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22.いざ往かん ※暴力表現あり

 風紀室から外を確認したとき、もっと身を乗り出せばよかった。  C棟のココからならば、死角もあるが場所によっては見えたかもしれないのに。 「ッ第二、黒澤! 式中なのは知ってるッ、けど、大倉と代わって! 緊急事態!!」   ポーン。  間抜けな到着音に、苛立(いらだ)ちを覚えているヒマすらない。 『……そうか。』  エレベーターの中、早口に()くし立てて説明した晃心に、嫌に冷静な幼馴染の声が耳に落ちる。 『悪かったな、忙しいのに。――アイツはそんなヤワじゃない。信じてる』 「うん。」  コレは最大級に心配しているし、たぶん怒ってもいる。彼自身も自分にも言い聞かせているのだろう声音に、見えもしないだろうが顎を引く。  当然だ、まず消息がつかめていない。そして、どの方面も目的が見えていない。 『コッチを片づけたら、すぐに合流する』 「わかった」  式で副会長としての仕事が残っている。  要らぬ心配を掛けると伏せることもできるが、それはフェアではないし大倉にも榛葉にも失礼だ。判断するのは、部外者の自分ではなく大倉自身なのだから。  大方、第一体育館の警護についていた風紀にも話はいっていなかったのだろう。録画の中では、特別不審がる様子もなく小森の同室者と連れ立って会場外に出たのを確認した。外の騒がしさを知らないで。  生徒会と風紀の長同士は繋がっている。そこから宝生も思いを()み取って、関係ないと判断してあえて伝えていなかったと想像できる。  誰もが他者を思いやって、しかし裏目に出ている。  幼馴染との通話を切って、会長の番号に合わせる。エレベーター内でも使える性能でよかったと、作ってくれたどこかの誰かに感謝する。  大倉と話したことによって、焦っていた気持ちを冷やされる。 「木谷です。各無線機の機能と、体育館を出た時間、それまでの到着時間から割り出すと、菜園部納屋辺りの潜伏が濃厚です」  あの、何者かに荒らされた建物。現在は危険だからと立ち入り禁止となっている。大型バイクを隠すのも最適だろう。  叩き込んだ資料内容を頭から引っ張り出しながら、先ほど録画を漁っている間に見つけたGPS画像を照らし合わせて。幼馴染や風紀が詰めているどちらの体育館からよりも、今晃心が居る棟の方がどう考えても近い。そして、あの場に居合わせた三人の内、誰が一番動けるかといえば自分一択。  後方支援を任されたとはいえ、元々イレギュラーであるし主軸の指示は出した後。相当何かなければ困らないはずだ。しかも、もしもその場合が発生したならば、付け焼刃(やきば)の自分よりも断然役員たちの方が適任。 「どこまで介入しているかは解りませんが、この会話も盗聴されている可能性が充分にあります」  ハッカーには学園の中枢システムにまで入り込む技術があるのだ。否定はできない。  相手のお抱えがどのくらいの手数であるのかは全く不明。しかし録画・GPS・通信にと総て同時に細工を施すのは難しい。そう考えれば、自分の推測はそれほど外れてはいないだろう。 『風紀数人と松本を向かわせた』 「ッハ、……大丈夫なん、ですか?」  そんなメンバーを。  息を切らせて走りながらも、晃心はギョッと目を剥く。  いくら優勢とはいえ、そんなに手薄にして平気なのか。 『ほぼ鎮圧(ちんあつ)した』  仕事の早いことで何より。 『――絶対に、無茶するなよ』  本当にみんな同じことを言う。  想像であって欲しいが、あの風紀副委員長の榛葉が手こずっているかもしれない相手だぞ。非力な自分ができることなどほとんどない。それでも急ぐ足は止められず、考えなしに内心苦笑してしまうが仕方ない。  体育の授業でだってここまで根詰めて走らないのに。  張り付く髪が、汗が、不快。しかし拭うヒマすら惜しい。  