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第6話 王の番

 銀が狼の王国にやって来た翌日、王と共に姿を現した銀を見てそこに暮らす者達は歓声を上げた。  遂に……我らが王の番となる者が現れた!  目出度い事だと、口々に囁き交わし皆笑顔になった。  広い洞窟の中に作られた狼達の楽園……そこに暮らす人狼と狼。  人間は銀一人だけ。  それが寂しいとは思わなかった。  銀には大切な人が居る。  生涯の伴侶。銀色の毛並みの美しい狼の王が自分の番だ。  彼に求愛されてそれを受けた銀は、その日の内に心と身体を捧げた。  朝から昼まで……彼の腕の中で過ごした後に、銀は狼の王の伴侶として皆に紹介された。  思ってた以上の数の狼と、人の姿を取った人狼に少しだけ吃驚したものの、皆銀を歓迎してくれたのだった。  王は夜になると銀の傍を離れて、自らの役目の為に森を巡る。  自分達の住処を脅かす外敵を排除。それと食料の調達だ。  銀の傍を離れる時には、毎回彼は辛そうな顔だ。  一時だろうとこの腕を離したくない。そう言って銀の腰に回した腕に力を込める。  首筋に顔を押し付け、もっともっと欲しいのにと囁く男は子供のようで……  銀はくすぐったい気持ちで微笑む。 「大丈夫。俺はここに居るから……あなたが無事にお役目を終えて帰るのを、ここで待っているから。早く帰って来て。どうか、怪我などしないで俺の所へ帰って来て欲しい」  約束だよ?黄金色の輝く瞳を覗き込んで囁けば唇を塞がれた。  甘い吐息を零す銀の唇は、もう彼のもの。  この心も体も全て彼のもの。  だから全てを預けるようにその腕に抱かれる銀に、漸く男は微笑みを浮かべた。  必ずお前の許に帰って来る。  寂しい思いなどさせるものか。  切ない色の眼差しを銀に残して、今宵も銀狼の王は夜の森へ向かったのだった。 「あれ…珍しいな?銀が部屋から出てるなんて…!どうした?とうとうアイツに…愛想尽きちゃったか?そうだよなあ…いくら五年も待ち続けた愛しい番が遂に手に入った…!って言ってもさ。ものには限度があるもんな?殆ど寝る間も無いくらい求めてくるんだろ?碌に食事も喉を通らない…そう言って血相変えてアイツが飛び込んで来た時には悪い病気かって皆で心配したのに…黒恵が様子を見にいったら……ただ無茶苦茶やり過ぎて疲れ切ってただけ!黒恵に、少しは加減してやれって物凄く怒られてたもんな!」  洞窟の中の、共用部分。台所に立つ銀を目ざとく見つけた浅葱が、笑いながら近づいてきてぽんと、銀の頭に手を置いて話しかけてきた。  この人狼の男は、かなり背が高い。  ブランカだって随分と背が高いのに……もっと背が高いのだ。  銀の頭は丁度手の置き場にいい位置にあるなあと言って、それをやっては毎回ブランカに物凄く怒られている。  今は彼が外に出ているので余計に遠慮がない。  まあ、彼はどちらにしても変わらないような気もするけど。 「…ブランカにはちゃんと許可を貰ってあるから大丈夫だよ?それにしても…浅葱…それ言うの何回目?愛想なんて…尽きるわけないって分かってる癖に。あとね……皆に知れ渡ってるのは分かってるけどさあ…俺も物凄く恥ずかしいからいい加減に言うの止めて欲しいんだけど!」  顔を赤くした銀を見て、初心だね~!と笑う男を睨んだ。  実際にその時は、まさか……自分の体調不良の原因が、毎日閨で激しく求め合い過ぎたからだなんて!  黒恵に怒鳴られるブランカを見て、銀は穴があったら入りたい……そう思ってシーツの中に隠れてしまったのだ。  仲が良いのはよいことだけど。でも銀はまだ大人にはなりきれていないのだから……もうちょっと遠慮してあげるようにね?  溜息と共に黒恵に言われて、ブランカはしょんぼりと肩を落とした。  シーツの隙間からそれを見ていた銀は、申し訳なくて俺も悪かったんだと黒恵に言えば、当たり前です!