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第7話「デビルブレス」
その日、夏目は生徒会の仕事で校内を駆け回っていた。空には分厚い雲が垂れ込めどんよりとしている。一雨来そうだ――そう思いながら渡り廊下を歩いていると、中庭の方から何やら声が聞こえてきた。
(何だろう――……?)
夏目は吸い寄せられるように、中庭へと足を進めた。中庭の奥、木の陰になっていて普段なら気にしないような場所から数人の男の声が聞こえてきた。
「早くしろよっ」
「うっ……」
呻き声に違和感を覚えて、夏目は声のする方へと近づく。見覚えのある後姿を見つけて、夏目は動揺した。彼は数人の男子生徒に殴られて、身を小さくしている。夏目は居ても立ってもいられず、その中へと飛び込んだ。男子生徒たちは驚きの声を上げたが、夏目のその姿を見て自分たちよりも弱いと思ったのか余裕の笑みを浮かべた。
自身の体を抱きすくめる様にして、小さく震えている生徒――楓を夏目は庇う様に自分の背後に隠し、男子生徒たちに鋭い眼光を向ける。
「楓に何してるんだよ」
「何って、見て解んねーの? そいつ自分の能力使って裏で色々やってるから俺達がお仕置きしてやってんだよ」
ボロボロになった楓の方を横目で見ると、声を殺して泣いていた。楓が何をしているのかは解らないが、暴力を振るう方が悪いのは明白だ。夏目は楓を立ち上がらせ、その震える方に優しく手を置く。少し安心したように、楓が夏目を見つめた。そして、キッと男子生徒たちを睨み付けたかと思うと楓は、瞳に涙をいっぱい貯めながら叫んでいた。
「僕は自分が間違ったことをしているとは思ってない。お前たちが悪いことをしているからそれを暴いてやっただけだよ!」
「なっ……!」
男子生徒たちが襲い掛かってきそうになったところで、夏目が仲裁に入る。それ以上やるなら今録音したものを職員室に持っていく――そう言って夏目はポケットから小型のICレコーダーを取り出して見せた。それを見た男子生徒たちは捨て台詞を吐いてその場を後にした。ホッと胸を撫で下ろしたところで、楓に制服の袖を引っ張られる。
「ありがとう、夏目」
ハンカチを水で濡らしたものを楓に差し出す。それを受け取って、楓は目元に当てた。楓の顔は、男子生徒たちに殴られたのか、口元に血が滲み頬は少し腫れている。祖の痛々しさに、夏目は楓の顔を直視出来ずに視線を足元に落とした。暫くの間沈黙が続く。今は楓のペースで話してくれるのを待つ方が良いだろうと夏目は考えた。
「……生徒会の仕事、大丈夫なの?」
「うん、そんなに急ぎじゃないから平気」
「……あいつらさ、裏でやばいクスリの売り買いしてたんだよね」
“やばいクスリ”――それだけで、夏目はそれが何なのか理解した。この学園でそんなやり取りが行われていることに心底驚く。楓が言うには、バイヤーが別にいてあの男子生徒たちはそのバイヤーから買い取った物を他の生徒に高額で流しているようだった。生徒会でもその事実は突き止めていて、あとはバイヤーを見つけ出すのみらしい。しかし、これがなかなかどうして苦戦しているようだった。楓はぼそぼそと話を続ける。
「僕の能力……『他人の嘘を見抜く』能力を駆使して色々探ってはいるんだけど……」
「他人の嘘を、見抜く……?」
「……ごめん、だからわかっちゃったんだ。夏目が自分の能力を偽ってるの」
「っ――……!」
夏目はじんわりと手に汗がにじむのが解った。自分の能力についてバレるのは時間の問題だと思っていたがこうも早く見抜かれるとは思わなかった。しかし、幸いにも自分の本当の能力を見抜かれたわけではないようだ。しかし、楓には誤魔化しは効かない。どうしようかと考えあぐねていると、楓が夏目の動揺を察したかのように口を開いた。
