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21.導火線

「……大倉に運営を預けた理由は、解りました。俺への過大評価は抹消(まっしょう)してくださって結構です。お節介かもしれませんが」  言葉を切って、晃心は目の前の男を一瞥(いちべつ)して書面に視線を戻す。 「公表しないからこそ、一般生徒に映る『転入生にうつつを抜かした生徒会役員』という認識をどうするつもりですか? それによってできた歪みを部外者に突かれ、危うい所を風紀が働いてくれたという図式。今さら取り繕っても遅いでしょう」  突き崩すのは一瞬のクセに、信頼の回復とは驚くほど時間が掛かる。 「ああ。不便を掛けている。だが、不確定なもののために無期限に警戒を続けろというのも、個人を監視カメラで追い続けるのも無理な話。今回の件は、俺の力不足が一番の原因だ。今後許されるのならば、甘んじて一般の生徒になり尽力するつもりだ」 「……そうですか。」  たとえ自分の会長の役が任期を全うしなくても。生徒たちの心的負担を軽くするため、ひいては学園を守るために。  (いさぎよ)いというか、悟っているのか。  役職を降りて以降も学園内に留まり続けるのは、使えない人間としての烙印(らくいん)を押され、後ろ指を差されながら針のムシロの中で生活するのとイコール。うわさ話や陰口はドコの世界も共通であるが、ココでは世間体ひいては各企業の後継者の出来不出来の判断材料にも使われる。(すなわ)ち、今後の己の歩む道にも大きく関係する。その可能性を彼はココで降りる、もしくは迂回(うかい)をあえて選ぶというのだ。しかも彼には優秀な兄弟が他にも居るため、最悪後継者争いから今回の件で蹴落(けお)とされる可能性もある。  それが、この男の覚悟。  風紀の長は認めている男だからこそ、その心構えを阻止したい気持ちも、()み取ってもやりたい気持ちもあったのだろう。だからこそ、第三者である自分にリコールの署名を預けたと想像できる。 「――でも、転入生の件が現在のこの状況に繋がるとは限りません」  バイクが学園内に乗り込んでくる、この事態に。  先ほど会長が小難しく理由を連ねたが、内容としては困った時に損得なく協力してくれる友人が居るかどうかなだけ。だから、それは置いておく。幼馴染ひとりに仕事を押し付けたのを晃心が許す許さないとは話は別である。最終的に判断を下すのは大倉本人だが。  まずは目の前の問題が先決。 「ああ。コイツラがどうやって入ってきたと思う?」 「裏側の家庭菜園部の畑からでしょう」  気のない晃心の声と、紙を捲る音とが重なる。  自分の推察が間違っていなければ。 「……目星をつけていたか。そのセキュリティを破ったのは?」 「――ハッカー……?」 「だろうな」  環境の変化にばかり目が行ったが、そうだ。囲いは崩されなければ出入りできない。物理的にも防犯的にも。しかも破るだけでなく、ある程度の期間気付かせない細工ができる腕前が必要。  繋がる、セキュリティ解除。  でも、ナゼ? 「『noThing』」  流暢(りゅうちょう)に発せられる言葉に顔を(しか)める。  生徒会室と理事長室の見取り図から、本校の信念・教育方針・規約を流し読む先。ただの寄せ集めの不良だまりから、本格的なチームとして設立に至るまで。トップに続く幹部たちのプロフィールに顔写真。よくもまあ、これまでと呆れるほど細かく記されている。そして転入生の生い立ちだけでなく親戚筋に至るまで。プライバシーもあったものではない。しかも自分などが見てよい物か、――否。 「彼らがこちらに仕掛ける理由がありません」  しかも、こんな手の込んだ回りくどい方法で。 「言っただろう『知るか』って。確かなのは、以前学園の外で小森と『noThing』の幹部が繋がっているのを俺自身が目撃してるってだけだ。