と怒られた。    お蔭で、王は番に物凄くメロメロだという噂があっと言う間に広まったらしい。  少しでも精のつくものを。  そう言って、色んなものを差し入れに貰うようになった。    王がずっと待ち望んでいた、唯一無二の番。  自分達の尊敬する王が、伴侶を得ることが出来たことを皆が喜んでいた。  嬉しいんだけど、恥ずかしい思いをすることになったその事件は……未だに尾を引き摺っている。  浅葱には散々揶揄われるし、黒恵に全く頭が上がらなくなってしまった。 「こんな狭い部屋に永遠に銀を閉じ込めておくつもりなの!」    黒恵は体力をつけさせないとまたあんな事になるわよと言って、銀を外へ出す様にブランカに命じた。  王様に……命令とは吃驚だ。  でも……部屋の外には、若いのがいるから……彼女に言い訳する王の言葉はなんとも頼りない。 「あの……俺も、ちょっとだけ怖いっていうか…俺が襲われて食べられちゃうんじゃないかって心配なんだってブランカから言われてて……」  それで部屋から出なかったのだと告げれば、思い切り溜息をつかれた。  なるほどね?  黒恵の視線から逃れるように、ブランカが顔を逸らした。  気まずげな顔の自分の番。ブランカに問いかける眼差しを向ければ渋々と部屋の外に出ても良いと言った。 「…いいの?」  聞けばブランカは静かに頷いた。  王の番に手を出すものは……ここにはいない。安心して欲しい。  そう告げる王を見つめる黒恵は満足そうな微笑みを浮かべたのだった。  ……なので、今日は彼の為の食事を作ろうと思って台所まで来たのだ。  疲れて帰って来る、愛しい者の為に自分に出来ることはなんでもしてあげたかった。   「…あなたも相変わらずねえ…浅葱…!黒支の食事はもう出来ているわ。いつまでも銀を構っていると……あなたの大切な番に焼き餅をやかれるんじゃないかしら?」  くすくすと笑いながら、黒恵が鍋を厚手の布で包んだ物を浅葱に差しだした。 「お…!ありがとう!今日は…鶏肉かな?黒支の好物だ!いつもありがとう黒恵……そういえば銀は…何を作っているんだ?あ……!この匂いは…もしかして、カレーか!?」  嬉しそうに鍋を受け取った浅葱は、銀が手にしているスパイスの瓶を見て驚いた顔をした。  蓋を開ける前に気づいたことの方がよっぽど吃驚なんだけどな。 「うん…!まさか…カレー粉があるなんて思わなかったから吃驚したよ。黒恵に聞いたら、人狼って普通に人間の食事が食べられるって聞いたから…久しぶりに食べたくなって作っているんだ。ブランカ…美味しいって言ってくれるかな?」  微笑む銀の顔を、じっと見つめる浅葱は何故か困惑顔だ。  それが気になってどうしたのと聞けば、思いもかけないことを言われてしまった。 「ははあ…!黒恵……お前、知っててわざと教えなかったな?銀……ブランカはなあ…唯一カレーだけは…苦手なんだ。理由は、子供の頃に鼻先をカレーに突っ込んで…熱くて吃驚してそれを舌で舐めたら辛くてさらに吃驚したからだ!トラウマみたいになっちまってて…カレーの匂いを嗅いだだけで機嫌が悪くなる。だからカレーは止めといた方がいいぞ?」  浅葱が苦笑しながら教えてくれた話を聞いて吃驚してしまった。  自分の番の嫌いな食べ物が、まさかカレーだったなんて!  どうして教えてくれなかったのかと、黒恵を問い詰めれば彼女は微笑んだ。 「…大丈夫だと思うわ。銀が一生懸命作ったものを拒むなんて……あの人に出来ると思う?だから敢えて教えなかったのよ。カレーは、私達も好物だというのに…あの人の所為で皆遠慮して作れなくなってどれほど時間が経っていると思うの?いい加減、子供みたいな真似を止めて欲しいわ!だから…銀がカレーを作りたいって言った時は、これはチャンスだと思ったの。お願いよ……あなたの愛情の籠った料理の力でカレーを食べる日常を取り戻して欲しいの!」  真剣な黒恵の表情と、言っている内容がどうにもマッチしない。  