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ラストカットは船から菜穂の視点で見える透の姿だった。
広範囲で港が映るため、麻生は遠く離れ、船を見送る手塚を見ていた。カットがかかってもずっと海を見やる男を、麻生はいつまでも見つめていた。
「槻山嶺奈さん、手塚佳純さん、本日クランクアップです!お疲れ様でした」
海の家メンバーが走ってきて、槻山には透の幼馴染役の男が、手塚にはミュージシャン役の女優がそれぞれ花束を渡した。いい大人がわーっと抱き合ったり、肩を組んで叩きあったりして途端に賑やかになる。女子ふたりは目元の涙を拭いながらも笑顔を見せている。
海をバックに六人が並び「ありがとうございました」と深くお辞儀をすると、大きな拍手が起こった。
「本日、映画『真夏の果て』クランクアップです」
もう一度盛大な拍手に包まれる。ヒロインの槻山が秀野に花束を手渡す。槻山はまだ目を潤ませていて、なにか言葉を秀野と交わしている。
少し離れたところで見ていた麻生向かって、人の間を縫って走り寄ってくる手塚が見える。これからまだ挨拶があるのにあいつ、何するつもりだ…と息を凝らして見つめていると、驚くことにというか、やっぱりというか、麻生の目の前にやってきた。
「麻生聖さん、本日クランクアップです!お疲れ様でした」
目の下に皺ができるほどの満面の笑みで手塚は言って、小さな花束を麻生の前に出す。
いつも淀みなく鮮やかな色を撒き散らして、手塚は前触れなく麻生の胸に飛び込んでくる。特徴のあるハスキーボイスが心を揺らす。
花束を受け取ると、すぐにそれが潰れそうな勢いで首元に抱きつかれた。
手塚の演技指導担当としても麻生は知られているので、微笑ましい光景に周囲のスタッフたちが拍手を送ってくれる。
「ありがとう。お疲れ様、佳純」
ひどく温かなものに包まれていて、それ以上の言葉が思い浮かばなかった。ぽんぽんと背中を叩き「お前の挨拶、みんな待ってるぞ」と言うと、手塚は出し惜しみない笑顔をもう一度くれて、走って戻っていく。
ーー ここから歩き出さなかったら、新しい明日も、新しい世界も、見ないままだった。一歩を踏み出す力をくれてありがとう。
すっと伸びた手塚の背中に向かって言った。同じだけの熱量を、眩しい男に返したい。たった今から、見えない未来まで。
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