を見た。
「聖、急だったのに、やってくれてありがとう」
「いや、俺の方こそありがとう。悦士、俺、役者続けるよ」
「お前の礼なんていらねーよ」
憎まれ口を聞いて思わず笑ってしまう。着替えのために離れようとした時「お前が次に出る映画、楽しみにしてるわ」と秀野が言った。
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