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第8話「犯人」

 須王と五反田に男子生徒たちを託し、夏目と楓、日浦、八辻は男子生徒の口にした人物に会うためにある場所へと向かった。今の時間帯ならグラウンドにいるだろうと予測を付けて向かう。皆、心なしか速足になっていた。  グラウンドでは、運動系の部活が練習を行っているところだった。広いグラウンドだ。見つけるのも一苦労だろうと思ったが、その人物は自ら話しかけてきた。 「生徒会の奴らがこんなところでどうしたんだ?」 「良かった、貴方を探していたんです」  不思議そうな顔をする男に、夏目は飛び切りの笑顔を向ける。  場所を移動させて、夏目と男二人だけになる。夏目は男を刺激しない様に慎重に話しかけた。 「こんな話をご存知ですか? 今学園でドラッグが流行ってる……」 「知らないな」 「二年の相沢君。知ってますか? 彼から貴方からクスリを購入したと聞いたんですが」 「……」 「よくよく考えたらおかしいですよね。貴方はいつも高揚気味で瞳はぎらついていて瞳孔は開いていた…それはクスリの影響ではないんですか?」  男は暫く黙り込んでいたが、急に高笑いを始めた。その異様さに、夏目は顔を歪める。暫く笑った後、男はニヤニヤと夏目を見つめながら自らの正体を明かした。 「よく解ってるみたいだな、夏目。お前もどうだ? 世界が変わるぞ?」 「っご免ですね」  夏目は嫌悪感を露わにして、男を見据える。未だニヤニヤと笑い続ける男は、確実に薬の影響を受けているだろう。ポケットには既にICレコーダーを忍ばせてあり、録音中だ。これを学園側に提出すれば、この男は一発でお役御免となるだろう。夏目の背後には生徒会のメンバーが隠れて待機している。後は合図を送るだけだ。  しかし、夏目が男から一瞬目を離した隙に、男は夏目に近付き、その身体を羽交い絞めにした。身動きが取れない夏目に男は、白い粉の入った袋の口を開け、それを、あろう事か夏目の口へ入れようとしてきた。必死に抵抗してじたばたともがいてみせるが、男から逃れる事が出来ない。茂みの陰に隠れていた八辻が素早く対応して、男の後ろへ回り込みその腕を掴んで捻り上げる。男は痛みに袋を地面に落とし、悲鳴を上げた。 「助かった、八辻……」 「それよりこいつ、どうする」 「……乃木先生、これ以上生徒相手にこんなことをするのはやめてください」  ガクリ、と乃木は糸の切れた人形の様に動かなくなった。須王達を呼び、あとの処理を頼む。夏目の持っていたICレコーダーも忘れずに須王に渡した。こうして薬物騒動は終焉を迎えたのだった。  それから数日後、乃木は警察に捕まり、薬物に関与していた学生は退学処分となった。夏目は須王に呼び出され、その事実を知らされた。 「それからこれを機に、彰人にも生徒会の裏の仕事を手伝ってもらおうと思う。今回みたいに危険なことが付きまとうかもしれないけれど……」 「俺、こう見えても丈夫なんで平気です! 手伝わせてください!」  気合十分にそう告げると、須王は安堵した表情を見せた。早速と言う様に、須王は話し始める。次の依頼は『ある病院に入院中の患者の容態を見て来てほしい』という何とも変わったものだった。学園にある企業から来た依頼のようだ。須王が言うには、この学園のOBは大企業や政界、スポーツ界など様々な分野で活躍しているので、こういった一風変わった依頼もよくあるのだという。生徒会の目的はただ一つ。“依頼を熟すだけ”。依頼内容を深く追求することは学園側から禁止事項とされている。 「病院側に怪しまれない為にも少人数で行った方がいいと思う。僕と――それから彰人、実葉の三人で今週の土曜日に行くことにしよう」  集合場所と集合時間を決め、この日は解散となった。  西に沈む夕日は、どこか物悲しく夏目の目に写り込む。一人、寮に向かって歩いているとポケットに仕舞っていたスマートフォンが振動した。表示画面を確認すると母親と表記されている。画面をスライドさせ、耳に当てると懐かしい、柔らかな声音が夏目の耳にスッと入って来た。 『彰人、日本はどう?』 「母さん久しぶり。なかなか連絡できなくてごめん。なんとかやってるよ」 『そう、それならよかったわ。ところで、彰人』  母の声のトーンが少し下がった。そのことに夏目は気付き、スマートフォンを握る手に自然に力が入る。母親はゆっくりと言い聞かせるように夏目に言葉を紡いだ。 ― あの子は、日本にいるわ…… ― *****  その週の土曜日、夏目は隣県の病院に来ていた。傍らには須王と楓の姿もある。病院内は土曜日ということもあり、見舞いに来る者や患者がちらほらと見えるだけだ。病室は事前に把握していたので総合受付を通り過ぎ、エレベーターで八階へと向かう。降りたすぐの所にナースステーションがあり、看護師たちがまったりと談笑をしていた。その脇を通り過ぎて病室――八〇四号室に足を踏み入れた。どうやら一人部屋の様で、広々とした部屋にポツンとベッドとテレビが置いてあるだけだ。  夏目は病室に入る際に、患者の名前を確認していた。柏木成実(かしわぎなるみ)それが彼女の名前だ。ベッドに横たわる彼女を見て、夏目は思わず顔を歪めた。目元以外を全身包帯に包まれている。これでは、彼女の素顔を確認することは到底出来ない。夏目たちはお互いに顔を見合わせどうしたものかと途方に暮れた。すると、そこへ一人の看護師がやって来て、夏目たちを驚いた表情で見つめた。 「ごめんなさいね、この子にお客さんが来るの初めてだから……」  そう言って、看護師は少女――成実に優しく話しかけた。初めてのお客さんね、良かったね成実ちゃん。お友達かな? 看護師が成実の採血を終えると、成実の身の上について話し出した。 「この子、身寄りがないみたいでここに運ばれてきた時には危篤状態で……ここまで回復したのは奇跡に近いのよ」  今、少女が生きていること自体不思議だ――看護師はそう言ってのけた。そんなにひどい事故に遭遇していたのかと皆それぞれに驚く。沢山話掛けてあげて、と看護師は言い残し、部屋を出て行った。  さて、と須王が口を開く。 「奇跡的な回復について君たちはどう思うかな?」 「やっぱり、特殊能力なのかな?」  須王と楓が話していると、成実の花のように愛らしい口がゆっくりと開いた。 「おにい、ちゃん……」 「っ…!?」  夏目は、その声音に石で殴られたかのような衝撃を受けた。足元がおぼつかず、転びそうになる。今すぐにでも、その包帯を全部解いて少女の顔を確かめたい衝動に駆られた。心音が大きく鳴り響いて煩くて仕方ない。  夏目の異変に気付いた須王と楓は、夏目をパイプ椅子に座らせた。 「どうしたんだい、彰人。顔色が悪い」 「あ、いえ……あの……彼女は本当に柏木成実(・・・・)ですか……?」 「どういうこと、夏目?」 「彼女の名前は、“夏目千歳(・・・・)”じゃないですか……?」  その一言に、全員が息を呑んだ。夏目には、少女の声に聞き覚えがあった。会いたくて会いたくて仕方がない存在だ。聞き間違える筈がない。成実は、夏目の妹、夏目千歳(なつめちとせ)なのではないか――。再度、夏目は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

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