ただ、理由なんてどうにもなる。コレが現実だ。気になるなら後でとっ捕まえて吐かせろ。――読んだな。無駄話は仕舞(しま)いだ」  晃心の手から奪い取られた書類は、瞬く間にシュレッターに飲み込まれる。 「族への対処は俺と二木が、お前は負傷者や周囲の者への対応と第二体育館の確認。式の進行は頭に入っているだろう」 「……第二、体育館?」  別のモニターに映されていたのは、コチラの喧騒(けんそう)(つゆ)知らず(おごそ)かに行われる式の模様。  そうだ、ココまで来るにあたって生徒にも教師にも出会わなかった。不気味なほどの静寂と、相反する騒音の気味悪さに寒気がしたほど。式の場所は当初の予定であった第一から第二へ変更しただけで、他の内容は変えなかったということか。 「部屋から出るなと注意するより、一ヶ所に集めて教師や一部の風紀の監視下に置いた方がうるさい野次馬もなくていい」  言い方は悪いがあってはいる。あえてコメントもできず、機材に近づく。  腹に力を入れる。(くく)るしか、ない。  様々な音が聞こえてくる、無線機に手を当てる。  ひとつ、息を吸う。 「――二木会計からG班以降を引き継ぎました、木谷です。該当班はコチラに指示を仰いでください」  体育館内の配置と人員の配置・大まかな流れは叩き込んだ。分刻みの終業式の進行プログラムは何度も打ち合わせをした。滞りなく進んでいるとしたら、今は理事長の話であるはず。  目を(すが)めて、次いで視線を上げた先の動きを見据える。 「――後方支援から徐々に救護に切り替えます」  会長と会計の注目を集めたのを視界の端で捉えるが、そのまま続ける。 「救護H班は必要物品を持って、(ただ)ちに応援席・二階へ移動してください。道順を指示します。壁伝いに放送室に入って裾から舞台裏を抜けるよう。付近に居る者はルート確保を」  若干遠回りであるが、コレが一番安全で確実。ひいては最速で辿り着ける。 「他動ける者はできる範囲でトリアージを開始。判断基準は『ひとりで立てない生徒を見つけ次第、二階に続く階段へ』。H班手は当てを。I班は補助にまわってください」  モミクチャになっているのは重々承知。だからこそ、必要。 「動けない侵入者は二次被害を防ぐため壁際へ。それだけでいい、厳密さは求めません。繰り返す、HI班は救護、それ以外は――」  喧騒(けんそう)の中、この声は届いているのだろうか?  一抹(いちまつ)の不安を抱えながら、それでも声を張る。 「侵入者を壊滅させるのではなく、自分たちの学園を守るのが目的。もうひと踏ん張り、乗り切るよ!」 『オォー!!』  モニターでも無線でも何人かが()えている。よし、見た目より元気そう。  疲れているはずなのに、勢いづいていく彼らは頼もしい。 「ハッパかけるの上手いねえ、木谷ちゃん。さあて、コッチも追い上げるよお!」  負傷者の仕分けが端々で行われはじめる。一介の生徒のひとつの掛け声に協力体制ができているだなんて、統率ができているのかはたまた根が素直なのか。 「第二グラウンド、行くぞ。――ああ、式終了までには片を付ける」  大きくはないが、(りん)とした会長の声が響く。  遠くで再び声が上がる。 「間に合うかなあ?」 「ぁあ? 間に合わせるに決まってる」 「なぁる」  指示の合間におちゃらけた会計に会長がにべもなく言い放つ。  扉が突破される。  あれは、先ほど二人が話していたワナ。ほうほうの体で退散する一部を確認しながら、粘っている数と余力を計算していく。  ふらつきながらも、グラウンドに続く階段を登る姿。  こちらの衝突している人数は晃心が救護に回したので手勢としては減ったが、やや優勢なのは変わりない。侵入者たちの持ち込んだ武器とやらは基本的に金物が多いから、強力磁力によってほぼ使い物にならない。しかも、それだけでなく他に使えなくて困る物――ベルトだ。