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第2話「歩く巨人」前編

“全ては精霊から作られた” 言い伝えはこう始まる。火と水、土と風。それぞれ相反する力を持ち、互いに作用しあう。火の精霊サラマンダー、水の精霊ウンディーネ、土の精霊ノーム、風の精霊シルフ。意思を得た四つの精霊は自分達の力が干渉しあわぬよう、それぞれ王国を作り侵略しあわない事を誓うのだった。 「それが今のガーランド帝国、ウォーラ国、ノストール国、そして俺達が今いるシルフ王国の原型になる」 「ふーん。すごいね、精霊って。国を作っちゃうんだ」 「まあ言い伝えだから実際にそうだったのかは知らんがな」 俺ことオズワルド・ウォードリーはそこまでいうと手元の枯れ枝を二つに折った。その片方を小さくなっていた焚き火の中へ投じる。 「ねえ。オズさん。精霊も意思を持ってるのなら、お話とかできたりするのかな?」 向かいに座る少年が小首を傾げて尋ねてきた。この少年はロア・ナリタリア(俺はロワと呼んでいる)。黒髪、黒い瞳という珍しい容姿をしていて、年は19。可愛らしい顔立ちをしているが実は色々訳ありで秘密も多い。今は俺と次の目的地が同じという事で行動を共にしている。 「どうだかなあ。精霊は滅多に会うことのできない神様みてえな存在だし、一生見ないで人生を終える人間も多いはずだ。会って話をするっていうのは結構難しいかもな」 「じゃあオズさんも精霊は見たことがないの?」 俺は焚き火にもう一本の枝を追加してやりながら「いいや」と答えた。 「俺は何度もあるぜ」 「わー、やっぱり!じゃあ今度見かけたら教えてよ!」 「はは、見かけたらな」 精霊が出てくるなんて相当特殊な環境だけだ。ロワが精霊を見る可能性はゼロに近い。だが説明するのが面倒でそのまま頷いおいた。 「あ、オズさん今なんか誤魔化したでしょ」 ぷくっと頬を膨らませて怒るロワ。どうやらバレバレのようだ。こういうところで鋭いから困る。 「気のせい気のせい。ほら、寝るぞ」 ロワはまだ納得がいってない、そんな顔をしていたが渋々寝袋に入っていく。 (はは、イイ子だな) ロワの素直さ(人の良さ?)はいい所だと思うが、騙されてしまわないか心配になる。 (大事に育てられたのか、マイペースなのか・・・ともかく真っ直ぐなんだよな) ただの旅のお供にそんな心配余計なお世話なのかもしれないがやはり考えてしまう。 「・・・ふあー」 欠伸をかみ殺しながら、焚き火から少し離れた木の幹にもたれかかった。すぐ戦えるようハンドナイフを傍に置き、目を瞑る。 ――じい ふと、視線を感じ薄く目を開けた。ロワがこちらをじいっと見つめていた。 「・・・なんだ」 「おやすみ」 「ああ、おやすみ」 「・・・」 「うるさいぞ」 「僕何も言ってない」 「視線がうるさい」 「なにそれ」 ロワは何度か寝返りを打った後、俺の方を睨んできた。宝石のようにきらきらと光る黒い瞳が何かを訴えるようにこちらを見てくる。 「・・・はあ。わかったよ、わかった、約束する。精霊と会うときがあれば必ずお前を呼ぶ。絶対だ。」 「ほんと?」 「ああ本当だ。だから頼むから寝てくれ。明日には街にたどり着く予定だし体力が必要なんだ」 ロワに言い聞かせながら額を押さえる。まるで子供に寝ないで攻撃をされている気分だ。ロワは若いからいいが俺は30のおっさんだ。同じように夜更かししても回復具合が違う。頼むから寝かして欲しい。 「街に着いても体力がいるの?」 「人の街にだって色んな奴らがいる。気が抜けねえのさ」 「こわいね」 「あーこわいこわい」 「ねえオズさん」 「・・・」 「ねえねえオズさーん」 「~っああもう!お前寝る気ないだろ?!」 「あはは」 無邪気に笑った後、ロワは「目が冴えちゃって」と言った。 「あのなあ、俺に子守唄を期待しても無駄だぞ」 「そんなの期待してないよ」 「期待してないのかよ」 「代わりに僕が歌っていい?」 「ああ、俺を殺さないならな」 「ふふ」 ロワは“歌う死神”と呼ばれており、賞金首としてかなり名の知れた存在だ。かくいう俺もロワの首を狙った者の一人で、ロワの無害っぷりに骨抜き(?)にされてなければこうして一緒にいる事もなかっただろう。つくづく人生というものは予想できないものだと思う。 「~♪」 ロワは鼻歌でどこかの民謡を歌い始める。ロワの歌は魂を揺さぶられる。いい意味で心がざわつくのだ。 「~~♪~♪」 静かな森の中に優しい歌が響き渡る。しばらくすると、そこら中から白い光の粒みたいなものがでてきた。ロワが歌うと必ず現れるこれは特に害があるわけでもなく、空中を漂いながら天へと上っていく。 (・・・何度見ても綺麗だな) 降雪を逆再生させたかのような神秘的な景色を眺めながら、俺は眠りにつくのだった。 