カレーを作る事がそれほど大変な事なのかと驚く銀だったが、浅葱は何故か納得した表情だ。   「…あー…そっか。たしか黒嬉はカレーが大好物…だったな?アイツが居ない隙にこっそり作って食べたのがバレて……一か月以上口きかなかったことも…あったな?なるほどなあ……お前…おっかねえ…!銀を使って自分の番の復讐を考えたのか!しかも、それってもう……十年以上も昔の話だよな!」  女は……いや、黒恵はやっぱりおっかないと顔を顰める浅葱を見ても、彼女は平然としている。  自分がカレーを作ろうとしたばかりに、大変なことになってしまった。  銀は狼狽えて、一体どうしたらいいのかと泣きそうになっていると優しい声がした。 「…一体なにを騒いでいる?銀…今帰った。今日は何を作ってくれたのだ?お前が作ってくれる食事が楽しみで…急いで帰ってきたぞ」  振り返ると、ブランカが微笑みを浮かべていた。  困惑したままお帰りなさいと声をかけると、頬に額に口づけられた。  抱きしめて、顔を頭に擦り付けるいつも通りの挨拶をするブランカは上機嫌だ。  良かった……本当に良かったと安堵する銀に、黒恵は呆れ顔で二人を見ながら口を開いた。 「…ほらね…!心配する必要なんてちっともないでしょ?まさか……自分の大切な番が心を込めて作った料理を口にできない…なんて愚かな真似はしないでしょうね?百年も前の子供時代のトラウマなんていい加減に乗り越えなさいよ!いい大人がみっともない!」  腰に手を当てて、吐き捨てる黒恵はいつもとは全く違う。  穏やかな微笑みをかなぐり捨てて……いっそ雄々しいとさえ言える立ち姿に驚いてしまった。  そんなに……カレーが食べたかったのだろうか? 「…言われずとも分かっている!だが……子供時代だからこそ、なかなか…踏ん切りがつかない事だってあるだろう?銀…お前が私の為に作ってくれたものなら、どんなものだって受け入れてみせる。そんなに不安そうな顔をしないで欲しい。お前が悲しいと、私も悲しいのだ。さあ…早く私にお前の手料理を振る舞ってくれないか?」  鍋に銀を優しく向き直らせ、頭を撫でて囁くブランカの声はとっても甘い。  それがすごく嬉しいから、銀も頷いてさっき投入を躊躇ったスパイスの瓶の蓋を開けた。  ふんわりと漂う香りは、銀を懐かしい気持ちにさせる。  小さな片手鍋を火にかけると、黄色いスパイスの粉と小麦粉を木べらで炒める。  香ばしい香りが辺りに立ちのぼり、黒恵と浅葱は頬を緩めた。  心配していたブランカも、微笑んでいる。 「…ブランカ…本当に…無理ならいいんだよ?これはいつもお世話になっている黒恵と…その番の…黒嬉に上げてもいいんだからね?二人ともカレーが好物だって聞いたから。ちゃんとブランカが好きなもの作るよ。お役目で疲れて帰って来て、苦手なものを食べるのは辛いでしょ?俺は…大丈夫。ブランカが一番大切なんだからね?」  焦げ付かないように、手早く香辛料を炒めながら隣に立つ愛しい者にそう告げると、腰に腕を回された。  こら……!危ないよと咎めれば、こめかみに唇を押し当て小さく嫌だと囁いた。 「…お前が作ったものを、誰にもやるものか…!」  ぎゆうぎゅうと抱き着いて、まるで子供のような事を言うので吹き出してしまった。  なんて可愛い人なんだろう。  微笑んで、それじゃあもう少しだけ待っててね?と告げれば勢いよく頷いた。   「……本当に、マジで見てて呆れるっつーか…疲れる奴らだな!俺は、引き上げさせてもらうよ。いつまでも見てると目の毒にしかならん!それじゃあ、また明日な…」  銀の背後にぴったりとくっついているブランカを呆れ顔で眺めた浅葱が、大切そうに鍋を抱えて踵を返した。  慌てて、また明日ね。銀が声を掛けるとひらひらと手を振ったがこちらを振り向きはしなかった。  やっぱり、これは呆れるよなあ。  恥ずかしいなと少し顔を赤らめる銀を見て、黒恵がちょっと困った顔で教えてくれた。  