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第五話『 WhiteRum 』 下

    「は……ぁ、もう……だめ、です……もう出ちゃうから……だめ……」  先ほどより乱れた呼吸でそう訴えながら、桔流は熱を包む花厳の手をきゅっと押さえつける。 「うん」  額を首元にこすりつけるようにしてくる桔流にくすりと笑い、優しくそう答える。  彼の要望に応えてお互いの熱を解放してやり、そのままゆったりと彼の腹を撫でる。  桔流に挿れて欲しいと懇願された時、本当ならすぐにでもそうしたかったのだが、どうしてももっとギリギリまで追い詰められた彼を見てみたかった。  更にまだもう少しと思っていたのだが、そろそろ自分の熱を抑えるのも限界だった。  またひとつ、ごめんね、と心で謝罪をし、まだ十分にとろけて濡れたままの彼の中に自分の熱を滑り込ませる。  過剰なほどに滑りを良くしたようなそこに花厳が入り込むのは容易だった。  だが少しだけ入り込んだところで、改めての刺激に反応したそこはあっというまに花厳の熱を締め上げる。  本来受け入れる場所ではないそこは、入り込んできた異物を押し出そうという反応を示す。  ただ、その反応による圧迫で、熱く濡れた内部から得られる刺激はお互いに強い。 「あ……っ、ぁ……あっ……」  先ほどまでとは比べ物にならない圧迫感が快感に移り変わり、押し開かれ押し入られる刺激で桔流の喉からは小刻みに高い声が発せられている。  今の桔流には声を抑える余裕はなく、ただずっと待っていた快感に突き上げられるがままになっている。  異物を押し出そうとする一生懸命な反応を楽しみながら、花厳はゆっくりゆっくりと遠慮のない侵入を続け、桔流の中にすべてを収めきる。  そして桔流の最も奥に当たりぬるりと先端が擦られる刺激を受け、背筋を伝う痺れを感じながら花厳は桔流を見やる。 「大丈夫?」 「あっ、あ……んッ……っ」  花厳の声が聞こえているのかいないのか、桔流からは答えらしい反応もなく、自身の背をこれでもかと反らせながら度々身体を痙攣させている。  時々頭を振っては吐息交じりの声を発するものの、今は快楽を受け流すので精一杯らしい。  そんな彼の様子もまた堪能した花厳は、桔流から一度離していた身体を再び寄せ、首筋に口づける。  次いで、すっかりへたりこんだ耳を食み、下から持ち上げるようにして内側に舌を這わせる。  そのまま聴覚を満たし刺激するように低い声で言う。 「あんな大胆な事言って、こうなっちゃうんだからほんと可愛いね」  それだけでも彼は声を漏らし、身体はびくりと反応する。 「ゃ……」  小さく漏れた桔流の声は、聴覚の刺激への抵抗なのか、内臓を分け入られる刺激への抵抗なのかは分からない。  だがこれもきっと彼の尾と同じで、彼の意志とは関係のない反応だ。  花厳は桔流の腰を抱えるように片方の腕を背に回す。  そして股下をくぐって花厳の太ももに巻き付いている彼の尾の根元部分を、指先で強めに擦り上げ刺激する。 「っ!!……や、あっあっ……あ、だ、め……だめ……っ」  途端に大きく反応した桔流は首を横に振り、花厳の首に片腕を回ししがみつくようにしながらもう片方の手でひたすらシーツをかき乱す。 「花厳さ……カ、ザリさ……っ、や、ぁ……あっ」 「どこがヤなの?」  そう低く囁きながら彼の尾の根元を擦り上げ、更には侵している内部も抉り上げるようにしてやるとより一層桔流の熱が花厳を締め上げる。  くぷり、といやらしい音と共に溢れた透明な滴りが、桔流に侵し入らせた花厳のそれを伝って彼の腿をも濡らす。 「あ˝、は……ぁ……、んンぅ……や……花厳さ」  幾度となく意味もなくひたすら縋るように自分の名を呼ばれるのはここまで興奮するものだっただろうか。  