「街だー!」 ロワが飛び跳ねている。門番がその様子を見て微笑ましそうに笑った。 「坊主、でかい街は初めてか?」 「うん!人がこんなにいる街は初めてみた!すごいね!」 「イラはこの辺りでは一番でかい街だからな。欲しいものは大体見つかると思うぞ。っと、これでよし、あんたも入っていいぞ」 俺の装備を確認し終えたのか門番から許可が下りる。ほとんど手ぶらに近いロワと違い俺は五倍以上の時間をかけてチェックされた。装備していた武器を順番に返され、最後に一番でかい長剣が渡された。 「重いな、この剣。あんたに扱えるのか?」 笑われながら返却された。俺も笑い返す。 「無理無理。装備してるだけだ。いいお守りにさせてもらっている」 「確かに、これだけでかい剣を持ってる奴に喧嘩ふっかけようなんて、大抵の奴は思わないよな。ま、変なのに絡まれないよう祈っとくよ」 「おーありがとな」 門番の言葉に手を振って応える。それから俺たちは門をくぐり、中へと入っていった。 「おおー」 街の周りには、街の外壁をぐるりと囲むようにして10m程の深い堀がほられていた。その上を一本の橋がかけられていて、俺達はそこに向かっていく。ふと、先ほどまで賑やかだったロワが借りてきた猫のように静かになっていることに気付いた。 「どうしたロワ」 「なんでさっき、無理っていったのさ」 「は?」 「オズさんは強いのに。その剣だって僕を助ける時ぶんぶん振り回していたの、忘れてないんだから」 「あー門番との会話のことか」 ロワは不満たっぷりの顔で頷いた。俺が弱いと思われたことが相当不服だったらしい。困ったなと頭を掻いた。 「んーなんていうか・・・侮られてるぐらいの方が色々動きやすいんだよ」 「でも僕はいやだ」 「そら俺だってイラつくけど、っておい!急に走るなって!揺れっ」 「うるさい!オズさんの腑抜け!」 俺の言葉を聞いて余計苛立ったのか足早に橋を渡っていってしまう。慌てて追いかけるが、ロワの機嫌は最悪のままだった。 「おい、ロワ」 「ついてこないで」 「いいのか?ここからバラバラで」 「知らない。顔も見たくない。」 そういってロワは街の喧騒に紛れていった。 (やれやれ) 今回の街訪問なかなか好調な滑り出しだなと思うオズワルドなのであった。 ロワと別れた後、俺は装備品や旅に必要な道具などを買い揃えた。砥石が安くて俺的にはかなりいい買い物ができたと思う。 「問題はロワだ」 俺とロワはここに来る前の村で会ったばかり。ぶっちゃけてしまうとまだ知り合って二週間ほどの“赤の他人”だ。そんな俺達がどうして共に旅をしていたかといえばロワに護衛を頼まれたからで、目的地である街にたどり着いてしまった今、その関係も解消されている。賞金首として引き渡した代価としては若干安い気もするが義理は通した。 「だからもうロワを気にする必要もねえんだが・・・」 あの世間知らずの青年をこんな大きな街に一人で放り出すのはいささか不安があった。 “ついてこないで” “知らない顔も見たくない” 気になるが、ロワの怒った顔を思い出し次の行動をとれずにいる。 「あんだけハッキリ嫌がられたの、初めてかもしれん・・・」 らしくもなく、おっさんは少し傷ついていた。冷え切ったコーヒーを睨みつけながらうーんうーんと唸る。 「きゃああっ!!!誰か!誰か!!」 突如、通りから女性の悲鳴が聞こえてきた。 「!」 新調したばかりのナイフを片手に飛び出す。 「モンスターよ!荷物に!荷物に紛れてたの!!」 「誰か、誰か!娘がまだ馬車に!」 ウルフ(狼型のモンスター)が数匹ほど馬車の荷台から顔を出していた。馬車の持ち主である夫婦たちは半狂乱になって叫んでいる。 (このままじゃあの夫婦、ウルフん所に飛び込んじまいそうだな) 見ていられず、助けに行こうとした。 「俺に任せろっっ!!」 その時、威勢のいい青年の声が響き渡る。通りにいた人間が皆振り返るほどの大声だった。 「モンスター退治ならこのフンガス様に任せとけっ!」 フンガスとやらは20そこそこの若い青年だった。正義のヒーローに憧れました感ばりばりの、よくいる感じの青年。ウルフのいる馬車に駆け足で近づいた後、無駄に細長い剣を突き出す。 「しねえええ!」 てやあああっと叫びながらウルフに剣を振り下ろした。 (おいおい大丈夫か・・・) 最初は不安を感じていたが、意外にもフンガスはいい動きをしてみせて一匹、二匹と順調に倒していく。この調子なら問題ないと判断した俺はざっと周辺を見回した。 (妙だな) ウルフ種はモンスターの中でも特に警戒心が強く、縄張りの外には滅多に出ようとしない。人里などもってのほかだ。 (何故こんな街中に・・・) そんな事を考えつつ、馬車夫婦の方を見たときだった。 ――ガアウウウウ!! 