6 / 13
Ⅰ-6
こんなのは悪い夢だ――。
――夢なら早く目覚めて欲しい……。
茅葺 は目の前の光景を信じたくなくて天井を仰いでは、何度もそう願った。
泉 は希 に命令された通り、茅葺の自慰行為を手伝っている。正しくは一方的に奉仕させられているのだ――。
胸の前で両手を縛られた茅葺はがくがくと震えながら必死に泉にされる快楽に耐えていた。自分自身から漏れる先走りと泉の唾液や舌が絡まって卑猥な音が先程から鼓膜に響く。
こんな時に勃起出来る自分が恥ずかしい反面、普段は潔癖な風貌の泉の恐ろしい豹変ぶりに単純に興奮している。理性と情念の狭間で茅葺は肉体 がバラバラになってしまいそうだった。
「泉さん……、もう、辞めて……」
カチカチと歯を震わせながら茅葺は哀願する。泉は茅葺自身を口に含んだまま一瞬動きが止まった。
「チンタラすんなよ!王子様がイケねーだろうがっ」
そんな二人の意思など気にも留めない希が泉の頭を後ろから掴んで押した。喉の奥にまで茅葺自身が飲み込まれ、茅葺は声を漏らした。
泉は先ほどより動きを早め、角度を変えながら茅葺を攻める。希は買ったばかりの本を二人の近くに座って読み始めていた。
茅葺にはもう限界が近付いていた。歯を食いしばりながらそれが来るのを必死に耐えている。頭に血が上り、顔は赤く染まり、その瞳は涙ぐんでいる。不規則な呼吸が茅葺から聞こえていた。
茅葺の意思とは関係なく、あっという間に泉の口の中を濡らしてしまった。少し咳き込みながら口を離した泉は乱れた息を整えている。
「ごめんなさいっ、泉さんっ……」
酷く蒼ざめた表情の茅葺と泉は目が合い「ううん、大丈夫――」と小さく返した。
希はコーヒーを啜るとまた一つ、提案をした。いや、最早命令だろう。
「――男の味、教えてやれよ。光流 」
その言葉に泉は黙ったまま動かない。
床を見ながら何かを考えているのか、呆然としているのか、茅葺には読み取れなかった。
「泉――さん……?」
不安になり、思わず名を呼ぶ。
「――ごめんね。茅葺くん」
「泉さん、いいよっ、辞めて!待って!!」
かぶりを振って拒絶する茅葺とは対照的に、淡々とこなすように迷いなく、泉は自分の下着を脱ぎ出した。茅葺は泣いているのか、顔が真っ赤に染まっていた。
「泉さん!泉さん!!」
泉は茅葺の声など聞こえていないかのようにノソノソと茅葺の前から抱き合うように座り、茅葺の肩に手を回すとゆっくりと腰を下ろした。粘膜が割れて飲み込まれていく感触が茅葺にも伝わった。
「いず……み、さん」
酷く狭いのに、熱くて、ぎゅうぎゅうと自分自身を締め付けてくる泉に茅葺はもう抗えなかった。茅葺の目からは涙が滲んでいて、泉は聖母のようにそれを手で拭ってやり、両頬を包んで優しく撫でる。ごめんね、と泉の唇が動いた。茅葺の理性はそこで途切れた――。
細い腰を掴んで何度も打ち付けて、泉が鳴くたびに茅葺の雄は硬くなり、興奮した。足を開いて肩に乗せ、いやらしい部分の全てを覗き込んではそこを執拗に犯した。
「泉さんっ、泉さん……っ、ねぇ?気持ちい?」
「……うん」
濡れて赤く腫れた唇を強く奪って、中まで味わった。最後は泉の中で果て、全てをその腹の中に注ぎこむと泉は疲れ切ったのか、眠ってしまった。
「――正義感溢れる王子様の、腹の中にあるものはー、結局一番憎んだ男と一緒でした――。メデタシ、メデタシ」
そう呟き、希はパタンと音を立て本を閉じた。
全裸で横たわる泉の前には、静かに泣きながら立ち尽くす茅葺がいた――。
希は一気に冷たく鋭い眼になり、横目で茅葺を見た。
「二度と顔見せんな――、この偽善者が」
強く吐き捨てるようにそう告げると、茅葺は一気に蒼ざめ、慌てて服を身につけ靴もうまく履けないままにその牢 から逃げ出した。
バタバタとした荒い足音が遠ざかり、その後、鉄の扉がバタンと音を立てて閉まった。
――また元通り。正しく、二人だけの牢 に戻った。
希は汗をかいたまま横たわる泉の頰を指でなぞり、そのまま打った。乾いた音が天井に跳ね返る。
「くせぇんだよ!さっさと風呂に入れ!」
目を開けた泉はヨロヨロと身体を起こし、一言も発さずに裸のまま風呂場へと向かった。
希は新しいタバコに火を点け、フーッと煙を細く燻 らせ、本の続きをまた開いた。
泉は名札をエプロンに着けるとロッカーのドアを閉めた。
更衣室に入ってきたバイトたちの話している声が背後から聞こえてくる。
「茅葺くん、バイト辞めたってさ」
「折角続いてたのにねー、なんでだろ?」
泉はその噂話には一切参加せず「先出ます」とだけ声を掛け、いつも通り売り場に出た。バイトたちはしばらく茅葺の噂話をするだろうが、またすぐに忘れてしまうだろう――。
――それはきっと自分も同じだと、泉は本を縛ってあった紐をハサミでバチン!と切り落とした。
ともだちにシェアしよう!