花厳はそんな事を思いながら、縋りついてくる桔流に聴覚を犯されつつ彼の淵から入り込める限り奥までの感触を、自身の熱をもってゆっくりと堪能する。  時たま一番奥を抉るように擦り上げながら淵を根元でぐいと開かせれば、また勝手に彼のそこは花厳を締め上げてくる。  そのせいで花厳の熱はより焚き付けられるというのに、ひたすら異物を押し出す為に反応をして花厳を刺激する。  少し律動を早めればこれまで以上に力のこもった桔流の腿が花厳の身体をはさむように締めてくる。  そんな中で花厳は自身の予兆も感じ、役には立たないであろうが最後の確認を桔流にしてみる。 「桔流君……このまま、ほんとにいいの?」 「あっ……あぁっ……は、あ……っ」  やっぱりな意味ないか、と小さく笑い言葉を続けようとした時、花厳の背に回していた手を花厳の後頭部に添え、桔流は少し力を込める。  花厳はそれを不思議に思いながらも大人しく従い桔流の首筋に唇をあてがう様にしていると、切羽詰まったような声色で桔流が花厳の名を呼ぶ。 「花厳さ……ん、……はあっ……カザりさん……っ」 「聴こえてるよ。なんだい」  桔流に再び聴覚から脳ごとを犯されつつもそう返事をすると、桔流が吸気にすらも音を交えながら荒げた呼吸の合間に花厳にとある事を乞うた。 「……はぁ…ぁ……も、だめ…気持ちい……お願、い……噛んで……花厳さ……」 「……え?」 「イ、きそ……お願、い……そのまま、出して……いい、ですから……ここ、噛んで……お願い」  突き上げられ快楽に犯された桔流が思いもよらない事を懇願する。  花厳はそんな桔流の言葉を受け、自分でもどういう感情からか分からない、息を吐くような笑いが漏れる。  そんな桔流の首筋を、うるさく脈打つ鼓動に急かされながら唇でなぞり、更に舌でゆるりと舐め上げる。  その度にびくつき、刺激に悦ぶようにこぼれる桔流の震えた声で脳を貫かれながら、花厳は彼の白く滑らかな肌に軽く犬歯を押し当てる。  この肌を突き破るつもりはない。ただ少し、圧迫するだけ。ちくりとした刺激で十分なのだ。  これまでの人生で誰かに噛みついた事などない花厳は、自分にそう言い聞かせ、恐る恐る少しだけ顎に力を込める。 「花厳さん……ください……」  突然背に回されていた腕に力をこめて引き寄せられ、更に中でも自身を締め上げられ、花厳は反射的に顎に力が入ってしまった。  つぷり。  自分でも自覚できるほど、自分の犬歯が彼の肌に入り込んだのが分かった。  鼓動が早まるのを感じる。  耳元でひときわ切ない桔流の嬌声が短く聞こえ、その後は快楽を吐き出すかのような吐息交じりの声が小刻みに続いていた。  たまに感じた事のある味が舌を刺激している気がするが、熱に浮かされているのか花厳の味覚はほとんど機能していなかった。  花厳もその状態のまま深く息を吐き出しながら、桔流の中に己の熱をぶちまけているのを感じる。  桔流の一番奥まで入り込んだ状態で花厳から幾度となく熱が吐き出される度、桔流の身体もやや反応を見せる。  全てを吐き出し終えた頃、ようやく桔流の肩口から突き立てた犬歯を離す事が許された。  改めて目で確認すると、やはり肌を傷つけてしまったようで、花厳はやや眉をしかめ痛々しいそこになんとなく舌を這わせる。  それと同時にまだ桔流の中で満足はしてはいないらしい己の熱を自覚し、もしかして自分は彼を傷つけることでも欲情できるような奴なのか、と嫌気がした。  そんな事を考えていると、桔流の申し訳なさそうな声が聞こえる。 「花厳さん……その、ごめんなさい……」  その声にはっとなり身を起こし、改めて桔流の顔を見る。  すると桔流は少し気まずそうに目を伏せていた。 「無茶をするよ……」  桔流の言葉や反射に抗えなかった分自分も彼を責められた立場ではないが、言う言葉も見つからずとりあえずは素直な意見を告げることにした。 