倒したと思っていたウルフが起き上がり、夫婦に襲い掛かる。馬車の近くで戦っていたフンガスは夫婦からかなり距離があり間に合わない。 「くそっ」 俺はとっさにウルフの頭に狙いをつけ、素早くナイフを投げた。寸での所で避けられるが、時間は稼げた。俺は夫婦の前まで移動し終えてもう一本のナイフを構えた。ここまで来れば後は目を瞑っていても倒せる。 「お前には悪いが、人里に来たのが運の尽きだ」 襲い掛かってきたウルフを倒し、辺りを確認した。もう生き残りはいないようだ。ナイフをしまい、軽く土埃を落とした。 「あの・・・」 背後から声がかかる。 「ありがとうございました!助かりました」 夫婦たちが涙まじりに感謝を述べてきた。それに首を振って応える。 「いや、俺は何もしていない。ほとんどのウルフはあそこの青年がやったんだし」 「おいあんた!」 噂をすればフンガス本人が走りよってきた。物凄い形相で俺の事を睨んでくる。 「なんだ、英雄気取りくん」 「フンガスだ!それよりも!どうして手を出した!俺一人で倒せたのに!」 「ああ、倒せただろうな・・・だが、犠牲者も出ていた」 「っ」 フンガスは悔しそうに歯軋りをした。自分がウルフを倒し損ねたという自覚はあるようだ。自分の非を認められるならまだマシだろう。お説教するのは止めておき、奴に背を向け歩き出した。 「っおい!!」 フンガスの怒声が追いかけてくるが構わず俺はとある場所へと向かった。 「やはりか」 今俺は街の西側にある森の中にいた。何の変哲もない針葉樹林の森には様々な獣の足跡が残っている。鼠、兎、狐、狼、そして。 「でけえな・・・」 幅が3m以上はあると思われる巨大な足音が目の前に広がっていた。それは森の奥へ進むように、等間隔に刻まれている。やはり思ったとおりだ。何故ウルフ達が街に入り込んだのか。それは、この足跡をつけたと思われる“化け物”がウルフが縄張りにしている森に攻めこんできたからだ。 「“歩く巨人”か」 俺の今回のターゲット“歩く巨人”はこの森に潜伏しているとみてまず間違いないだろう。 俺が賞金首ハンターを始めたのは7、8年前の事だ。前の仕事先でポカをやり、追い出されたところをグラッツに拾われた。腕を買われた俺は奴専属のハンターになった。それ以降は賞金首を倒してはグラッツに引渡し生計を立てた。グラッツとの関係は前回のロワとの件でこじれてしまったが、一人になった今でもハンターの仕事は続けるつもりだ。 「お前、ギルドに何の用だ」 「賞金首の情報が知りたい」 白地に虹の模様が描かれた旗を掲げている建物はギルドと呼ばれており、ハンターの情報交換場所として解放されている。大きめの街には大体あり、規模は違うが賞金首の引き受けや情報の提供、武器や防具の売買など様々な事をやっている。グラッツという情報源を失った今、俺が唯一頼れるのはここだけという事だ。ギルドの前で見張りをしていた男は、俺の体をじろじろと見ながら品定めしてくる。 「へえ、あんたが賞金首ハンターねえ」 「ああ。モンスター・人外を専門にしている」 「武器は?」 「ナイフだけだ」 必要ないと思い長剣は宿に置いてきた。 「ナイフだけ?」 見張りは俺の答えに神妙な顔つきになる。それもそうだ。人間相手ならまだしもモンスター相手にナイフだけというのはなんとも心もとない。こいつほんとにハンターか?と怪しんでいるのがありありと顔にでていた。確かに俺は身なりだけ見ればどこにでもいるおっさんと変わらない。そう思われるのも仕方ないだろう。 「何なら腕相撲でもしてみせようか?それとも、この鍛え抜かれた三段腹をみてみ」 「いい、いい。どうせ無駄だ。ほら、入りな。」 相手にするのも面倒と思われたらしい。ともかく入場は許可されたようで安心した。 ――ざわざわ 中は人でごった返していた。人を掻き分けながらギルド内を確認する。 「さて・・・・掲示板は、と」 部屋の左側に、更に人が密集している区域があった。皆が壁の方を見ている。どうやらその先に掲示板があるようだ。 「はー、あの中を進むのは骨が折れるな」 早くもやる気をなくした俺は壁沿いに置かれた4人用テーブルに腰掛けた。もちろん誰も座っていない。 「いらっしゃーい旦那!喉は渇いてないかい??」 ギルドスタッフが声をかけてくる。俺は適当に酒を頼んで、ギルドの中に視線を戻した。“歩く巨人”の目撃情報が増えてきたせいか、それなりの装備のハンターが目立つ。今回の相手は巨人といわれるだけあって皆重装備で固めてきているようだ。 「やあアンタ、見たことない顔だな」 20代後半と思われる男が俺の前に座ってくる。武装はしておらずすぐに情報屋だとわかった。 「だが体を見たところ駆け出しのハンターにも見えない。そうだな・・・どこかの情報屋の、専属、そうだ!専属ハンターだったんだ!