つなぎ服ならばいざ知らず、時々落ちてくるズボンを死守しながらの戦闘はある意味笑いを誘う。普通のガチンコ勝負ならば本職に太刀打ちできないだろうが、頭の使いようによっては変わってくるといういい例だ。その観点からすると、この小型機器は一体どうなっているのかと、晃心は人知れず耳側に視線を流す。  乱闘(らんとう)注視(ちゅうし)したまま、近くの受話器を上げる。 「加納(かのう)先生。会長から聞いていますか? そうです。現在の怪我人の見積もりです。軽い熱傷(ねっしょう)十名ほど、骨折は――」  校医に内線で状況を説明する。いくら事前に生徒会からの依頼で学園お抱え医師と共に準備をしているとはいえ、簡単でも知っていたほうが対策は立て易いだろう。  もう一ヶ所。  今さらながらにスマホの充電が切れていたのを思い出し、確か外線にも掛けられたはずと記憶の番号を迷いなく押す。 「木谷です。今日中に会いたい」  やはり留守電に繋がり、言葉少なに伝える。コレで相手には充分。  第二体育館では滞りなく進行している。大倉と世良の姿を見つけて、人知れず息をつく。  ……?  何かが、おかしい。  負傷者と衝突者の整理がされはじめた第一と、静かな第二の画面を見入って、思い当たった事実に目を見開く。 「――ッ、E班相田! 榛葉、榛葉は来た!? ――そ、う。あり、がとう……。第二の黒澤、そっちに副委員長は――わかっ、た」  イヤな汗が伝う。  緊張から飲み込んだ生唾(なまつば)がやけに大きな音を立てる。 「どうした、榛葉の足なら確実に着いてるだろ」  通常ならば。たとえ、第一でも第二だとしても確実に。 「居ない、んです。どっちにも。」  彼がこの風紀室を飛び出して行った血相ならば、とっくに着いて参戦している時間は経っている。ソレが、居ない。誰も知らない。  どころか。  不安を表した語尾が無意識に震える。 「居ない。小森も、小森の同室者も、『noThing』の総長も二名の幹部も……」  先ほど資料で読んだばかりの重要人物がこぞって姿を(くら)ましている、この事態に寒気を覚える。 「ッチ、宝生!! ヤバイ!!」 「緊急事態!!」  互いに視線を合わせ、次の瞬間には各方面に捲くし立てる二人を尻目に、風紀室の窓から身を乗り出して辺りを見回す。――やはり、姿はない。  モニターは二つの体育館、グラウンド、侵入経路・進路の数ヶ所に設置されている。他の学園管轄の監視カメラのモニタールームには一般生徒は入れない。しかも、この場所からでは距離もある。  コトは一刻を争うかもしれないのだ。時間が惜しい。  他に方法は――。 「無線、機……?」  怒号が飛び交う室内を振り返って、晃心は瞠目(どうもく)した。  風紀室を出て行ったとき、副委員長は確かに会長から放られて受け取っていたはず。 「榛葉! 聞こえる!? 榛葉ッ!!」  悲痛に(すが)るも、反応のなさにいよいよ危惧(きぐ)の念が高まる。  考えろ。  式がはじまった時には、小森も寮の同室者も居たらしい。教師も風紀の監視もある中、どうやって抜けた? ――監視?  武道派の風紀委員はこぞって第一に詰めていた。第二には、全く駄目ではないが、それでもいつもに比べれば戦力的には劣っていた。しかし、気付かれずに忽然(こつぜん)と姿を消すことなどできるのか。  十六倍速で第二体育館の録画を洗っていた晃心は手を止めた。時間を確認するのと、耳元の器機を操作するのは同時。 「佐渡! ドコッ!?」 『――え? 今寮の近――』 「佐渡? 返事して!!」  不自然に途切れた無線に、下唇を噛む。  ――遅かった! 「寮の近く! 行ってるから、誰か寄越(よこ)して!」  一目散に駆け出した晃心に制止の声は届かなかった。

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