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 夜あまり食べない分、朝野菜やフルーツやたんぱく質としっかり食べる手塚が、今日はヨーグルトだけの朝食を済ませ、早い時間に出かける準備を済ませていた。  全身が映る姿見の前で、手塚は綺麗めな黒ジャケットの襟を、麻生には理解できない微妙な角度で直している。 「聖さん、ね、キスして」  突然、オープンキッチンでコーヒーを入れていた麻生のところにやって来て、手塚が無邪気に言った。  目の前で、んっと顎を少し突き出して、可愛らしく麻生からのキスを待っている。  あまりに可愛いのでたっぷり十秒ほどその表情を堪能した後、肩に手をかけ少し背伸びして唇をそっとつけた。少しだけ柔らかく唇を食まれたがすぐに離れる。子犬みたいに嬉しそうな顔を見せるから、朝から盛大に萌えた。 「俺にもして」  瞼を閉じて待っていたが何もしてくれないので、どーした?と目を開ける。 「聖さん、キス待ってんの可愛すぎ!」  それはお前だろ!と思って目の前のくしゃくしゃに笑った顔を睨みつけると、優しく甘やかなキスをくれた後、ぎゅっと抱きしめられた。 「いい結果が出ますように」 「なんで…」 「今日、聖さんが好きな監督のオーディションでしょ?前に言ってたよ」  そう言ってふわりと手塚が離れていって、途端に寂しくなった。 「俺もね、今日オーディションなんだ。期間限定のダンスユニットで、シューズブランドがスポンサーのオープンオーディション。グループ外の仕事で、初めて自分からやってみたいって事務所に頼んだやつなの。だから聖さんに願かけしてもらっちゃった。映画のクランクインの時みたいに」  麻生も同じ気持ちだった。大切なオーディションを控えていたから、願かけのキスが欲しかった。手塚がオーディションの日を覚えていて励ましてくれたこと、ふたりで同じ気持ちでいたことに、ほわっと胸が温かくなる。 「決まるといいな」 「ん。ありがとう。行ってくるね」

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