どうだ、正解だろ??」 「さあ、どうだろうな」 「つれないねえ。っと、自己紹介がまだだったな。俺はファイブ、凄腕の情報屋だ」 「俺の経験上、自分の事を凄腕だって言っちまう奴は無能だぜ」 「うぐ、手厳しいな・・・」 俺の指摘に顔をしかめている。しかしすぐに気を取り直して顔を上げてくる。 「じゃあアンタにとっておきの情報を教えてやる!今日一日街を走り回って手に入れた情報だ!」 「ふーん、どんな?」 「今話題の“歩く巨人”についてだ!」 「ほー」 これは思ったよりもいいネタが入るかもしれない。心の中でほくそ笑みながらファイブをグラス越しに見つめた。 「サイズは10m以上。夜行性。移動する習性がありそのせいで月に一度は住処が変わる。そして今の住処は」 「西の森、だろ」 「なっなんで知ってんだ?!」 今日必死の思いで手に入れた情報なのに、と叫んでいる。 「凄腕の名が知れるな」 「ぐううっ」 奴は悔しそうに頭を抱えた。これでわかったが、ギルドや情報屋も俺が知っている以上のことは掴んでいないらしい。ならここにいても仕方ない。俺は酒代を置いて、腰を上げた。 「そこのお前!」 すると、突然背後から声をかけられた。何事かと振り返れば、昼間の英雄気取りのフンガスだった。室内だというのに剣を抜いている。磨きぬかれた刀身が店内の明かりに照らされキラリと光った。 「おいおい、フンガスくん。こんな場所で剣を抜くなよ。危ないだろ」 ハンター達はギルド内に限り武器の装備を許可されている。だが、剣を抜く事自体は列記としたマナー違反になる。 「俺と決闘しろ!」 「はあ?」 「昼間少し活躍したからっていい気になるなよ!!」 「あ?別になってないぞ?」 「とぼけるな!!」 ふと周りを見たが、他のハンター達は遠巻きに見ているだけで仲裁に入ってくる様子はない。面倒に巻き込まれぬよう皆避難していた。 (まあ確かにおっさんを助けてもメリットなんてねーもんな) 肩をほぐしつつ、この世の世知辛さにため息をついた。 「何よそ見してるんだ!俺は本気だぞ!剣を抜け!」 「いやだといったら?」 「無理やりにでも抜かせる!」 剣を構えながら踏み込んでくる。 「てやああ!!」 ブンッと空気を裂く音が耳元でした。避け切れなかった髪先がふわりと舞いながら床に落ちていく。 「おー危ない」 「今のはあえて外してやったんだからな!次は容赦しない!!」 勢いよく剣を振り下ろしてきた。確かにこれ以上避けるのは厳しそうだ。 「死ねええええ!!」 ――ブンッッ!! 「おい!とまれ!死ぬぞ!」 剣が俺の頭に振り下ろされる寸前、ファイブが焦ったように声をかけてきた。邪魔された事を不快に思ったのかフンガスは手を止めて怒鳴る。 「邪魔をするな!今俺は!」 「そうじゃないっ!アンタ!自分の首元を見ろよ!」 「え・・・?」 フンガスは言われるまま下を向き、驚愕する。自らの喉元に突きつけられたナイフの存在に、やっと気がついたらしい。 「は・・・?なんだよ、これ・・・」 「ファイブの言葉がなきゃ、お前の首は今頃床で寝てただろうよ、英雄気取りくん」 ナイフの刃先でとんとんと喉元にノックしてやる。 (まあファイブが止めるってわかってたからやったんだけども) ナイフを突きつけたままでいると、フンガスの顔色が見る見る真っ青になっていく。十分反省したと思われるタイミングでナイフを下ろしてやった。どうやら相当ショックを受けたようで流石のフンガスももう噛み付いてこなかった。 (これでやっと出れるな) 改めて出入り口に向かう。 「すげえ・・・」 「今の見えたか?」 「見えるわけないだろ!」 「魔法か?」 「化け物だ・・・」 ひそひそと複数の声が聞こえてきた。先ほどまでの、どこか馬鹿にしたような空気は消え、俺への畏怖一色に染まっている。皆の顔が強張っているのを見て苦笑してしまった。 (化け物、か) 誰もが黙って道を譲っていく。 (懐かしいねえ、この感じ) 居心地の悪くなったギルドを抜け出しため息をついた。 ――すうっ 外のひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込み、空を見上げる。 (・・・どこまでいってもこれか) 寒空の下一人でいると、まるで世界に一人きりになったような錯覚に陥った。 ――どん ふと、背中に衝撃がきた。 「あ?」 振り返ると、黒い何かが視界に入る。 (黒い、髪?) このサラサラの黒髪は俺もよく知っている。 「ロワか?」 俺の腰に抱きついたまま動きを止めた青年は、名前を呼ばれた瞬間ぴくりと肩を震わした。そしておずおずと顔を上げる。真っ赤になった頬はリンゴのように赤かった。 「おい、お前・・・」 「おひゅはんはー」 「は?」 「おひゅはんはひひへるの?」 「あ?」 