浅葱の番である黒支の事を。    灰色の毛並みの浅葱色の瞳の狼は、もう随分と長い間具合が悪いという。  病気なのかと心配すれば、かなりの高齢らしい。  もう外を歩き回れないほどに足腰が弱っているので、食事からなにから全て浅葱が世話をしているそうだ。 「…こればっかりは、仕方がないもの。老いは……全ての生き物に訪れるわ。私達人狼もそうよ。そりゃあ…普通の狼や人間に比べれば途方もなく長い時間を生きるけれど。それでもいつかは老いて死ぬの。短い生の普通の狼を自分の伴侶とした瞬間から、彼は覚悟を決めたの。求婚したのは浅葱だったけれど…あなた達以上に黒支とはもめたわねえ。選りによって…短い時間しか一緒に居られない自分を何故選ぶと言って相当長い間拒まれたの。 でもね……それでもいいからと懇願した浅葱の粘り勝ち!最後の瞬間まで、浅葱は黒支の傍から離れないわ。ついこの間までやっていた大きな街での仕事も辞めてここに戻ってきたの。自分の番が心やすらかに最後の時を迎えられるように…浅葱は心を砕いている。だからね…あんなに口が悪い男だけど、許してあげてね?二人が羨ましいだけなのよ!本当に…いつまで経っても、子供みたいで困ってしまうわ」  黒恵の言葉は……銀の心の深い部分まで沁み通り、声を失わせた。  呆然とした銀の手から、ブランカが木べらを取り小鍋を火から下ろした。 「…そ…それじゃあ…俺も…?俺も……ブランカを置いて…物凄く早く死んでしまうってことなの…?何で言ってくれなかったの…!そんなこと、俺は知らなかった!そんなの……辛すぎる…!」  涙が零れた。  ボロボロと泣きながら縋り付けば、優しい掌が銀の髪を撫でてくれた。  別れが辛いことを、誰よりも知っている自分が……最愛の者にそれを押し付けるというのか!  なんて馬鹿な事を。許されない罪深いことをしてしまったのだ!  知らなかったとは言え、取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感が銀を襲った。  愛しい体温に縋り付きながら、震える銀の髪を撫でる掌は優しい。    こんなにも優しい人を、こんなにも愛しい人を悲しませたくないのに。  それでも銀は、きっとこの人を選んでしまう。  何度でも、たった一人……ブランカを選んでしまう事が分かっていたから……悲しかった。 「…私も、お前を選んだ時に覚悟を決めているのだ。銀……たった一人。自分が最も大切だと思えるものに…この命さえ賭けてもかまわない。そう言える存在に巡り合う奇蹟を手にしたのだ。どんな悲しみも背負う覚悟でいる。どうか…泣かないで欲しい。私は、幸せなのだ。お前が私を選んでくれた…!それだけで充分すぎる程幸せなのだ。毎日、隣にお前が居る。お前が…笑っている。お前が私の名を呼ぶこの幸福が……永遠に続けばいいと願うほどに愛しいのだ。銀…私の最愛の者よ…!その命が尽きるその時まで、お前の隣に私を居させてくれ。愛している……嘆かないで欲しい。私の大切な番……お前が私の全てなのだから…」  己の罪深さに怯える銀に告げられた愛の言葉だった。  黄金の瞳には、美しい輝き。  自分の選択を少しも疑わない強い輝きが銀を見つめていた。 「…ブランカ…!愛しているよ……!この命が尽きる瞬間まで…あなたの傍に居させて…絶対に…離れないで…!」  涙を溢れさせながら、最愛の者に手を伸ばした。  深く抱き寄せられお互いの唇が重なった。  泣きじゃくりながら、頬を摺り寄せ愛していると何度も叫ぶ。  離さないでと強請る。  自分がどれくらい生きられるのか、銀にも分からない。  それでも出来るだけ長く生きたいと思った。  出来るだけ一緒に居たいと願った。  嗚咽を漏らす銀の唇を覆う唇に熱が籠る。  欲しいと訴える黄金の瞳には、獰猛な光。   「……本当に、目の毒にしかならない二人ね…!いいわ…カレーは私が完成させておいてあげる。