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20.ネコの手
この無駄な広さ!
「……ッハ、……ッ」
滴る汗を拭う暇すら惜しんで晃心は心の中で悪態をついた。
さすが金持ち学園というだけあるが、限度がある。
響き渡る何重 にも渡る騒音に気を取られながら乱れた息で正面を据え、同時に思考もフル回転させる。
生徒会長が風紀室に居た訳は?
生徒会と風紀は基本的に管轄 が違う。大まかに分けると学園運営側と、行き過ぎる行為を諌 める機関。重なる部分・対立する部分はあるが、知る限り大きなイザコザなくやってきているはずだった。……もしや、今回の乗り込んできた単車は生徒会と風紀の不仲が原因か?
――いや。
数代前は相当険悪だったそうだが、現在は聞いていない。むしろトップ同士はどちらかというと、認め合っていたはずだ。
では、何?
即座に否定して下唇を噛む。
ポーン。
マヌケな音が苛立ちを誘う。
晃心が居た階にエレベーターがなかったため一度は階段を考えたが、どう頑張っても自分の足と機械とでは到着に雲泥の差があるのは明白。逸 る気持ちを押し殺しての到着に殺意が沸く。
無駄にボタンを連打して、出来た隙間に滑り込ませる身体。
万が一彼らの対立であったならば、あんなに大勢の外部者を学園内に入れる理由にはならない。それに、性格からして全校生徒を巻き込むような回りくどい方法ではなく、正面切って互いにやりあうだろう。
――正面、切って……?
乱れた息を整えながら、エレベーターの扉に額を押し付けていた晃心は顔を上げた。
そうだ、バイクが流れ込んできたのは校門からではなかった。
裏からだ。
裏には、何がある?
――家庭菜園部の畑だ。
泣きはらした顔のクラスメイトに放課後出くわしたのは、確か先月。荒らされて使えない状態になってしまったと。嫌がらせの規模ではなく、農具を収納していた小屋まで破壊されたと言っていた。よくよく考えれば、金持ち学校の納屋 だなんて一般家庭の一軒家ほどある立派なモノだ。そんな物が簡単に壊されるのか。風紀だって動いているだろう。
それにいくら畑だとしても、塀に囲まれセキュリティはしっかりしているはず。だから動物たちもおいそれと敷地内に入って来れないし、出て――。
「……え?」
瞠目 して晃心は息を飲んだ。
「……飼い、ネコ?」
いつぞや見た覚えのあるネコは首輪をしていた。
なぜ、居た?
用務員の鈴木夫妻が飼っているという話は聞いていない。
御曹司 の通う学園だ、セキュリティが堅く業者も入って清掃や整備もされている。エサになるものがない厳しい環境下で、数少ない野良ネコもカツカツに生活していた。弱ったモノたちに生徒会書記は人知れずエサを与えたのだから。そんな中で、毛並みのいい飼いネコがまったりと、陽だまりで寝そべっているのは変化があったということ。
予兆は充分にあった。
転入生やその取り巻きに、隊員の環境に、学園の運営に感 けて見逃していた。
何が起こっている……?
ポーン。
残っている浮遊感に気付かない振りをして、開いた扉を抉じ開けて飛び出した。
ダンッ!!