呂律が回っていない状態で喋り続けるロワ。どうやら相当酔ってるらしい。 「お前なあ、どこに行ったかと思えば・・・こんな状態になるまで飲んでたのか」 「おほっへる?」 「怒ってるわ!当たり前だろ!」 この街は比較的治安のいい街だったから無事だったものの・・・夜中にこんなベロベロになった状態で一人出歩くなんて、盗人や追いはぎ、運が悪ければ変態に目を付けられていたかもしれない。俺みたいなおっさんならまだしもロワはかなり顔が整っているのだ。しかも若い。狙われる可能性は大いにある。 「もっと危機感を持て!こんな初歩的な事、少し考えればわかるだろが!」 「あははーおひゅはんほわーい」 「真剣に聞け!俺は怒ってるんだぞ!」 「ほへんははーい、ははは」 俺がいくら怒っても、ロワはケラケラと楽しそうに笑っている。 「このっ」 (昼間からずっと心配してたってのに・・・っ) 俺だけ一人ロワの事を考えていたのかと思うとやけに恥ずかしくて・・・それと同時に腹が立った。 (ちくしょう) どうしてこんなにイライラするのかわからなかった。だが、目の前の、ふにゃふにゃに酔ったロワの顔を見ていると猛烈に苛めてやりたくなった。困らせて、泣かせたい。そんな欲望が腹の奥から溢れ出してきた。 「おひゅはーん、ほわいはお~」 「・・・悪いガキにはお仕置きが必要だよな」 「ふぇ?」 ぼそりと呟き、ロワの服を掴み引き寄せた。そのまま、無防備に開かれたロワの唇に噛み付く。 「んん~?!!ん、むうっ!?」 目を瞑り何度か唇を合わせて、最後は牙を立てるように噛み付いてやった。 「ひゃっ・・・んっ、うえ・・・!?」 「おら、わかったか?こうしておっさんに襲われるかもしれねえんだぞ」 「・・・あ・・・あ・・・」 「これで懲りたら、夜は大人しく宿にもどるんだ。宿の中でなら飲んでもいいから、わかったな?」 「うあ・・・あ・・・」 すっかり酔いが冷めたのか、ロワの顔からサーッと血の気が引いていく。 (流石にやりすぎたか?) おっさんにキスされたらそりゃショックを受けるだろうが・・・そこまで引かなくてもいいだろ。こっちまでショックを受けてしまう。 「おいロワ」 「う・・・」 顔面蒼白のロワは足元に視線を落とし、それから、ぽろぽろと涙を溢れさせた。 「?!」 流石の俺もまさか泣かれるなんて思っておらずわたわたと取り乱す。 「お、おい?!ロワ???」 「オズさんのばかああー!!!!」 「なっ!」 涙を流しながら走り去っていくロワ。 「待て!ロワ!!」 俺も急いで追いかけようとしたが ――べたんっ ロワが顔から転んだことにより、足が止まる。 「ロワ・・・?」 ぴくりとも動かない。 「え・・・?ロワ?死んだか・・・?」 そんな馬鹿な。俺がキスしたせいか?そんなにキスされたのが衝撃だったのか?俺のせいなのか???慌てて駆け寄り、抱き起こす。 「おいロワ!!目を覚ませ!俺が悪かっ」 「すぴーzzすぴーz」 「った・・・?」 ロワは寝ていた。遊び疲れた子供のように安らかに眠っている。 (ね、寝た・・・だと・・・?) 俺の腕の中で気持ち良さそうにすやすやと眠るロワ。先ほどまで泣いていたなんて嘘のように思えるほど安らかな笑顔を浮かべている。涎を垂らして眠りこける姿は少し間抜けだった。 「・・・勘弁してくれよ」 むかつくのに、同時に可愛いとも思ってしまう。 (こんなにされても放っておけないと思うなんて、俺もどうかしてるな) やれやれと肩をすくめた。 「さすが、この俺を手こずらせた死神様だよ・・・」 俺はなんてものを拾ってしまったんだろうと今更に後悔するのだった。 ――翌日―― 「あ、オズさんだ、おはよう」 爽やかな笑顔でロワが挨拶してくる。 「ロワ・・・起きてたのか、いつもながら早いな・・・」 寝ぼけた頭を起こしながらロワの方を見た。ロワの服は昨晩俺が着替えさせた寝巻きではなくちゃんと外着になっていた。手元にはいれたてのお茶があり、零れないようゆっくりと差し出される。 「どーぞ」 「すまん」 礼を言って受け取った。この街に来るまでの道中でも、ロワはこうして一足先に起きて暖かい飲み物を用意してくれた。 「僕何もできないからこれぐらいはね」 「いや十分だ・・・それよりも、お前、昨日の・・・」 「ああ、うん、昨日の事なんだけど」 緊張の面持ちでロワの言葉を待つ。 「実は・・・僕、まったく記憶がないんだ」 「?!」 ロワはえへへと困ったように笑っている。その顔に嘘をついている様子はなく、自分でも戸惑っているようだった。 「ひとしきり街を満喫した後ね、喉が渇いたから近くのお店に入ったんだけど、そこの店お酒しか置いてなくて。席に座ったのに何も頼まないのも悪いから一番安いお酒を頼んだんだ。