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第1話-3
「お兄さんありがとう。スッキリしたよー」
風呂場から出てきた彼を見て、ササキは驚いた。血管が透けて見えそうな程白い肌が、ほかほかと上気して薄いピンク色に染まっている。色素の薄いさらさらとした髪。しなやかな体躯。すらりと伸びた手と足はまるでモデルのようだ。
ドロドロの猫を洗ってやると、真っ白でふかふかの血統書付きでした。と、それを人間で体現されたようで、笑いがこみあげてきた。
柔らかそうな肌に触れてみたかったが、とりあえず用意していた服を指さして、「早く着ろ」と促した。
知らない人間の家を平気で裸で歩くほどには無遠慮。ずっとこんな生活を続けていたのだろうか。いや、家にまで連れてくる人間なんて少数か。ホテルと同じように考えているのだろう。彼は髪をタオルでふきながら、「なんかいい匂い」と、あたりを見回している。
背を押して座卓へ向かわせると、座るように促す。彼はテーブルに運んでおいた夕飯を見て、目を輝かせた。
「すごい!」
「腹減ってるんだろ?こんなもので悪いが」
「えー!なんでなんで。ハンバーガーよりすっごく美味しそうだよ!」
「…………」
うんまあ、それはそうだろう。そうであってほしい。ファーストフードと比べられたくなかった。少し落ち込みながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。ササキも彼の向かいに腰を下ろすと、彼は「いただきます」と丁寧に手を合わせた。すこし不遜な態度と所作がちぐはぐだ。
彼の食いっぷりは圧巻だった。早く食べてしまわないと誰かに奪われるとでも思っているように、がつがつと、二人分用意したはずの大皿を一人で平らげてしまった。よほど腹が減っていたようだ。
おかわりとか言い出しそうだな。
ササキの食べるものがなくなってしまったが、彼が「ごちそうさまでした」と律義に手を合わせるのを見て、ビールがあるからまあいいかと、苦笑した。
「お兄さんありがとう!久しぶりにちゃんとした飯くったよ」
バンザイをして、机越しにササキにしがみつこうとしたので、頭をぐいと押しやった。
タバコに火をつけてじっと見ていると、道でぶつかった時のようにヘラっと笑った。今までの笑顔はもう終了か。切り替えたのかもしれない。
それにしてもおかしな奴だ。愛想笑いが下手すぎる。慣れているわけでもなさそうなので、よくあんなところに立っていたものだと思った。
頭のおかしい奴なんていくらでもいる。
俺だってそうかもしれないのに。
ササキはそんなことを考えながら、ぼんやりとテレビを眺めていた。彼も横で黙ってテレビを見ている。静かにしていると軽薄そうな雰囲気はなくなった。サラサラとした髪に手を触れる。
「満足したか?」
「そりゃもう!お兄さんは神様だよ」
大きく手をのばして抱きついてきた。
「そうか。じゃあベッドにいこう」
え!と声を上げ、ササキを見上げる。とても嬉しそうな笑顔だ。これは愛想笑いか、本当の笑顔か。
「ベッドで寝ていいの!?」
彼の言葉にぎょっとした。
何を言っているんだ、こいつは。
何か勘違いをしていそうな彼を無視することにして、嬉しそうにササキの後ろから寝室をのぞき込んでいる彼の背を、思いきり突き飛ばした。
ベッドの上に体を押し倒して、シャツをたくしあげる。やせ細った、いかにも栄養の足りていない薄い体。どういう生活をしてきたのかはわからないが、こいつ大丈夫なのかと、少し不安になった。
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