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 麻生はまだ完成した映画を見ていない。もうすぐマスコミ向けのプレミアム試写会の予定があり、それに招待されているので、緊張と楽しみを半分に待っている。  意外なことに、というか、新たな戦略を敷いたのか、秀野の映画の前評判は上々だ。マスコミがすっかり手を裏返し『大人の青春を瑞々しい映像で描いた』と持ち上げている。メインキャストの六人がロケ前よりも仕事の幅が広がって、人気が出てきていることも関係するのかもしれない。  六人は相変わらず仲が良く、手塚のうちで麻生を含め食事をすることもある。手塚は信頼している人には麻生を恋人として紹介する。それがまだなんだかくすぐったい。  食事を終え別々にお風呂に入った後、クイーンサイズのベットに並んでそれぞれ本を読んでいたら、手塚が何の前フリもなく口を切った。 「ねー、知ってた?史弥と秀野さん、つき合ってんの」  読んでいた文庫本を起きもせず、思わず手塚の顔を見た。感情の読みとれない淡々とした表情をしていた。 「え…嘘…」  嘘だと思ったわけではないが、自然と口から零れた。 「本当。今日本人から聞いちゃった。…複雑?」 「いや、俺よりお前の方が…」  そう言って手塚の読んでいた本を見ると、さっきから全然ページが繰られていない。手塚が神崎のことを弟のように大切に思っていることを麻生は知っている。自分は秀野が誰と付き合おうが今更気になりもしないけれど、手塚がこの時間まで話題にしなかったことがすでに、複雑な心境を伺わせる。 「うーん、どうなんだろう…俺は史弥が幸せならいいんだけど。でも、あのオッサン、マジで史弥のこと泣かしたら殺す…」 「近い人間関係の中で、軽い気持ちで手を出す人ではないと思う、けどな、多分…。神崎がつき合ってるって言うんなら尚更…」 「弟を嫁に出す、みたいな気持ちなのかなー」 「うん、そうなのかな。いろいろ違うけどな。お前んとこは仲良いからな」  手塚が手足を曲げて少しだけ麻生との距離を縮めたから、シーツの上に本を置いて、そっと手塚の黒髪に口づけた。  艶やかな髪からは、いつものシャンプーではなくヘアサロンの匂いがした。そういえば前回、カラーリングの日はカラーを保たせるために髪を洗ってはいけないのだと言っていたのをふと思い出す。麻生も役柄で髪を染めたことはあるが、そんなこと考えもしなかった。  手塚が二冊の本をまとめてサイドチェストに置き、リモコンで部屋の明かりを消す。いちゃいちゃもせず、いつもより大人しい恋人を腕の中に抱き、温もりを感じながら眠った。

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