そしたらすごい量で、飲んでるうちに記憶が・・・」 「なるほど・・・それであれか」 「うん、迷惑かけちゃったみたいでごめん。ここってオズさんの宿だよね」 「ああそうだ。にしても記憶がないなら、朝驚いたんじゃないか?俺が隣に寝てて」 この宿は俺一人のためにとったものだからもちろんベッドは一つしかない。床で寝るのもあれだしベッドもそれなりに大きかったから一緒に寝てしまったのだ。 「うん、飛び上がったよ」 くすくすと笑う。その様子はいつものロワでなんだか無性に安心した。 「ロワ、確認するが、昨日の事は本当に何も覚えてないんだな?」 「うん。さっぱり」 (・・・なら、昨日キスした事は俺の胸にしまっておくか) 互いのためにもこれは蒸し返さず黙っておく方が賢明だろう。酔っ払い相手に悪ノリするなんて良くある事だが、ロワとの関係をわざわざ崩す必要はない。昨日の事は一生誰にも言わず俺だけの秘密にする。そう心に決め、うんうんと一人頷くのだった。 「そういえば昨日といえばオズさん、僕・・・変なことで拗ねてごめんね」 「?・・・ああ、橋の時のか」 「うん、僕すごく子供っぽかった。昨日一日考えて、僕が悪かったって反省したよ。でもね、僕・・・オズさんの仕事に口を出すつもりはなかったんだ・・・ただ、その、悔しくて」 わかってる。ロワは俺のために拗ねてたんだよな。 (確かに逃げてるようなものだもんな) 本当の自分を隠し、偽る事。皮肉だが、この年になって一番得意になったことだ。過去の痛みから学び臆病になった結果がこれ。 「・・・いや、俺の方こそ格好悪い所を見せて悪かった。過去に、素性を知られたくない時期があってな、その時の隠す癖が染み付いていたみたいだ・・・だが今後は気をつける」 「ほんと?」 ロワは嬉しそうに俺を見上げてくる。その真っ直ぐな視線に耐え切れず誤魔化すように奴の頭を撫で回した。くしゃくしゃになった髪を梳きながらロワは「なにすんのさー」と頬を膨らませている。可愛い。頬が緩みそうになるのを堪えて一つ咳払いをした。 「ともかく一度話をまとめるぞ」 「うん」 「お前を街に連れてきた時点で俺の護衛の任は解消された。そうだな?」 「・・・うん、そうだね」 しょぼくれた顔で頷くロワ。俺は更に続けた。 「そこで俺は提案する。街に無事たどり着けた祝いという事で・・・今から一緒に食事でもどうだ」 「!!」 「もちろん無理にとは言わない。料金は俺がもつが、気が向かなかったら断っ」 「行く!」 即答だった。潔い程の即答。 「行くに決まってる!」 「はは、そんなにタダ飯が食いたいのか?」 「いいから早く支度してってば!」 からかってやると、ロワは少し顔を赤くしながら腕を引っ張ってきた。 「早く!」 「わかったから引っ張るなって」 ベッドから腰を上げる。するとロワが目を見開いた。 「ねえ、今更だけどなんで服着てないの?旅のときはちゃんと服着て寝てたよね」 裸で寝ているのが相当気になったらしい。やけに凝視してくる。俺は裸を隠す事なく堂々とシーツから出た。 「習慣だな、ベッドの中じゃ邪魔だろ」 「邪魔?」 「脱ぐ時とか脱がす時とか・・・ってお前にはまだ早いな」 「僕の事馬鹿にしてるでしょ!それぐらい知ってるよ!おかげで朝心臓止まるかと思ったんだから!」 「はは、俺に襲われたと思ったか?」 「オズさんのばか!」 顔を真っ赤にして怒ってくる。素直に反応してくれるロワはからかいがあって楽しい。俺はひとしきり笑った後身支度を始めるのだった。 少し街を歩いて考えた後、昨日入って美味しかった店につれていく事にした。 「ここのグラタンがうまかった」 「えーどれ?あ、ほんとだおいしそう!」 ロワは終始ご機嫌で、メニューにかかれた手書きの絵を見ながらにこにこと笑顔を浮かべている。 「わーどれにしようかなーグラタンとあいそうなのは~~」 「酒もうまかったが、お前はしばらく酒禁止だぞ」 「む、言われなくてもこんな昼間から飲まないよ」 「俺は飲む」 「ずるい!」 「はは」 冗談だ、と笑って店員に食事を頼んだ。二人で食事がくるまで会話を楽しむ。旅の間もこうしてよく会話をしたが、その時はモンスターに襲われる可能性があり、常に緊張していた。だが今は違う。お互い気楽に話を楽しむことができる。それが何とも言えぬ幸せだった。 「で、俺は言ったわけだ。じゃあ、その剣と盾でぶつけあったらどっちが折れるんだってな」 「あはは、それは商人さんも困っただろうね」 「顔真っ青にして逃げてったよ。相当慌ててたのか商品を置いて逃げる始末だった」 「ふふ、それは可哀想に、大赤字だね」 「ま、俺を騙そうとしたのが運の尽きだったな」 「あははっ・・・ん?じゃあこの剣は、その時の戦利品?」 テーブルの横に立てかけられた長剣を見ながら聞いてくる。 