笑う膝と、激しく存在を主張する心臓を叱咤(しった)して。  乱れた息を、口を引き締めて飲み込む。 「木谷、楽しそうだね?」 「……え?」  掛けられた声に顔を上げれば、ナゼか部屋で別れたはずの同室者。 「足要る?」  口角を上げた爽やかな笑顔を、風が撫でた。 「チャリでも結構あるよ」  家庭菜園部の畑に走って行くと言ったら、朗らかに笑われた。  無駄に広い学園内を恨む。  力強く漕がれる自転車の後ろに乗せてもらい、風を切りながら息を整える。 「今日は全体的に騒がしいね。俺は木谷を置いたら居なくなるから、ヨロシク」 「う、ん……ありが、とう」  火照った身体に風が気持ちいい。  これならば思いのほか、早く追いつけるかもしれない。  ほどよく筋肉の付いた均整の取れた背中を見つめる。  日夜練習に励んでいる、大切な足を怪我でもしたら大変だ。それでなくとも間近に迫った大会のため、体調を整えなければならない貴重な時期に。 「俺としては、困るんだよね。学校がなくなると」 「そうだよね」  不祥事があれば大会に出場できなくなる。 「それにさ、落ち着いてくれないと走れないじゃない」 「うん」  それでなくとも、横目で捉える第一グラウンドは普段整備されているのとは打って変わって、バイクのタイヤ(こん)でメチャクチャだ。第二グラウンドもここほどではないだろうが荒らされているだろう。コレを元通りにするには中々骨が折れるだろうと、後先の事を考えるとウンザリする。一層のこと、乱入してきた部外者たちに片付けをやらせようかと半目になる。これから夏休みだし。 「尾白(おじろ)が走ってるの見るの好きだよ」  他を引き付けない速さと、キレイな洗練されたフォーム。そして楽しそうに走る姿。 「愛の告白? 木谷って意外とナンパだね」 「そう? 本当の事だけど」  マイペースな同室者によって、焦ってばかりの気を本来の場所まで誘導される。どんな大きな大会でも自分のペースを乱さない彼だからこそ、雰囲気にのまれずに記録を出せるのかもしれない。 「俺も今の一生懸命な木谷も好きだけど、普段のまったりしてる木谷も好きだな。……ワオ、相思相愛! ってことは委員長とライバル? 殺されたくないなあ」  力強い()ぎと相反して、のんびりと間延びした発言にウッカリと目の前の広い背中を蹴っ飛ばしそうになる。 「……ナニソレ。」 「走れなくなったら困るって話。幽霊になったら足なくなっちゃうでしょ。――もうすぐだね」  適当にいなされた感は否めないが、数分自転車を走らせた先に見えはじめる家庭菜園部の納屋。コレ以上近づいたら、相手に気付かれてしまう。そうしたら尾白の存在が知られ、間違いなく巻き込まれる。こっちは自転車で向こうはバイクなのだ。追いつかれるのは必至。 「ありがとう、ここでいいよ。助かった」 「そう? 頑張ってる木谷にいい事教えてあげる。相手に流されないように、自分のペースを作るんだよ」  何をするのかは知らないけどね、とさわやかなスマイルを付け加えられる。  (あなど)れないスポーツマンと別れ、木陰から破壊されかかっている納屋を外からコッソリと(うかが)う。  イヤな予感ほど的中しており、無意識に出そうになる舌打ちを無理やり飲み込む。確認できるのは、小森の同室者と風紀委員の一人、副委員長の榛葉と、会長に読まされた資料『noThing』の三人。 「木谷です。風紀の佐渡・榛葉、小森の同室者、『noThing』のリーダー、幹部二名が家菜部の納屋に潜伏。佐渡と小森の同室者は軽く負傷、榛葉は応戦していますが彼らを(かば)いながらのため、幹部二人からほぼ遊ばれている状態。リーダーはそれを見守っているようです。……小森は見当たりません」  声を潜めて会長に報告しながら、気付かれないように静かに手を動かす。  怒りで視界が真っ赤になる。  頭に血を昇らせては、ダメだ。  静かに深呼吸をして自分に言い聞かせながら、噛み締めた下唇からは鉄臭い味が広がる。  