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第3話「歓迎会」
夏目は二段ベッドの上で寝そべり、眠るでもなく思考を巡らせていた。時刻は丁度、十時を回った所だ。室内に備え付けられたユニットバスからはシャワーの流れる音と、明かりが漏れている。ルームメイトである八辻が使用しているようだ。何とはなしに、その音を聞きつつ、夏目は数日前に誘われた生徒会への入会について考えていた。
あれから何度か生徒会を手伝ってみたが、やはり、誰かの役に立てるのは素直に嬉しかった。もう、夏目自身の中ではすでに答えが出ていた。後はそれを伝えるだけ、そんな状況だった。
UBのドアが開かれ、湿った髪の毛をバスタオルで拭きながら八辻が出て来た。風呂上がりの為暑いのか、それとも服を着るのが煩わしいのか、上半身は裸だ。引き締まった体のラインが見て取れる。どかりと床に座り、面倒臭そうに夏目に声を掛けてきた。
「風呂、入れば」
「あぁ、うん」
ふと、夏目は八辻が何故生徒会に入ったのかが気になった。極度の面倒臭がりのこいつだ、何かそれなりに理由があるのではないのかと考えた。二段ベッドを降りながら、夏目はそれとなく八辻に聞いてみる。すると、意外な言葉が返って来た。
「まぁ、勧誘がしつこかったのもあるけど、俺自身も入った方が都合良かったからな」
それ以上は答える義理はない、とでもいう様に八辻はそのまま口を閉ざした。それ以上、何も聞き出せないと解った夏目は、追及せずに大人しく風呂に入る事にした。服を脱ぎ、シャワーの蛇口を回す。少し熱めのお湯が夏目の体に降り注いだ。
思い出されるのは、カナダに残してきた両親の事だった。特に母親はテロ事件後、少し精神をやられてしまっていた。無理もない。あんな悲劇を目の当たりにしたのだ。両親はたまたまその日、買い物に出かけていた。そして実行犯の乗った車が、買い物中だった両親の近くで自爆を図ったのだ。辺りは一気に日常から非日常へと姿を変えた。建物は吹き飛び、燃え、周りに居た何人もの人間が屍へと変貌した。それはまるで地獄だった、と両親は後に話してくれた。両親を残して一人日本へやって来た事は、正直気持ちのいいものではなかった。次、いつまた同じような事が起きるか解らない。しかし、両親にも仕事の関係がある。そう簡単に日本へ来る事は出来なかった。
髪を洗い終えて、シャワーで流す。先程までの考えも泡と一緒に排水溝へと流れていった。向こうは大丈夫だ、と父親は言ってくれた。今はその言葉を信じよう、そう思った。
翌日の放課後、夏目は八辻と生徒会室へ向かった。図書室横のドアを開くと、見慣れた風景が飛び込んでくる。ここはいつ来てもとても賑やかだ。夏目たちの到着に生徒会長である須王は、快く向かい入れてくれる。
「あの、会長お手伝いの件なんですが正式に引き受けさせてください」
夏目がそう言うや否や、須王は瞳をキラキラさせながら夏目を思いきり抱き締めた。その行為に驚いた夏目はされるがままだ。
「彰人ならそう言ってくれると思っていたよ! さぁ早速この書類にサインをして!」
母親がアメリカ人だというハーフの須王は、その振る舞いもどこか欧米風だ。いちいちオーバーリアクションを取って見せる。須王に渡された用紙には、生徒会への入会手続きが事細かく書かれていた。夏目はそれに一通り目を通してからサインをして須王に手渡す。
「改めて、ようこそ生徒会へ」
「夏目と仕事出来るなんてびっくりだよ」
須王は歓迎の言葉を述べ、楓もどこか嬉しそうに話し掛けてくれた。夏目は、他の役員である五反田と日浦にも改めて宜しくお願いします、と声を掛ける。五反田はこちらこそ、と小さく返してくれ、日浦も嬉しそうに笑った。後は書類が無事受理されるのを待つのみだ。
そうだ! と急に須王が手を叩いたのを皆が見つめる。
「今夜は僕とトモの部屋で彰人の歓迎会をしようじゃないか!」