「いいや、これは前の仕事でもらいうけた俺の相棒で、十年以上の付き合いになる」 「前の仕事って、ハンターじゃない頃の?」 「そうそう」 そこまで話したところで食事が来た。一気にロワの感心が皿に向けられる。 「うわー!おいしそう!」 「おい、涎でてんぞ」 「早く食べよう!あれ、そのナイフ、刃が三本に分かれてる?」 「これはフォークっつーんだよ。ほんとに森育ちだったんだなお前」 フォークを手渡してやりながら笑った。念のため使い方も教えてやるとロワは面白くなさそうな顔になった。森育ちを指摘するといつもこうだ。 「馬鹿にしてる?」 「してないって。旅の途中何度もお前の野草学に救われたからな」 「ほんと?」 「ああ」 「じゃ、・・・いっか」 機嫌を直したロワは皿にかぶりつく勢いで平らげていく。俺も自分の分に手を伸ばした。しばらくして、食事を終えた俺達は軽く今日の予定を話し合う事にした。 「僕、特にやる事ないんだよね。だからオズさんについていってもいい?」 「俺は別に構わねーけど・・・お前、俺と会う前からも旅してたよな。ならその目的とやらはいいのか」 俺は“歩く巨人”のために来たが、ロワは何が目的でこの街に訪れたのだろう。 「うん。旅の目的というか・・・探している人がいるんだ。昨日探してみたけどどうもいなさそうで・・・」 「ふーん?誰を探してるんだ」 「母さん」 「!」 思いのほか重い話がきそうだと身構えたが、ロワは軽く笑って否定した。 「違うよ、僕のじゃない。僕の母さんはずっと前に死んでいるから」 「じゃあ」 「ルピのお母さんの事だよ」 ルピはロワの連れているペットで白い体に羽根が生えている謎の生物だ。一応人は襲わないらしいが俺は目が合うたびによく噛みつかれる。(今はロワの胸元でフォークをつついて遊んでいる。) 「この子、僕が住んでた森に一人ぼっちで置いていかれてて。きっと親とはぐれちゃったんだと思う。僕と遊んでる時は楽しそうなんだけど、夜になるといっつも泣いちゃうんだ。それがあまりにも可哀想で見ていられなくて」 「ほほーそれで旅に・・・なかなか思い切りが良いな、お前」 「まあ、住んでた森に執着があったわけでもないから」 ルピと指でじゃれあいながら微笑む。 「それにルピは大事な友達だし、できるだけ力になってあげたいんだ」 「心意気は大したもんだが、よくもそれだけ世間知らずで旅に出ようと思ったな」 「僕そんなに抜けてる?」 「抜けてる、危なっかしくて見てらんねえよ」 「これでもオズさんと会うまではルピと二人で旅してたんだよ」 「奇跡に近いな」 俺の言葉にロワはぷくーっと頬を膨らませた。最近よくこの顔を見る気がする。 (という事は俺はいつもロワを怒らしてるってことか) ついついロワの反応が面白くてからかってしまうのだが少し自重した方がいいなと反省した。 「まあそれならいいか。お前の目的が昨日のうちに終わってるのなら好きにすりゃいい。俺は俺の仕事を進めさせてもらう」 「ハンターの仕事だね?てことはターゲットは僕じゃなくなったんだ」 「なんでそこで残念な顔になるんだよ。もう俺は“歌う死神”を追わない。そう言っただろ」 「そーだけどさー・・・」 「とにかく情報を集めるぞ。んで午後は罠を仕掛けに行く」 「罠?なんか楽しそうだね」 「言っとくが、森には連れて行かないからな」 「えええーー!」 「危なっかしい奴は置いていく、足手まといだ」 「あ、足手まとい・・・」 シュンと肩を落とすロワ。 「大人しくしててもだめ・・・?」 首を傾げて上目遣いで見つめてくる。俺がこの角度に弱い事をすでに知っているようだ。策士め。 「・・・それ、俺の答えがわかってて言ってるだろ」 「ふふ、邪魔にならないようにするね」 「はあ」 俺はただ、ため息をつく事しかできなかった。 それから先は割と順調に事が進んだ。街の人間に聞き込みをし、西の森についての情報を揃える。“歩く巨人”についての情報はほぼゼロだったがこちらに対しては元々期待していなかった。巨人についてはある程度目処がついている。 「巨人っていうからには大きいんだよね」 「そりゃな」 午後になり森に移動した俺達は罠の設置に勤しんでいた。これで三つ目の罠になる。 「大きいにしても、こんな大きな網使う必要あるの?」 ロワは10m平方の網を見ながら呆れ顔をしていた。 「これでも小さいぐらいだ。俺が見た足跡はお前の身長の倍はあった」 「でかっ?!」 「それにむやみやたらに罠を置いてるわけじゃない。西の森は川が多い。だから移動する時のルートが自ずと決まってくるんだ。体のでかい巨人が通るとしたら、ここを除けば今まで設置したあとの二つの道しか残ってない。巨人は住処を定期的に変える習性があって近いうちに必ず森を出ようとする。そん時にこの罠が発動するってわけだ」 「へー。