「ごめんなさい……こんなになったの久しぶりで……その……つい」 「いや、俺が止められなかったのも悪かったんだ……ごめん。痛かったでしょう」 「……多分」 「多分?」  幸い、そこまで酷く傷つけてしまったわけではなかったようだった。  それに少し安心して、早くも出血がおさまってきた傷口にティッシュを数枚当てているとまたもや花厳の予想と違う答えが返ってきた。 「俺、痛いのが好きってわけじゃないんですけど……その、イキそうな時に噛まれると……凄く気持ち良くて……」 「……意外なところが多いね、桔流君」 「ごめんなさい……」 「いや、君が辛くないならそれで良いんだけど……やっぱり君の肌に傷つけるのは気が引けるよ」  花厳は苦笑しながら桔流の頬を撫でる。  それと同時に再び熱がぶりかえしそうな予感がして、早々に自身を桔流から引き抜こうとすると桔流が突然あわてたように言う。 「ま、待って……っ」 「あぁ、大丈夫だよ、もう動かないから。抜くだけ。本当に出しちゃったけど、お腹大丈夫?」 「ちが、違う。抜かないで……っ」 「ど、どうして? やっぱりどこか痛い?」 「違います、そうじゃなくて……その、花厳さん……まだ、かたいし……」 「え」  花厳の花厳はまだ元気いっぱい、というところを見事に悟られ花厳はぎくりとする。  まさに、それを悟られまいと早々に撤退しようと思っていたのだが、彼の察しの良さは天下一品といったところだった。 「い、いや、大丈夫大丈夫、すぐおさまるよ」 「な、なんでですか? さっきので嫌になっちゃいました……?」  花厳は桔流との行為を初めて経て、彼には普段の彼とはまた別の可愛らしい一面がある事を知った。  それは花厳をいとも簡単に意のままにしてしまう最も厄介な一面なのだが、花厳はその一面を非常に愛らしく感じており、それゆえに抵抗する事が困難なのであった。  桔流は普段、どちらかというと包容力のある人物で世話を焼く側といった印象があるのだが、どうやら一度快楽に呑まれると少し子供っぽくなる上、寂しがりで甘え上手な一面が出てくるようだった。  そしてそれはまさに今、出来るだけ桔流の身の事を優先し優しく労り大切にしたい花厳に試練を与えている。 「嫌じゃないよ。ただ、もう辛いでしょう。俺結構しつこくしたし……」 「全然大丈夫です……むしろ、気が済むまでしてくれないの寂しいです……。もう噛んでなんて言わないです……だから、花厳さん……まだ近くに居て下さい……」  まるで桔流に名前を呼ばれると脳が単純になる事を見抜かれたように、ちょうど良いタイミングで桔流は花厳の名を呼ぶ。  こうしてまるで別人になったかのように彼に甘えられる事で大きく勘違いしてしまいそうになる自分を抑えつつ、それでもこれは彼がやっと心を開いてくれたという事なのかもしれないと、花厳は嬉しいような気持ちを抱いていた。 (本当は、これくらい甘えてくれる子なのかな……)  性的快楽はヒトを暴く力がある。  だからこそどれだけ美しく格好良く取り繕っていても、その欲望をむき出しにした姿、または快楽に攻め立てられた姿を見て、好意を寄せられていた相手に幻滅される事もあるほどだ。  幸い花厳はそのような経験はないがそういった話はよく聞いた。 「花厳さん……」   花厳の名を呼び桔流は切ないような表情をする。  桔流は恐らくこちらの一面の方が心の核のありように近いのだろう。  花厳はそんな彼を愛おしく思うと同時にできれば他の者の手に渡したくないとも思った。  この一面を露わにした彼は心底強請るのが上手いのだ。  そんな可愛らしくも強請り上手すぎる彼を他の誰かに渡すとなれば気が気ではない。  それこそもっと酷くされ、消えぬ傷もつけられてしまうかもしれない。  