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第9話

「ねえねえ」  ずっとにらめっこしていたパソコンから顔をあげると、ネクタイを締めていたササキを見た。 「スーツかしてくれない?」 「どうして」 「バイトの面接いこうかなーって。あんたのじゃ大きいだろうけど、この服よりはましかなって」  自分の着ている服をつまみ上げて、へらっと笑った。ここに来た時と同じように。 「金が欲しいのか?」  ハルは困ったような顔をする。 「んー……。いつまでもいついちゃってるのもね。お金たまったら自分で部屋借りるから」  ぞわっと鳥肌が立った。 「別にいい。ここにいろ」 「俺、仕事続かないから時間かかるだろうけどー」 「いいって。そんなこと考えなくて」 「いやいや、ダメでしょ。俺成人男子だし。それに、あんたと対……」 「いいからここにいろ!」  大声を出したササキを、びっくりした顔で見つめる。 「え……なに?どうしたの?」 「悪い。何でもない」  コートを羽織って、鞄を持った。 「とにかくいいから。お前はここにいろ。家事をしてくれるって言っただろ」 「ちょ……」  追いすがろうとするハルを無視して、「行ってくる」と言いながらドアを閉めた。 鍵をかける。 ハルはこうすれば家から出ていかない。金もないし、ドアを開けっぱなしで出ていくことが嫌なのだろう。なんだかんだ律義なハルを、ササキはわざと閉じ込めている。この中にいるのなら、いくらでも欲しいものを買ってやる。  でも、そういうことではないのだともわかっていた。  いつかハルは、俺から離れていく。こんな生活、息がつまるのも当然だ。一人ではどこにもいけない。金がないなら稼がなければどうしようもない。至極まっとうなハルの言葉を、手に力を込めて握りつぶした。  もう、限界だ。  これ以上想いが大きくなると、取り返しがつかなくなる。

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