ケガは負っているが、榛葉はまだ動けている。――動けなくなってからでは遅いのだが。  友人の恋人が、友人が、(なぶ)られている現場は目を覆いたくなるし、飛び出してやめてくれと縋りたくなる。自分に蹴散らすほどの力がないのは重々承知。  でも、それだけではダメなのだ。榛葉にとっての不要な足手まといが増えるだけ。少しでも一矢を報いる対策が必要。  好機は一回だけ。しかも自分では一瞬彼らの注意を逸らして、風紀の到着を待つための時間を延ばすだけ。 『絶対動くな!』  会長ではない低い声に耳元で叫ばれるのと、力いっぱい消火栓のバルブを開けるのは同時。  ぺしゃんこのホースの中を勢いよく水が走る。その向かう先には、攻防している彼ら。友人をいたぶっていた、アカとアオのカラフルな頭が不意の水圧に体勢を崩すのを確認する。  ――二人、だけ? 「いい度胸だな」 「……ッカ、ハッ!」  黒い影、ぶれる視界。  目を見開いて声を確認した時には、既に首を締め上げられていた。  鮮やかな金髪が揺れる。ギラつく濁った眼。  『noThing』のトップであり、有名製薬会社の御曹司。 「オレらが誰と知ってか?」 「……クッ」  引っ掻いても叩いても、びくともしない。  バタつかせた足が届かないことで、宙に浮いていることを知らされる。  睨み付けることしか、できない。  霞む、視界。 「へえー? いい目だな」 「ッチ、ッテェし冷てェ。ぁあ? ああ、ソイツ、ココのナンバーツーのオンナらしいッスよ」 「ふーん?」  薄れてきた意識で遠くに聞きながら、一気になだれ込んできた酸素に()せる。 「ッゲホッ、……ッハッハ……ッグゥ!」  息を整える呼吸に合わせて口の中に放られた、何か。 「天国見れるぞ。てめぇもスキモノだろう、クズが」  地面に()(つくば)った状態で首の辺りを足蹴にされ、昨夜宝生が残した(あと)を示されただろうことに遅れて気付く。襟でギリギリ隠れる位置だったが、締め上げられたとき間近で見られた。  とンだ勘違いだ。 「……ッゲホ!」 「顔見せろ。へぇ? 小奇麗なツラしてるな。ソッチのじゃじゃ馬と一緒に輪姦(まわ)してやる、よろこべ」  ひとりで攻防していた榛葉のことだろう。咳き込みながら、よく見れば動きが悪く顔を歪めている。  あっちも何か盛られたのか?  同じものであるならば、吸収速度として経口は他に比べ遅い部類に入るのでそれだけ榛葉は耐えながら抵抗していたのか。薬の作用によっても発現は変わってくるが。  もっと早くに、こちらの状況に気付いていれば結果は違ったのか。  今さらながらに対応の遅さを悔やまれる。 「……そ、な、時間……なか、ま、返り討、に……」  終息したとはいえ、体育館やグラウンドではメンバーが抗争でモミクチャになっているのに、チームのリーダとして何故そんなに悠長にできるのだ。それに、こちらに手が回ってくるのも時間の問題。それともそんな情報も回っていないのか? 「ッグッ……!!」  息が止まる。  目を見開いて一瞬遠くなった意識を、腹に受けた激痛が繋ぎとめる。  今朝ほとんど食べていなくてよかった。下手したら一面リバースだ。 「ぁあ? 知るか。デカくなりすぎてたチームだ、解体するのにもってこいだ。精々ガンバレよ」 「ハハッ! 顔はやめて下さいよ、萎えちまう」  途切れ途切れに(こぼ)す晃心に事もなげに言い放った男は、機嫌良さそうに口角を上げる。  そうだ、第一体育館から第二に移ったのは繋がりのある小森も知っていたはず。当然情報はチームにも流れただろう。そして進路の変更をかける時間は十分あったのに、あえて予定通りの第一に殴りこんで罠に掛かりに行かせたのか。信じられない男。 「小森も誰が親だのくだらねぇことでギャアギャアうるせぇ。まあ、上玉が二匹手に入って、面倒なチームがなくなって、大須賀(おおすか)の恥を(さら)せりゃ、サイッコーだな」  大須賀とは、生徒会長のこと。  