その日の夜六時半、夕食を食べ終えた夏目と八辻は、寮の三階にある須王の部屋の前に来ていた。急に決まった歓迎会に夏目は恐縮したが、須王はやる気満々で押し通されてしまった。ドアをノックすると、すぐに須王が現れて中に招き入れてくれる。部屋の作りは夏目たちと同じだが、三年生の部屋は少し広めの作りになっているようだった。男六人が入っても、まだ十分にスペースがある。それぞれが持ち寄った菓子や飲み物を広げ、歓迎会が始まった。
それぞれジュースやお茶が行き渡った所で、須王が音頭を取る。
「それじゃあ、夏目彰人君の転入祝いと生徒会へ入ってくれた記念すべき日に乾杯!」
各々乾杯、と声を出しコップを傾ける。夏目はコーラの入ったコップに口を付けた。炭酸が喉を通ってシュワシュワと弾ける。暫く談笑が続いたが、須王が夏目に向かって挨拶をするように促した事で、皆の視線が夏目へと注がれる。夏目は照れくさそうにはにかんでからコップを置き、ゆっくりと口を開いた。
「今日は俺の為にわざわざ集まってくれてありがとうございます。えっと……改めて生徒会のメンバーとしてよろしくお願いします」
皆、口々に宜しくと返した。それを聞いた夏目は安堵したように、肩を撫で下ろす。須王が夏目の隣に腰かけた。須王は人懐っこい表情で夏目に擦り寄って来る。少し不審に思いつつも、夏目は何ですか、と声を掛けた。須王は嬉しそうに(何なら後ろに尻尾が見えそうなくらい)双眸を輝かせて、夏目に顔を近づける。
「彰人、ちょっと僕と一緒に遊ばないかい?」
そう言って、須王は制服のポケットからコインを一枚取り出した。何の変哲もないコインだ。今から須王がコインを投げてみせるから裏か表か当てろ、という事だった。夏目は少し考えてから表、と答えた。須王がコインを弾いて宙に舞う。それを手の甲でキャッチし、反対の手で隠す。さぁ、どっちだ? と皆が須王の右手に注目する。ゆっくりと右手を離し、コインの裏表を確認した。
「表だ……!」
須王は、「どうやら彰人は運も強いようだね」と言ってコインを見つめる。夏目は照れくさそうに頭を掻いた。須王はコインをポケットに仕舞い込み、夏目に目を向ける。勝者は敗者に何でも出来る権利がある、と言ってみせる。つまり、須王に何でもお願いする事が出来るという事だ。夏目は急な事に、何をお願いすれば良いのか悩んだ。しばらく悩んでから口を開く。
「凄く、個人的な事なんですが、俺ここへ来てからまだ休日に寮以外出た事がなくて。日用品とか買いに行きたいので、良ければ付き合ってくれませんか?」
「わぁ、まさかのデートのお誘いだよ、トモ!」
五反田は、俺に振るなとばかりに須王の言葉を無視している。須王の発言に慌てる夏目とそれを見ておかしそうにケタケタと笑う楓、ひたすら菓子を食べる日浦と興味のなさそうな八辻……。それぞれが、それぞれの反応を見せる。改めてこの個性的なメンバーと一緒にこれからの時間を過ごす事になるのだと夏目は考えて、幾ばくかの不安を覚えた。こうして、夏目の歓迎会は幕を閉じた。
部屋に戻り、小さく息を吐く。まだ、先ほどの高揚感が続いているようだった。風呂に入ろうとしている八辻がこちらを振り返って夏目に忠告する。
「……あまり、あいつらを信用しない方がいいぞ。俺も含めてな」
「え……?」
その言葉の意味を、そのまま受け取って良いものか夏目は悩んだ。その間に八辻は佐々と風呂場に消えていく。折角、仲良くなってきたのに、信用しないという事は夏目には出来そうにない。八辻が興味なさそうにしているのは、彼らを信用していないからなのだと解り、少し寂しい気持ちになった。窓の外には綺麗な満月が姿を見せている。夏目はそれを見つめながらもやもやとした気持ちでその日一日を終えるのだった。
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