そう考えると、誰にも渡したくないと思う気持ちはより一層募ったのだが、結局今、彼をもう一度抱きたいと思ってしまっている自分に情けなさを感じる。  結局欲望に負けてしまっていては、どんなに偉そうなことを言っても自分も同じだ。 「そんな顔をしないでくれ、桔流君。あまり酷くしたくないんだよ」 「? 俺、まだひどくされてないですよ……?」 「いや、その、今はまだ平気かもしれないけど……。俺、何回かしてると頭空になっちゃうから」 「大丈夫です。へーき。でも、どうしても嫌だったらいいです……。その代り、花厳さん花厳さん、ってトイレ篭って泣きながら一人でしますから」 「ど、どういう脅し方なんだ……」  斬新すぎる脅し文句に動揺しつつ改めて自分の視界内の光景を認識すると、また本能が焚き付けられる。  何となく会話をしていたものの今の桔流はといえば色白な肌をさらけ出し、すっかり乱れた髪に紅潮した頬を見せて花厳の手や腿を撫で、繋がったままの部分から時折受ける刺激で小さく身体を反応させていたりする。  そんな光景が目の前に広がっていれば、耐え抜けるほどの余力は花厳には残っていなかった。 「わかった……俺の負け……。自分の欲望に従う事にするよ……」 「ふふ、はい」  あられもない姿のまま心底嬉しそうに笑う桔流は可愛らしいが酷く妖艶で、彼に惚れこんでしまった花厳がその色香に抗えるはずもなかった。 「無理させたらごめんね」 「大丈夫ですよ」  そうして幾度となくお互いの熱を混ぜ合わせ、心が十分に満たされるまで抱き合い、二人はその夜を過ごした。        桔流(きりゅう)花厳(かざり)は十分にお互いを満たし合った夜を経て朝を迎えた。  そんな朝、いつもの起床時間よりはやや遅めに目を覚ました桔流は、隣で自分の寝顔を眺めていたらしい花厳に微笑まれる。 「おはよう」  俳優らしい整った顔でそう言われ、ドラマのワンシーンを体感しているようだなと桔流は思った。 「おはようございます」  桔流もゆるりとした笑顔でそう言いながら、暖かな布団と花厳の体温によるぬくもりに心地よさを感じる。  ただその中で、行為後ならではの身体の怠さをじわりじわりと感じ始める。  そして桔流は、どうやら自分が今すぐには身体を起こせない状態に陥っているらしいと気付く。  そこで相変らず自分を愛おしそうに眺め頬を撫でている花厳に、今思い至ったとある仮定を提示する。 「花厳さん」 「ん?」 「あの、もしかして昨日、やっぱり最後まで遠慮してました?」 「えっ……あー……うーん……そんなことはー……」 「してたんですね……」  先ほどまでの俳優モードはどこへやら。  外見の良さは変わらないが、誤魔化す技能の低さをこれでもかとアピールするように花厳は言葉を続ける。 「い、いやぁほら、やっぱり最初だからね。ひどくして嫌われたくないし……」 「――と、思ってやっぱり最後まで遠慮してたんですね」 「や、でもほら、多少だよ多少」 「多少……」  花厳はまるで一瞬すれ違った美人に見入り恋人に指摘された彼氏のような慌てっぷりをみせる。  そんな誤魔化しが下手くそなイケメンを楽しみながら、桔流は目の保養をする。  そして、遠慮されてなかったら二、三日立てなくなってるんだろうな、と桔流は思った。  桔流は決して花厳を遠慮を咎めたかったわけではなく、あくまでも事実確認をするために先ほどの問いかけをしたのだった。  そんな桔流は昨晩の事を思い起こし、“アレで”一応遠慮されていたんだな、と心の中で乾いた笑いを零した。  そんな事実が判明した事で、今朝ですら立たなくなっている桔流の腰は今後の事を想い、きっと青ざめている事だろう。  

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