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第4話「DATE」
週末の土曜日、夏目は人が行き交う交差点の中にいた。トロントも人は多いが、ここ渋谷も大混雑している。夏目は一緒に来た人物と逸れない様に必死に着いて行く。先日の歓迎会で須王が買い物に行くのに付き合ってくれると約束してくれた。今日は、その約束を叶えてくれているのだ。スルスルと人波を掻き分けながら進んでいく須王に対し、夏目は人の波に流されそうになる。
「大丈夫? 彰人、ほら、手貸して」
「え……」
須王はごく自然に夏目の右手を取り、微笑む。夏目はなんだか子供扱いされた様で恥ずかしかったが、須王と手を繋いだ事によりスイスイと人混みを進む事が出来たので、確かにこっちの方が効率が良いなと思った。
まずは日用品を買う為にドラッグストアへと向かった。夏目はシャンプーやリンスといった日用品を買い物かごに入れていく。それをにこにこしながら須王が見ている。夏目はつまらなくないだろうかと思い聞いてみたが、彰人がどんな物を買うのか見ているのは楽しいよ、返されそれ以上何も言えなくなった。会計を終えて店を出る。次はどうしようかと思っていたら、須王が喉が渇いたというので喫茶店に入る事にした。今度は自然に二人手を重ねていた。目に留まった喫茶店に入る。カップルや友達同士で店内はごった返していた。須王は先に夏目を席に座らせて、自分が注文へ行くと言って何にするか聞いてきた。
「じゃあ、アイスココアで」
「解った。行って来るから待ってて」
そのスマートさに夏目は感心した。きっと今までに何度も女の子をこうしてエスコートしてきたのだろう。暫くすると、須王が商品の乗ったトレイを持って戻って来た。お礼を言って夏目は自分の頼んだアイスココアを受け取る。須王も席に着き、自身が頼んだアイスコーヒーにミルクとガムシロップを入れた。しかも二つもだ。
「……会長って甘党なんですか?」
「そ。苦いのはからっきしだよ」
意外だった。何でもスマートにやってのける須王が甘党だなんて意外に子供っぽい所があるんだなと夏目は少し彼に対して親近感を抱いた。
「どう、彰人? 学園にはもう慣れた?」
「え……?」
頬杖をつき、ストローでコーヒーを混ぜながら須王は夏目を優しい表情で見つめている。その表情に一瞬ドキリとしたが、夏目は恥ずかしそうに俯いてから答えた。
「そうですね、授業にも何とか付いて行けてるし、クラスメイトもいい奴ばかりだし、生徒会の仕事も大変だけど楽しい、です」
「そうかい、それは良かったよ」
その答えに満足したように、須王はにっこりと微笑んだ。そうしてガムシロップ入りの甘めのアイスコーヒーを流し込む。夏目は須王の整った横顔を眺めてから周りを見渡した。どうも、先ほどから周りの視線が痛くて仕方ない。それは、確実に須王のこの容貌のせいだろう。まるで、絵本から現実に出て来た王子様の様だ。ブロンドのふわふわした髪に、長いまつ毛、高い鼻梁それにぷっくりとした唇――どこをとっても、須藤は完璧な『王子様』だった。なるほどこれは女性達が色めき立つはずだ。
「キョロキョロしてどうしたんだい、彰人?」
「あ、いえ別に何でも……」
アイスココアを急いで煽って飲み干した。隣に居るのが自分なんかで夏目は急に居た堪れなくなる。早くここから移動したかった。それを察してか、須王もアイスコーヒーを飲み干し、さり気なく夏目の荷物を須王が待ち、喫茶店を後にした。目的達成してしまい後は寮へと帰るだけになったが、須王に行きたい所があると言われたので着いて行く事にした。連れて来られたのは、プラネタリウムだった。須王は無邪気な笑顔で言う。ここでならよく眠れるのだ、と。
チケットを二枚買って係員に渡し中へと入る。薄暗い館内は子供連れやカップルが疎らにいる程度だ。夏目たちは適当に席に着き、開始されるまで小声で他愛無い話をした。
「よく眠れるって事は、よく来るんですか?」
「うん、僕夜なかなか眠れなくてね、ちょっとしんどくなったらここへきて寝てるんだ」
ぐっすり眠れるよ、とにこやかに言われた。館内にアナウンスが流れる。薄暗かった管内が更に暗転した。眼前のスクリーンに偽物の星屑が投影される。学園は山奥にある為毎晩星が見えるが、この星空と見比べても到底違いが判らない。女性のアナウンスでストーリーが繰り広げられる。須王へと目を向けると、ものの数分ですでに寝息を立てていた。昨晩も眠れなかったのだろうか、夏目はそのまま須王を寝かせてあげる事にした。きっと、毎日の授業や生徒会の仕事で人一倍疲れている筈だ。どこかあどけなく見える王子様は夢の世界へと旅立ったのであった――。
「今日はありがとうございました。荷物まで持ってもらって……」
「気にしなくていいよ。僕も久々に街中に行けて気分転換になったし」
寮の部屋まで戻って来て、夏目は須王に礼を言った。須王はまた行こうね、と言い夏目にウインクして見せる。それが違和感なく、自然でイケメンは得だなと夏目は考えた。
夏目と別れた須王は、急いで自室へと戻った。五反田は部屋におらず室内は静寂に包まれている。乱暴に机の引き出しの中から紙袋を取り出し、その中身を机の上にばらまく。震える手でその赤いカプセル状の薬を二つ、口の中に放り込んで鞄の中にあるミネラルウォーターを取り出して一気に喉へ流し込んだ。手の震えは徐々に落ち着いて行った。ふぅ、と小さく溜息を吐く。いつまでこの薬を飲めばいいのだろう――。先の見えない恐怖に須王はただただ怯えるしかなかった。
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