「ッき、谷ッ!?」
勢いよく弾 かれた重いはずの扉は晃心の鼻先を掠めて、大きな音を立てて壁にめり込んだ。
「榛葉 ……?」
生徒会のお手伝いとしては立場上無理なので風紀として警備で体育館に詰めているものだと思っていた。まさかココで出会い目を見開けば、二の腕を捕まれ口早に捲 くし立てられる。
「よかった、木谷だけでもあっちに居なくて! いい? いけ好かないけどココで会長と居て! いいね!」
普段の彼からはとても想像つかないほどの切羽詰 った形相 を見上げながら、理由も解らず気圧 されてひとまず顎を引く。
「おい、持っていけ」
これまた晃心の横スレスレで通り過ぎた物体を受け取った榛葉は嫌悪も顕 わにする。
「木谷はここに居るんだよ!」
重ねて言い聞かせた彼は、晃心がやっとの思いで辿り着いた道を瞬く間に疾走 していく。
「――おい、宝生 。悪い知らせだ」
小さくなった姿を見送りながら、溜め息交じりの通る声に室内へと意識を向ける。
「お前ン所の副がドア蹴破ってソッチ向かった。三枚弁償しろ。……ああ、無線は持たせた。おまけでウチの副の親衛隊長がノコノコ顔出しやがった。……うるせぇ、俺が知るか」
散々な言われようだ。
見れば機材が所狭 しとひしめいている。何度か書類を持ってこの部屋を訪れたが、こんな物はなかった。
「呆 けてるな手伝え」
「え……?」
放られた小さな機械を受け取って、不遜 な態度の会長を捉える。
「人手が足りん」
「やあったぁ! 誰でもいいから手伝って欲しかったんだよねぇ、よろしく木谷ちゃん!」
「……会計様。」
何がなんだか。
映し出されているモニターを確認しながら、たぶん榛葉と同じものだろう無線機を装着する。両手を広げて抱きつかんばかりの雰囲気の会計は、書類を抱えているので断念したらしい。
「……第一、体育館!?」
渇望 していた内部の映像は、やはりバイクと人でごった返していた。しかし、一般生徒の影はない。無事に逃げたのか。
ホッと息をつけば、頭に衝撃 を受ける。
「叩き込め。総てだ」
「説明してください」
情報が足りなすぎる。
「読みながら聞け」
どうやら彼が持っていた書類で殴られたらしく、厚みのあるそれに眉を潜める。羅列 されている数字は無線番号。次に捲 る先は、家系図。
「会長もうれしいのに、素直じゃないんだからあ。さぁて、ウグイス嬢こと二木 くん、ホンキで行くよお。第一でギリギリまで引っ張るからね。AからF班、要らない反撃ナシ。まず単車から引き摺 り下ろすよ。これだけ勢いよく流れ込んで来ればバックも方向転換もできないし。凶器持ってるから、身を守るの優先で。相手も狭い場所で仲間同士殴りたくないだろうし。E班相田 、そろそろ榛葉が到着するハズだから窓ひとつ開けて。進藤 、ピアノ線に引っかかった数――思ったよりバカだね。強力電磁石の調子は絶好調、単車は絶不調。器物破損はひとまず放置の方向で。C班、B班の援護。F班近くの銀髪は要注意、深追いするなよ殺される。親玉はまだね。佐伯 、負傷者報告――」
パチパチと無線を切り替えながら、ひとりでペラペラとしゃべりまくる会計を横目に、晃心としてはサッパリだ。
「コレは何ですか」
画面の向こうの物騒なモノ。
近しい人たちが巻き込まれていないと知って、ひとまず焦りも落ち着く。しかし、これから榛葉が参戦するのか。ということは、トップ同士だけでなく生徒会と風紀は手を組んでいるが、榛葉には伏せられていた。風紀内でかん口令 が布 かれていたのか。
「知るか」
「は?」
それぞれの理事の輝かしい実績と業績を目で追っていた晃心は、事もなげに言い放たれ顔を上げた。
「読め。ココのヘッドとは顔会わせたことあるが、それだけだ。――第二、問題ないな。ああ。――半年ほど前、学園のサーバーに不正アクセスがあった。しかも確定ではなく、だ」
急に飛んだ話に、一瞬思考が白くなる。
尻尾を掴ませない、ほぼ完璧なハッキングだったということか。情報社会で簡単に信用を失う方法といえば流出だ。それを押さえるために、各企業対策を練っているとしても過言ではない。当然学園でも問題になったであろう。中枢で。
促されて視線を戻した書面の先は、学園内の収支運用。こんな時に何をさせたいのだ、この男。
「編入試験問題にも閲覧の可能性があったとしたら――?」
記憶の端で引っかかる。
蘇 る、明るい声。
『っえ、えへッ? ちょっと緊張したんだよっ!』
歴代の外部生でも上位に入る好成績で編入試験をパスしたという、彼。学期末で点数の取れなかった、彼。
「……まさ、か?」
「否定はできない」
グレーゾーンではある。ハッキングは確定的でなく半信半疑。期末テストに至っては遊んでいて調子が出ないと言われれば、それまでだ。
しかも仮定や想像ばかりで、何も証拠がない。
「仮にハッキングしたのが彼だとしても、普通はズバ抜けた成績を残しますか?」
自分だったら、あえて周囲に不審 を買うような行動は起こさない。もしくは、足がつかないという確固たる自信があるのか。
「アレはバカだ、気は回らない。バックが居るはずだ」
今まで彼の尻を追い掛け回していたはずなのに、散々ないい様だ。
晃心としては一回会っただけで、転入生に興味がなく噂しか知らないが言動を伝え聞いている限りオツムがいいとは言えない。
だからこそ、親衛隊たちがアイドルの行動を嘆いたのだ。下手くそな変装をしていたとしても、自分たちよりも頭も見た目も行動も劣る人物に目の色を変えたから。
――もし、や?
