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13-02

 昨日は、ほぼ半同棲状態になっている手塚のマンションで、レシピサイトを表示させたスマホ片手にサーモンとほうれん草のキッシュを焼いていた。  そこへすっかり髪色を変えた手塚が帰ってきたので驚いた。夏のスッキリしたカットではなくて、少し厚めでふわっとさせたスタイルになっている。 モデルばりの全身コーディネートなのに「いい匂いがする」と、子犬みたいに無防備な笑顔を見せるから、セットされたばかりの髪をわしゃわしゃと乱したくなった。 「今度、新曲のPV撮るディレクターさんが、秀野さんの映画マスコミ先行試写で観て気に入ってくれたらしくてねー」  夜はあまり食べない手塚が、キッシュとサラダと白ワインという簡単な夕食を前に、嬉しそうに話し始める。 「今度の曲、しっとりめのミディアムバラードだから、ドラマ仕立てにして俺メインで撮りたいって言ってくれてるんだ」 「すごいじゃん!」 「まだわかんないんだけどね。そういうのって、そこだけ俳優持ってきて撮ったりするの多いけど、俺、歌パート少ないから丁度いいんじゃないって話になってんの。他のメンバーにコーラスで絡みながらって感じでコーラスも増えるし。映画とも相互効果が出るってプロデューサーも割と乗り気で。決まると嬉しいけどね」 「お前の声低いからコーラスでもメイン立てながら特徴出せるし、PVでメインっていうのも、すごくいいと思う!いい方向にいくといいな」  麻生の言葉に、手塚はてらいのない笑顔を返した。簡単なことではないけれど、手塚の魅力が伝わる仕事が増えるといいなと麻生は思う。  そばで見ていて、どれだけ手塚がハードに仕事をこなしているか知るようになった。  グループの音楽活動をメインに、バラエティ、グラビア、ラジオ、握手会にトークショー、それに加え歌とダンスのレッスンにコンディションを整えるトレーニング。聞いているだけで目が回りそうになる程だが『自分に』っていう仕事があるだけでありがたいと事も無げに手塚は言う。  そんな手塚を知って、麻生もあちこち積極的に営業に行くようになった。まだ映画では前よりずっと小さな役をこなす程度でメインで食べて行くのは難しいけれど、ドキュメンタリー映画やCMなどのナレーションの仕事が来るようになった。役者の仕事にもつながりそうでもあるし、別のジャンルでも学ぶことも多い。  麻生が声を担当しているCMが流れるたび、手塚は「いい声」「好きな声」と言いながら耳を傾けてくれる。

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