そう思うとなんだかすごい罠に思えてきたかも」 「すごい罠なんだよ」 俺が仕掛けてるんだからな。そういうとロワが笑った。 「あはは、オズさんが意外に頭脳派でびっくりした」 「人間が化け物に勝てるとしたら知恵ぐらいだからな。ってなんだよ意外って!」 俺をそこらの脳筋野郎と一緒にするなよ! 「ふふ、冗談だよ、でもそっか・・・この罠があれば数日もせずに巨人が倒せちゃうね」 寂しげに呟いた。今までの楽しそうな雰囲気は消え、暗い顔をしている。 「ロワ?」 「僕・・・、オズさんと、まだ・・・」 ロワは何かを言いかけたが、そこで言葉を切ってしまった。俯いたまま動かなくなる。 「おいロワ、どうした」 聞き返そうとロワに駆け寄った、その瞬間だった。 ――ザッバアアアア!!! 土砂降りの雨が俺達を襲った。 「どわあっ!」 「うわあ??!」 一瞬でパンツの中にまで水が染みこむ。 「っち・・・あと少しで設置が終わったってのにタイミング悪いな」 「わっ、わっオズさんん~雨で前が~~!」 「ロワ!一旦あそこに避難する!来い!」 30mほど離れた所にある洞穴を指差した。だがロワは大雨に打たれ、前がよく見えないようだった。俺は焦れたように手を伸ばした。 ――ぐっ ロワの手首を掴み、引っ張る。 「えっ?!」 「ほら、こっちだ!」 「うっうん・・!」 ロワが転ばぬよう細心の注意を払いながら進んだ。 ――どくん、どくん 掴んだ手首からロワの鼓動が伝わってくる。人に触れているとこれほど強く感じたのは久しぶりだった。そういえば最近女すら抱いていない。欲求がないわけじゃないが、ロワといるといい感じに気が紛れてしまうのだ。 (にしても細っこい腕だな・・・) 洞穴までの30m。俺はやけに長く感じるのだった。 「止まないね」 雨宿りをし始めてから数時間。そろそろ夕方になる時間だというのに、雨は一向に止む気配がなかった。このままでは街に帰れず洞穴で朝を迎えることになる。 「参ったな」 「へっくし・・・こうなったら雨の中でも仕方ないよ、歩いて街に戻ろう」 「そうしたいのは山々だが、雨雲に覆われて暗くなった森は夜と同じでモンスターが増える。しかも今この森には“歩く巨人”がいるからな・・・せめて雨が止まない限り移動するのは止めておいた方がいいだろう」 「そっか、それもそうだね・・・でも、じゃあ、ふぇ、ふぇっ・・・へっくしい!」 「おい大丈夫か?」 くしゃみをするロワの顔がほんのりと赤い事に気付いた。 「まさか熱が」 「違うよ、寒いぐらいだし」 「馬鹿!寒いのは熱をだしてる証拠だろ!・・・やっぱり熱いな」 抱きしめてわかったがロワの体は驚くほど熱かった。洞穴の中を確認したが毛布の代わりになるような物もなく、ここにいる限りロワにしてやれる事はないと悟るだけだった。 「くそっ・・・待ってろ!今街に」 「行かないでっ」 ぎゅっと服の裾をつかまれる。 「・・・おいてかないで・・・オズさん・・・」 熱で意識が朦朧としているのか、目を潤ませながら縋りついて来る。行かないでと。 「落ち着けロワ。置いていくんじゃない、一旦離れるだけだ」 「うそつき・・・巨人を倒したら・・・もうお別れなんでしょ?そんなの嫌だよ・・・」 「・・・!」 巨人を倒したら。全く別の話だが、その後のことは確かに何も考えていなかった。巨人を倒せば俺がこの街にいる理由はなくなる。俺は次の賞金首を探しに旅に出て、ロワはルピの母親を探すために旅を再開して・・・自ずと別々の道に進むことになる。 (そうか、巨人を倒せば・・・ロワといられなくなるのか) 俺達を結ぶ理由がなくなる。 (だからさっきロワは暗い顔をしたのか) ロワと別れる。そう思うと胸にずっしりと重いものがのしかかってくるようだった。旅での別れなどすっかり慣れたものだと思っていたが案外自分も絆されているようだ。 「ぼく、ぼくは、オズさんと・・・いっしょが、い・・・」 その言葉を最後にロワは気を失った。 「ロワっ・・・」 俺はしばらく放心していたが、すぐに正気を取り戻した。 「呆けてる場合じゃねえな」 ロワを助けるためにも一刻も早く街に戻らなくてはいけない。薬と毛布と、必要なら医者も呼んでくる必要がある。俺は急いで立ち上がろうとした。だが。 ――ぐっ ロワの手が俺の腕を掴んで離そうとしない。何度か指を離させようとしたが、これ以上力を入れたら折ってしまいそうで怖かった。 「・・・仕方ねえ」 自分の上着を脱ぎロワの頭にかぶせてやる。それからおんぶするように背負いあげた。 「・・・ロワ、濡れると思うが、少しの辛抱だ。いいな」 「ハア・・・ハア・・・」 「よし、いい子だ」 ちゃんと息をしている。それを確認した俺は洞穴の外へ飛び出した。

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