その代わり、少しだけご相伴に預かってもいいわよね?…ちゃんと二人の分は残しておくから…とっとと部屋に戻ってから続きをどうぞ?」  黒恵の声に、今どこに居るのかを思い出して銀は慌ててしまった。  ごめんなさいと顔を赤くして頭を下げる銀に微笑み、黒恵は小さく舌を出してこう言った。  十年ぶりのカレーを貰えるならお安い御用よ!と。    黒恵の好意に甘えて、番に肩を抱かれて銀は自分達の愛の巣へ戻った。  ちょっと恥ずかし過ぎて、涙は引っ込んでいた。  まさか、自分が人前であんなに盛ってしまうなんて!  どうしよう。  呆れられてしまっただろうか? 「…そんなに心配しなくてもいい。私達は、自分の番の事になると…我を忘れる性質なのだ。お互いさまのところは皆承知している。良かった。泣き止まなかったらどうしようかと本当に心配したのだ。黒恵には……感謝するとしよう。銀…限られた時間しか私達には与えられていない。だが……その限られた時間を精一杯生きよう。お前と過ごすこの大切な時間を私は生涯忘れない。愛している…本当にお前が愛しい…!私の番はこの世で最も可愛くて優しい…それが本当に嬉しいのだ」  寝台の上に、銀を寝かせて男は愛を囁き何度も口づけた。  銀の首筋に顔を擦り付け、男は溜息のような深い息を吐き出した。  銀の身体も熱を帯びている。  互いを求め合う一対。  魂の片割れは、いつだって一つに戻りたいと願っているのだ。 「うん…ありがとう…俺も幸せだよ…?ブランカ…あなたが俺を選んでくれて…本当に嬉しいんだ…!ずっとずーっと一緒だよ…?俺がおじいさんになっても…愛していると言って抱きしめてくれる?」  シャツのボタンを外されながら、何度も口づけを受けて銀は微笑んだ。  愛しい人。あなたの愛があるなら……なにも怖くはない。  囁きに苦笑が零された。 「…当たり前だ…!出来るだけ長く一緒に居たい。だから……長く生きてくれ!お前が最後に見るのは私の顔だ…絶対にこの腕を解いたりはしない。ああ…!本当になんて…なんて可愛いんだお前は…!」  もどかしい!シャツの釦を外すのを途中で止めて、男はすぽっと銀の頭の方から服を脱がせた。  ベルトを引き抜く手も逸る気持ちを表している。慌ただしく銀の身ぐるみを剥ぐ男は完全に欲情し切っていた。  銀の裸体に覆いかぶさる男の身体は、服越しにも酷く熱い。  男の掌は、銀の全てを知り尽くしている。銀本人よりも。  あっと言う間に、息が上がり切れ切れに漏れる嬌声も男の口の中に飲みこまれた。  毎日柔らかく解されている後ろの窄まりは、簡単に男の長い指を銜えこんでいやらしく蠢いた。  もう恥ずかしいなんて言っていられない。  早く早くと急かされる声のまま、二人は繋がった。  背後からの激しい抽送が始まると、銀の背中が撓り腰を掴んだ男がそこに唇を押し付ける。  背骨に沿って、押し当てられる熱い唇の感触に震える銀はもう快楽の虜になっている。  これしか欲しくない。  これだけが欲しいと、泣きながら内側に這入り込んだ熱い肉を噛むように締め付けた。  滑る熱い肉の襞に締めあげられた男が息を飲む。  そんなにされるともう我慢できない。  熱く耳元で囁かれて銀は頷く。  我慢しないで。  早く全部頂戴。あなたの熱を全て注いでほしい。  願いと共により一層激しくなる腰の動きに、前についた腕が頽れる。  シーツに顔を押し付け、高くかかげた腰を捕まえた男の手に力が籠った。  ぐぐぐっとより太い熱が押し込まれて行く感触に、銀の身体に震えが走る。 「あ…!あああ……」  悲鳴のような声が、喉から零れた。  熱い、大きな塊が後ろの穴の入り口を無理矢理塞ぐ。 「銀……!ああ…!ああ…!愛している…!私の銀……私の番…」  身体の最奥に到達した、愛する者自身から激しく迸る熱。  ドロドロに溶けてしまいそうな、快楽の頂きで二人は身を震わせる。  