「僕、夏目の能力のこと、誰にも言う気はないよ。だから、安心して」
「……あはは、楓には誤魔化しは利かないな」
「どうして嘘付いてるのかは解らないけど、何か目的があってそうしてるんだろうなってことは解るから」
「ありがとう」
それよりも、と夏目は話をもとに戻す。生徒会も関わっているのなら話は早い。須王にことの事情を話して、この件を最優先にしてもらおう――。そうと決まれば行動は早かった。夏目と楓は生徒会室へ行き、先ほど起きた内容を須王達に話して聞かせた。須王は楓の頭を撫で、労わるように告げる。
「よく我慢してくれたね……あとは僕たちに任せてくれるか?」
「生徒会長……」
楓はコクンと頷き、須王はそれを見て安心したのか笑みを落とした。さて、と須王が思案する。
「まずは、彰人にも話しておかないといけないね。僕たち生徒会は学園側からちょっと厄介な仕事を頼まれることがあってね。それは、普段の生徒会の仕事とは別物として取り扱っている。今回、学園側から依頼されたのは今密かに学園で流行しているドラッグ――デビルブレス――通称“DB”の回収及び、バイヤー探しだ」
「……DB」
夏目はゴクリと唾を飲み込んだ。デビルブレスは少量摂取しただけでも即効性があり、効きも長いと一部の生徒から人気に火が付いた。それから密かに学園内で流通しているようだ。先程、楓を暴行していた生徒たちが主犯格で転売をしているのことは間違いないだろう、と須王が推測する。後は、バイヤーを探し出すだけだ。
「でもどうやって……」
「良い方法がある」
今まで沈黙していた五反田が、口を開いた。皆、五反田を見つめる。
「夏目、お前お取りになれ」
「……はい?」
*****
数日後の放課後、夏目は学園の中庭にいた。目前には楓に暴行をした男子生徒たちが立っている。リーダーらしき生徒が夏目に近寄る。品定めするようにつま先から頭部までじっとりと凝視されて夏目は嫌な汗をかいた。男子生徒は、昼間の話は本当か? と尋ねて来た。実は夏目は昼休憩中に男子生徒のところへ行き、DBについての情報が欲しいと話をしていたのだ。夏目は小さく頷いてみせる。男子生徒はいくらで買い取るか夏目に聞いてきた。
「お前が持っている分だけ全部だ」
「っ……珍しいことを言うな。コレはそんなに安かないぜ?」
「知ってるさ」
そう言って夏目は、男子生徒に茶封筒を手渡した。中身を確認して男子生徒は驚きの表情になる。夏目はそれを見逃さなかった。すかさず男子生徒に歩み寄り、その耳元で囁く。
「取引しよう。お前にそれを売ってるのは誰だ? 答えてくれたらその金はくれてやる」
「っ――……!」
「どうしたんだよ? お前たち金欲しさにこんなことしてるんだろ?」
「あ……」
男子生徒は、ゆっくりとその男の名前を呟いた。それは、夏目にしか聞こえない程小さな声だった。夏目はにっこりと笑んでから、背後に声をかける。
「バイヤー判明しましたよ~、生徒会長!」
「なっ!?」
「はいは-い、お疲れ様~。あ、これ録画してるんで、何か一言コメントしとくかい?」
「おまっハメやがったな!?」
「ついでに、この金も没収だ」
いつの間にか男子生徒の背後に回った五反田が、男子生徒の手にしていた茶封筒を奪い取って、その手を思い切り捻る。男子生徒は悲鳴を上げ、その場に尻餅をついた。他の生徒も日浦と八辻によって取り押さえられる。生徒会メンバーの連携に夏目は感心しつつ、須王にDBの入った袋を手渡した。須王は、これは学園側に処分をお願いしようと皆に伝えた。
「さて、君たちの処分についても学園側にお願いしようかな」
そこには、綺麗な王子の皮を被った悪魔がいた――。
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