「ずっと彼に付いていたのって、行動を監視するために?」
彼の魅力 に惹 かれて、ではなく。
「風紀や他の連中が張り付いてるより、俺らの方が注目も浴びやすい」
陰から動向を窺 うよりも、大々的 に。しかも元から関心を集めている分、もしも役員が目を離した場合でも親衛隊や他の生徒の目があるだろう。一挙手一投足 を見張る目的ならば、なるほどそちらの方が効率もいい。小森をというよりも周りの生徒を守るという、別の意味で友達百人キャンペーンを阻止していたということか。
今まで信じていた事が、この男の発言によってどんどんひっくり返されていく。
「かあーいちょお、時間的にはそろそろだけど、どおーする?」
モニターに向かいながら、ずっとしゃべり倒していた会計が一瞬だけこちらを振り向く。
「情勢は」
「ロクヨンでやや優勢。負傷者もそれなりに出てて、気は抜けないケド」
「意外と優秀だな風紀。ヤツラ扉に気付く頃か」
「まあ、ちょっとずつソコだけ捌 けさせてるからねえ」
「第二グラウンド、流れるぞ。――ああ、頼む」
一体、どこまで手を読んで、仕掛けているのだろう。
第一体育館から直に外に出て、専用の長い階段を上がれば第二グラウンドが山の上に広がる。地の利を最大限に利用して。思い返せば、防火シャッターを下ろしたのも無関係な生徒が紛れないよう、そして突入してきた者たちが校舎内に入らないようの措置か。
唖然 としながら見上げた晃心を一瞥 した男は再び書類を示す。
「今のお前の仕事はコレだ」
「さっきからソレば――ぇ、矢島 先輩?」
「知り合いか」
いつぞや、会計親衛隊長と連れ込まれそうになった時に居合わせた男を、モニターで見つけて眼を丸くする。その隣には、副総長の彼が認めている数少ない人間――総長。滅多に表舞台に出てこないはずなのに。しかも、何を間違ったかグラウンド。配置に覚えがある。第二だ。
固唾を呑んだ晃心は、画面を見入る。
「……松本先輩」
この男の親衛隊長。学年は同じであるが、総長は確か一年ダブっているはず。一体どんな繋がりだ。
「こっちは学園に危害がなければ他はどうでもいい。後を任せた」
餅 は餅屋か。今まで三分化していたと思われていた権力を、一本にして統制を取る。
「――ここまで読んで、手を打って、それを公表しないのは何故ですか?」
これだけ大掛かりなのだ、限られた人員の中で秘密裏に行うよりも他の生徒に協力を求めた方がコトは進め易いだろう。
「コレが本当に起こるかは決定打 に欠けた。変に煽 って、要らぬ心配をさせなくてもいい」
腕を組んで、にべもなく言い放った態度にカチンと来る。
「ッなら、せめて大倉には……!!」
部外者の自分はまだしも、あいつも多分知らされず学園に尽力 していたのに。
詰め寄った晃心に、腕を組んでモニターを眺めていた顔が振り返る。
「あいつには、お前がついてるからな」
「――は?」
訝 しがって眉を寄せた晃心を真っ直ぐ見据える瞳とぶつかる。
「大倉自身も優秀だが、ヤツには人望がある。お前にも、風紀の副にも、他にも。更にお前も俺が認めるほど優秀で大量の情報を持ち、俺が今まで軽んじてきた人脈を重要視している。数ヶ月の長期戦だろうと予想はできていたからな。生徒会に所属しどんなに崇 められて囃 し立てられていたとしても、個人的な妬み恨みは尽きない。中枢に居ながら相応の力の援助は得られにくい。仮に大倉以外の役員が同じ局面になったら、間違いなくココまで長時間持たないだろう。たとえ俺だとしても、な。実家の権力はある程度効くが学園内では総てではない。――ソレが一番の理由だ」
本人の力量だけでなく、得られるであろうバックアップを予測して。
自嘲 ではなく淡々と事実を述べる姿に、本当に同い年なのかと疑いたくなる。妬みや希望を取り除いた冷静な判断。自分を含め、他人をソコまで掘り下げて見ることができるだろうか。しかも、能力云々の前提には学園に対する心意気も判断材料として含まれている。
「小森が害かどうかは解らんが、必要ならば排除する可能性もある。会長になったからには、俺には生徒を守る義務がある」
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