命を宿すことのない愛の営み。  そこには、この大切な愛を時世に残す為の子種を育てる場所があるわけではないというのに。  それを覆したいとでもいうように、銀の身体は男の熱を奥で受け止める度にビクビクと蠢いた。  最後の一滴までも欲しいと強請る様に。 「……ああ…銀…今日もとても…とてもお前は美しい…なんて可愛いんだ…!ああ…ああ…!もっともっと欲しい。早くお前の美味しい蜜を味わいたいものだ…!」  身体を繋げたまま、銀を抱き寄せ胡坐を掻いた足の上に乗せて男は囁く。  指先で辿るのは、先ほど弾けたばかりの銀の腰の中心。  トロリとした白い粘液を指で掬っては舐める男を窘める。 「…ブランカばっかり…ずるい。俺も…舐めたいと言っても滅多にさせてくれないよね?次は俺にもあなたのモノを咥えさせてほしいな?」  銀の愛液に塗れた指をしゃぶる男に強請れば口づけが落とされた。  何度も啄む口づけと、時折深く貪るように変わる口づけに身体は再び熱を取り戻していった。  身体の中の楔が抜け出るまで、まだ時間が掛かる。  それまではぴったりと寄り添い、互いの熱で温め合うこの時が銀はとても好きだった。  だがブランカは人とは違う自分の所為で、銀に負担を掛けているのではないかと、いつも気にしているようだった。  人よりも激しい行為と、一旦這入り込んだら長時間銀の中から抜け出せない特殊な身体。  いつも大丈夫かと心配する彼に、銀は何度も大丈夫だと言って、彼とするこの行為がとても好きなのだと言った。  それからは、彼は気遣わし気な顔をしながらも心配事を口にすることは滅多になくなった。  ただ愛しい。とても気持ちがいいと嬉しそうに伝えてくれる。  そして、自身の準備が整うのを待ちながら次は、どうやって愛し合おうかと話すようになった。  彼が特に好きなのは口で銀の肉棒を愛撫する事だ。  熱くて柔らかな口の中で、蕩けるようにされてあっと言う間にイカされてしまう。  吐き出される白濁も全て飲みこむ彼は本当に嬉しそうな顔で困ってしまう。  本当は滅茶苦茶恥ずかしいのに。  繋がっている時以上に、なんか……自分だけが気持ちいいのが恥ずかしい。  だから次の行為では自分も愛しい者の熱い肉を口の中で味わいたいと訴えた。  少し不思議な形をしている、自分を愛するその器官が大好きだから。 「…ちょっとだけ…なら。お前は……自分がどんな顔で私のモノを口にしているか…知らないだろう?滅茶苦茶可愛くて…色々辛抱が利かなくなって困るのだ…」  そう言いながら、銀の番は嬉しそうだ。  喜んでくれるのが嬉しい。  愛して貰えて嬉しい。  銀は……心の底から幸福なのだった。      「お久しぶりですね…?穂狩男爵。ええ……勿論、お話しは伺っていますとも!我が主は、大層落胆されましてね…あなたの望みを木っ端微塵に砕いてしまおうかとお考えになって……ええ。ええ…!仕方がない事だとは分かっておりますとも。ですが…それがあの方に通用しないこともご理解頂きたいのですがねえ?」  深い森の奥。  小高い山の上の城の貴賓室に通された男は、出された紅茶のカップを弄んで微笑んだ。  さて……どうやってこの目の前の生贄をいたぶろう?  そんな邪悪さが感じられる笑顔に、相対している男は顔色を失った。  男爵と呼ばれる地位にあるとは思えない、動揺を露わにする小物を見て男は苦笑を零す。  やれやれ……!  あの方のモノ好きにも困ったものだ。  心の中でそっと吐き出した溜息を押し隠して、男は笑顔で続けた。 「…もうすぐ冬……こうなっては、我々には手出しのしようもありません。来年…必ず訪れる機会を待ちましょう。我が主は……それまでは待つと言っております。楽しみですねえ…月の子は……あの恐ろしい王のアキレスとなるでしょう。本当に…楽しみだ!」

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