あの男の覚悟が、この男の個人的な思惑によって崩される。どこが『顔会わせたことあるが、それだけだ』だ。ガッツリ(うら)み買っているだろうが。会長の事は好きでも嫌いでもないが、楽しそうに声を上げる目の前の男に虫唾(むしず)が走る。 「ゲスが!」 「褒め言葉だな、精々一緒に楽しもうゼ?」 「……ぅ、あ!」  強く尻に食い込まされる手を引っ掻いた所で、笑みを深くされる。 「あっちの美人は、二人分相手してくれるらしいしな」  大方風紀の一人と小森の同室者を人質にとられて、取引でもしたのだろう。そして先ほど、強制的に晃心も摂取させられた怪しげな薬を盛られたのだろうと考えられる。それでなければ、いくら武道派とはいえたった一人で二人を守りながら抵抗していたというのは無理がある。 「チームだなんて関係ない。楽しめれば、な」  ネクタイを引き抜かれ、首元を寛げられる。 「っと。見かけによらず、気が強いな」  油断ならねぇと笑いながら、振り上げた足を阻止され逆に掴まれる。 「折ったらケツの締まりも良くなるか?」  グォン! 「ッをッ!?」 「ナンだッ!」  突如響く轟音(ごうおん)。  ()ね飛ばされかねない勢いの単車を間一髪(かんいっぱつ)で避ける、カラフルな頭たち。 「……好き勝手やってくれたな」  チームの幹部を蹴散(けち)らした後バイクを乗り捨てた男は、地を這うほどの低い声を吐き出した。 「……大倉」  やはり最上級に怒っている。  『noThing』のトップ越しに見上げる幼馴染からは、目視できるのではないかと思うほどのドス黒い怒気が漂っている。 「大倉? ああ、ナンバーツーか。ナンだ、オンナ取り返しに来たのか? それとも混ざ――ぁあ?」  握った拳をトップに浴びせながら互角に渡る幼馴染には近づかない方がいい。今は。ヤツは以前ヤンチャをしていたこともあるので、こと武道に関してはそんなに心配はないだろう。 「っぅ……!」  痛む身体を引き摺って、肩で息をしている榛葉の元に足を運ぶ。 「榛葉、わかる?」 「……さわ、な。ッつい……」  苦しそうに吐息を漏らして火照っている顔から、ああと納得する。  彼らの会話から、作用の予想はしていたが。やはり。 「もうすぐ風紀が来るけど、大倉に連れて行ってもらうようにするから安心して。――佐渡(さわたり)動ける? 急いで寮に戻ってシーツ持ってきてくれる?」 「ッはいっ!」  こんな状態の彼をそのままに置いておけない。 「……ッたにぃ!」  (うる)んだ目が合ったと思ったら、気付けば晃心の胸元に顔を埋めていた。極力触らないように配慮する。 「がんばったね、お疲れさま」 「怒って、る、から、」  言われたことが解らず、目を(しばた)かせる。  ああ、風紀室で待っていろという忠告を無視したことかと、遅れて気付く。 「ごめんね」 「でも、ぁりがと……」 「うん」  大慌てで寮に向かう背を眺めながら、別方面からアカとアオの頭を拘束した一団を遠目で認める。あれは松本たちか。  ザシュッ! 「っわあっ!」  晃心たち近くの地面深く突き刺さった刃物に、転入生の同室者が声を上げる。  振り返った先では、本気で抵抗をしているらしい男の姿。往生際が悪い。 「聞いてもいい? 小森くんはドコに居るか知ってる?」  震える男子生徒を極力怯えさせないよう、生徒会副会長親衛隊隊長のネコを被って微笑む。  一瞬で茹蛸(ゆでだこ)のように顔を赤くした相手に小首を傾げながら、根気よく返事を待つ。 「わ、わかんない……。ボク、終業式の時に『怖いから来て』って連絡あって、それで……」  巻き込まれたのか。転校生が来てからこの方、このバッドボーイは一体どんな面倒事に出会っているのだろう。アイドルたちの壁に守られ、更に病的なまでのポジティブシンキングで本人も武道に長けていたらしい小森は嫌がらせなどの小細工などは通じない鉄壁。