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13-06

 帰りは遅くなると手塚からメッセージが入っていたので、自分のうちに帰ろうか一瞬迷い、結局手塚のマンションのリビングで帰りを待っていた。  シャワーを浴びてベッドに行こうか、いやもうすぐ帰ってくるかも…と思っているうちに気づけば日が変わっている。こうやってやきもきしながら待っているのも、全然嫌じゃない。  それからしばらく後、音を立てないようにという配慮が伝わってくるゆっくりとした鍵音がして、手塚が帰ってきた。 「あれ、聖さん、まだ起きてたの?ただいま。これ、お土産買ってきたよ、牛タンと日本酒」 「どこ行ってたんだ?仕事?」  ブルーのソファーに座ったまま、手塚が手にしている大きな紙袋を見ながら尋ねる。恋人の仕事をいつも把握しているわけではないが、地方に行くときは手塚からの気遣いで教えられるので、突然の遠出が意外だった。 「仙台。秀野さん、ロケで仙台行ってたからさー、意地で捕まえてきた」  秀野に会うためだけに仕事の合間を縫って仙台に行ってきたということに驚くとともに、もう手塚らしいとも思えてしまう。 「言ったんだ?」 「うん。泣かさない、大切に思ってる、ってさ。ま、相手はどんな役でもこなすっていわれてる実力派俳優だけど。結局自分が納得したかっただけかもしれない」  落ち着いた紺色のシャツジャケットを脱いで、ソファーの背に適当にかけ、麻生のすぐ隣に弾みをつけて座った。  ソファーに乗り上げた片足の膝が麻生の足に触れる。こういう男っぽい雑な仕草が不躾に見えず、スタイルが良くて動きがスマートな分、むしろ色気を感じさせる。 「お前、ヒマだなーって笑われた。これから映画の宣伝でバンバン仕事入れてやるから働けよ、って。なんか、飄々としてて自分が一枚上手感がムカつくなー」  本当に腹立たしいとは全く思っていない口調と表情で、手塚がさらっと言った。自分もあっさりしたもので、秀野に対して何の感情も持つことはない。感情という面で、麻生の人間的関心は今隣にいる男に全て向けられているらしい。  突然ぐっとソファーが軋み、バランスが崩れる。ん?と思った瞬間、聖さん…と色めいた声で名を呼ばれた。片足と片腕を麻生の後ろに回して、傍の男が柔らかく横抱きにしてくる。  いつやけ酒しよっか…とスケジュールを思い出す気もない様子で耳元で囁かれ、篭った息を吹きかけられた部分に血液が集まってきて熱を持つ。 「知ってる?仙台って一時間半で行けるんだよ。今度一緒に行こっか。露天温泉でのんびりとか、よくない?」  そんな普通の内容を色っぽいハスキーボイスで囁く必要はないと思うのだが、急なスイッチ切り替えについていけず返事ができない。 「…佳純……」  何かを引き止めるように零れた好きな男の名前が、曖昧に流されていく。 「聖さん、俺とのセックス、最高に気持ちよくて大好きなんでしょ?俺のこと愛してるから…」  耳の縁をぺろりと舐めて唾液を擦り付けられ、さらにちゅくちゅくと甘噛みされて、麻生は首元をすくめる。確かに自分が言ったことに他ならないが、手塚の口から聞くと全く違うニュアンスをもって感じられる。明け透けな言い方なのに、溶けたキャラメルみたいにどろどろ甘い。 「そー、だよ……」  手塚の方を見ることができず、目を伏せて歯切れ悪く答える。耳が熱い。 「もー可愛すぎるなー。大胆なこと言うくせに、こんなとろとろになって照れちゃって」 「なっ!照れてねーよ!」 「じゃ、さっきのもう一回、俺の顔見て言ってみてよ」  するりと手が麻生の頬を滑り、それほど力も入れてないのにやすやすと目線が合う位置に向けられてしまう。手塚の手を冷たく感じるのは自分の顔が熱くなっているからだ。 「言えるか、馬鹿!」  手塚は、可愛げのないことを言う恋人をとてつもなく優しく抱きしめ、可愛いなーと小さく呟いて唇を寄せた。手塚の腕の中で今度は自分の方がどろどろ溶けてくるみたいに感じた。

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