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「ただいまー」
すっかり日が沈んだ頃、昼前に見送った手塚の姿が、そのまま、いや多少よれた感じで見慣れた玄関にあった。
「ほんとに羽田からとんぼ返りしてきたの?」
撮影を終えて、麻生は一週間ほど地元に留まり、両親や友人、こちらで方言指導をしている人などに会う予定にしていた。秀野がそのまま家に滞在しても費用を負担すると言うので言葉に甘えた。
手塚も長いロケの後、一週間という夏休みをもらっていたから当然島に残るという話になったのだが、スタッフや俳優陣たちの手前、東京まで一緒に帰らないわけにもいかない。羽田で適当な理由をつけてみんなと別れ、Uターンして戻ってきたらしい。
「『当たり前やん。帰ってくるってゆうたやろ。クランクアップしたら開けてくれるってゆうとった竹さんのとっておきのヴィンテージワインまだ飲んでないし!』」
来た時と同じ荷物を再び玄関先に下ろし、靴を脱ぎながら、わずかの引っかかりもなく自然な調子で手塚が言う。
「お前めちゃめちゃうまいな、方言。台詞じゃなくても喋れるんだ。びっくりした」
「でしょ?指導者が良かったからね。地方CMの仕事来ないかなー」
「うん、くるといいなー」
「すごい棒読みだなー」
慣れた調子で顔も見合わせず滑らかに会話を続ける。
「で、なんだよ、ワインのために帰ってきたのかよ」
荷物を取るのかと思ったら急に麻生の方を振り返り、至近距離で覗き込むように見つめられ、どきりとする。
「聖さんと一緒にいたいから戻ってきたの、知ってるくせに」
人差し指で、とんっと胸を突かれる。色の濃い大きな瞳がくるりと光って、いたずらっぽい笑みを浮かべている。
「俺に言わせたかったんでしょ?可愛いなーもー!」
それから、目が三日月になって、思いっきりの笑顔。なんだよ、お前の方が可愛いだろ、と麻生は思ってしまう。
「時間知らせてくれたら空港まで車で迎えに行ったのに」
「いいんだ。ここで聖さんに、待ってて欲しかったから」
なんだか照れくさくなって普通に返すと、急に素直になって言うから、ふわっと温かいものが胸に広がった。
手塚と初めてこの家に来た時とは、全てが色合いを変えてしまった。
「おかえり、佳純」
「ただいま、聖さん」
ゆっくりと見つめ合って、ありがちな恋愛映画のラストみたいな軽いキスをした。
そしてその先は、ありがちじゃない男との予想もつかない夏の休暇が待っている。手塚が纏ってきた潮風が、ふたりの心をそよがせる。
「『やっとふたりきりになれたね』的な」
こうやって手塚が茶化す時は大抵照れ隠しだと、麻生はもう知っている。
「的の使い方おかしい」
「『これでやっとやりまくれるね』的な」
がつっと麻生は無言で手塚の足を蹴った。
「痛っ!乱暴だなー。俺が帰ってきて嬉しいくせに、素直にならないんだったら、…何しちゃおうかな」
「いくらでも何でも、お前の好きにしたらいい……」
ふっと柔らかく息をこぼして、愛しい男の顔が近づいてきた。
少しずつお互いの知らなかったことを知って、新しい景色を見て、記憶を重ねて、ラストシーンのない、いくつものストーリーをこれからふたりで紡いでいく。きっと夢見るよりも楽しいことが待っている。
fin.
2017 秋
2017-2018 冬 改稿
Suzu HANAO
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!!
リアクション、ハート、コメントとても嬉しく、励みになりました。ありがとうございました。
その後SSに続きますので、もうしばらくふたりにおつきあいくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。
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