逆に極一般的な生徒である同室者の彼は、(ほころ)びとして標的にされていたという噂があった。晃心の耳に届いている事柄だけでなく、細々としたいじめなども受けているだろうに。それでも、小森のSOSに手を差し伸べようとするだなんて、とても晃心にはできない芸当だ。それだけやさしいという証明か。 「ドコに来てって言ってたの?」 「寮に……」  手がかりはなくなった。  どこにも居ない。第一にも第二体育館にも。そして『noThing』トップの横にも。どこかに隠れているのか。さすがに寮の部屋というのはないだろう。 「よく行く場所とか知ってる?」 「えっと、食堂と、生徒会役員の部屋と……」  挙げられる場所はドコも人の目がある。潜伏場所には適さない。  それはそうだろう、あの会長たちは監視を兼ねてあえて目立つ行為をして友達百人キャンペーンを阻止していたのだから。かといって、人気のないところをしらみ潰すにしても、この広い学園では合理的でない。それこそ何日も掛かってしまう。  晃心が知っている小森など、いつぞや集会の後ちょっとしたイザコザがあったのと、テスト結果が張り出されたときだけだ。想像もつかない。 「……ぁ、B棟?」  (ひらめ)いたことを思わず呟く。  ウチの隊が集会と称してお茶会をするのは、特別教室の端に位置して人気のない場所だ。普段華やかに場を彩る彼がそこに以前現れたのは、偶然だろうか?  ダメ元で当たってみるか。他に思い当たる所はないし。 「……ぃ、たにぃ……?」  上気した顔、涙が溢れた瞳、掠れた声――これは、たまらない。 「何でもないよ」  普段は見上げているはずの顔を覗き込みながら苦笑して、到着したシーツで彼を他から隠す。かの眉目秀麗文武両道冷静沈着の風紀副委員長様がコレでは、おかしな輩に狙われかねない。 「大丈夫だから。――終わったの?」 「いや、まだだ」  興奮冷めやまないのか、忌々しそうに吐き出す大倉を見上げる。 「でもコッチ優先して。後悔するよ」  シーツの塊を示せば、怪訝そうに中を確認した幼馴染は目を見開いて固まった。 「盛られた」  言葉少なに伝えたが(さと)い彼だ。直後、榛葉を抱えて寮の方角へと猛然(もうぜん)と走っていく背を晃心は見送った。  もしかしたら榛葉はしばらく足腰立たないかもしれない。  無粋な思考を飛ばしながら、いつの間にか到着した風紀が取り囲んで取り押さえた『noThing』のリーダーを視界に入れる。  先ほどと形勢は真逆。  屈強な風紀委員の間を縫って前に進み出る。 「ご存じないかと思いますので、ひとつお伝えします」  射殺されそうなほどの視線を受ける。 「俺はフリーで活動している木谷の息子です。今後一石を投じますので、楽しみにしていてください。会社が傾くか、勘当されるか、お好きなものを選んでください」  ニッコリと微笑めば、相手は怪訝そうな表情から一転、蒼白になる。 「……ッキサマ!?」  悪ぶって見せても、この男は実家からの支援を受けている。会長に読まされた資料では、次期総帥と崇められポストも確保されてもいるらしい。砕かれたら、親共々彼の人生設計は総てパアだろう。  たった一つの口からでまかせでも、物理的なものより精神的なものの方がクることもある。晃心自身は親族の力を借りて報復するつもりは更々なく、精々いつソレが施行されるか、死刑執行にしばらく怯えて生活を送れば少しは静かになるだろう。権力や力の誇示(こじ)は好きではないが、相手の尺度(しゃくど)に合わせて提示してやると効果的だ。基本的には人とはそういう傾向が強い。この様な男には特に。クラスメイトの野菜畑と納屋の(かたき)はとった。  榛葉の分は本人か、幼馴染がとるだろう。  ――時間がない。  人が増えて賑やかになっていく中、晃心はその場をそっと後にした。

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