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マイクが手塚に渡される。
『手塚さんは映画初出演でいきなり主演を務められましたが、どうでしたか?』
『秀野監督はじめ、ベテランの先輩方、年の近い仲間たち、スタッフさん全員に助けられましたね。コレ、かなり優等生な答えだと思うんですけど』
客席から笑いが起こる。
『心からそう思います。悩んだり不安になった時もいっぱいあるんですが、皆さんの力を借りて手塚佳純が演じる『透』ができたと思います。演じる楽しさも難しさも教えてもらいました。でも、今思い返すとめちゃくちゃ楽しかったとしか言えないですね』
確かにかなり合格点に寄せた回答のようにも聞こえたかも知れないが、麻生には手塚の素直な思いが丁寧な言葉から伝わってくる気がした。
『では、手塚さんからこれから『真夏の果て』を観られるみなさんにアピールをお願いします』
『きっと誰もが宝物みたいに心に持っている思い出や景色があると思うんですけど、そんな映像がたった今、目の前に迫ってくるような映画です。キラキラしたものは記憶の中だけにあるんじゃない、って思えるんじゃないでしょうか。今、感じて、見て、突き動かされて。きっと映画観た後は今からめちゃくちゃ楽しいことするぞって気持ちになると思います。まずは一緒に楽しんでください』
真摯に言葉をつなぐ手塚を見ながら、麻生は泣きそうになってしまった。
この映画は宣伝、話題性の部分にかなり力が入れられている。あえて役とのギャップが出るよう、意外性のある誠意を込めた言葉で惹きつけられるよう、いかにもアイドルな期待されたチャラい版で手塚は舞台に上がった。
エンターテイメント的な手法で、マーケティング、マスコミの動向、世間という漠然としたものの空気感、分析を重ねた上での演出だ。
そんなことも手塚はわかっていて、与えられた状況の中、自分の言葉を選び、本当の気持ちを伝えた。ずっと島で手塚を見ていた麻生にはわかる。
鹿の話をした時『宝物のような映像をお前に見せたい』と手塚に言った。撮影後の休暇中、わくわくして船で島に渡ったが、結局野生の鹿はふたりの前に姿を現さなかった。
でもずっとふたりで今を感じていた。鹿の現れない波間を、時と共に色も光も何もかも変えていく海を、ずっと気持ちが更新されていくのを感じながら眺めた。
目の前の男を今すぐ抱きしめたい。どうにもならない衝動が収まらないまま、ホールの照明が徐々に落とされていった。
本編上映の後には監督秀野と海の家六人のメンバーによるトークショーがあった。今度は映画の雰囲気を壊さないよう、六人の新人俳優たちは艶やかな浴衣姿で現れた。
「手塚ってほんとにアイドル?こうやってみんなで浴衣着てると島の青年そのままですよね」と秀野が言って会場の笑いととると、手塚はライブのMCの時のようにはにかむように笑う。
その後は撮影や役柄に関する真面目な話から、楽しかった思い出などが語られた。麻生はそのやりとりを半分くらい上の空で聞いていた。
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