7 / 25
第2話-2
「……ずっと痛いの?」
恐る恐るササキを見上げながら、小さい声でつぶやく。
「切れてるからしばらくは痛いかもな」
薬はぬってやったが、すぐに治るというものでもない。やはりやりすぎたか。まあ、犯されて外に放置されるよりもましだろう。
「くっそ……」
下手くそな作り笑いは鳴りをひそめ、ササキのことをお兄さんとも呼ばなくなった。特に呼んでほしくもないが、媚びることはやめたようだ。そんな余裕がないのかもしれない。
「………………下手くそ」
俯きながらぼそりと呟いた。
「…………………………」
思い切り頭を殴った。彼は手に持っていたコップを取り落としそうになって、慌てた拍子にどこか痛んだのか、顔を歪めた。また小さく呻く。じとりとササキを睨みつけると、喚いた。
「痛い!」
暴力反対とでも言うように、顔と頭を腕でかばう。ササキはタバコの煙を彼に吹きかけると、うんざりとして言った。
「あれでも手加減してやったんだけど」
納得がいかないらしく、まだ恨めし気に睨みつけてくる。
「ほんとに痛いだけなら誰もやらないだろ!」
「初めてなんだったらしょうがない」
「く……っ」
「早く食え。俺は仕事なんだ」
手で振り払うようにすると、慌てて彼は残っていた朝食を口に詰め始めた。時々腰のあたりを押さえながら。
飢えているとしか思えない食べっぷり。あまり慌てて食べると、吐き出してしまうのではないだろうか。テーブルの下に敷いたマットを気にしながら、タバコを手に彼を眺める。
「見るなよ、バカ」
不貞腐れてそう言った。もごもごと不明瞭な声。とりあえずもう一度頭を殴る。
涙目になりながら、今度は何も言わず黙々と残りを食べ続けた。
食べ終わった皿をかたづけながら、彼の方を振り向く。
どこか呆然とした表情でテレビを眺めている彼に声をかけた。
「食べ終わったんだから出て行って」
彼は勢いよく顔を上げて、驚愕したように口をだらしなく開けた。とても理不尽な言葉を投げかけられたかの様な表情をしている。宿代としては高くついたのだろう。納得がいかないようだ。
「何?ここで休んでいられるとでも思ったのか?」
「ケツ痛いんだけど」
「知ってるよ」
「行くとこないんだけど……」
「じゃあ病院にでも行けば?」
「……お金ないって知ってて言ってるよね?」
「ああ」
「…………わかった」
よろよろと立ち上がると、ふらふらしながら靴を履く。
もうこちらを見ない。黙ったままドアを開けようとした彼に、案外綺麗だった猫を手放すのが惜しくなって、ササキは声をかけた。
「俺が帰ってくるころには、また戻って来い」
「え……?」
「行くとこないんだろ?」
「あ、じゃあ……」
「金は貸さないからな」
思わず広がった笑みがだんだんとしぼんでいって、シュンとなる。
相場はわからないが、少しぐらい渡してやった方がいいのだろうか。しかしまあ、また泊めてやるのだからいいだろう。
「仕事何時に終わるの?」
「20時ぐらいかな」
「わかった。ありがと」
バタンと閉まったドアをなんとはなしに見て、すぐに目をそらせると、仕事に行く準備を始めた。
ともだちにシェアしよう!