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第37話

「ユキ、準備できたか?」 翌日、朝早くから張り切っていたユキは、鳥居が買ってきてくれた服を着てルンルン気分らしい。俺が声をかけたら急いで玄関まで走ってきて新しい靴をせっせと履いている。 「靴、僕の、靴…」 「よかったな」 ユキの頭を撫でて、そのまま手を差し出す。俺の手を掴んで立ち上がったユキと一緒に家を出て、地下駐車場までエレベーターで降りた。その間も靴が気になるのかトントンと爪先部分を地面に当てて音を鳴らしてみたり、じっと靴を眺めていたり。 「ユキ、下ばっか向いてると転ぶぞ」 「僕、転ばない。命とお手手繋いでるもん」 「あのなぁ…」 そんなに靴が嬉しいか。どれだけ不便で俺の思う普通からかけ離れた生活を送っていたのか、想像はあまりつかねえし、ついて欲しくも無いけれど、こういう時、すごくユキが可哀想に見えてしまうから嫌だ。 「じゃあ手、絶対離すなよ」 「うん」 ユキは頬を緩めて、それとは反対に俺の手を掴む小さな手の力を少しだけ強くした。 車に乗り、運転をしている間もユキは自分の履いている靴を見て嬉しそうにする。 けれどそれは、大きなショッピングセンターについた途端、ピタリと止まった。 初めて見る大きな買い物をする場所にユキは目を輝かせている。たくさんの服や靴、雑貨の並ぶ店達に興奮しているのか鼻息荒く「すごぉい!」と、ユキにしては大きな声で言った。 「お、お洋服も、靴も、いっぱいあるの…!」 「欲しいあるなら遠慮せずに言えよ」 そうユキに伝えると「あっ!」と短く声を出し、俺の手をクイクイっと引っ張る。 「ん?欲しい物あった?」 「あのね、お家、足冷たくなるの…だから、モコモコのね、靴下、ほしい」 「モコモコ靴下?あの、寝るときに着てる服みたいなやつ?」 「うん、だめ…?」 いや、全くだめでないけど。 そうか、成程。家はフローリングで、けれどユキの足のサイズに合うスリッパは無くて、ずっと足が冷たかったんだな。すごく悪いことした。 「じゃあ、ユキのそれ、買うか」 「やったぁ…!」 ぴょんぴょん跳ね出したユキはそのままキョロキョロ辺りを見渡す。 「店探してるのか?」 「うん!お店、どこ…?」 「うーん…多分こっち」 「こっちー!」 走りたいのか、俺の手を思いきり引っ張るけど、ここは人が多いし走ると危ない。 「ゆっくり歩けって」 「はい…」 一瞬、シュン…としたけどやっぱり靴下が嬉しいのかすぐにそれも直って、楽しそうに歩き出した。 *** 「ユキ、これは?」 「僕、黄色がいいの、それとお空色も、欲しい…」 「お空色?それって…これ?」 「お空色だあ!」 雑貨屋に入ればモコモコした靴下がたくさんあった。けれどそれは何種類もあって、色に悩んで結局黄色とユキの言うお空色のモコモコ靴下を一つずつ買って会計を済ます。 「これはお空色じゃなくて水色っていうんだ」 「水色…?お水さんは色、無いよ…?」 「そうなんだけどな…」 「だから、お空色なの」 俺達大人は、当たり前だと思っているから何も疑問には思わないけれど、子供は何も知らない状態だから、たくさんの事を考えて、大人には無い考えを持つ。 確かに水色って何でこの色のことを指すんだろう?とユキに言われて改めて不思議に思う。 「足、ポカポカ、なるの」 「よかったな」 「ふふっ」 そんな事はさておき、ユキは靴下を自分で持つってうるさいから、靴下の入ってる袋をユキに渡して反対の手で俺の手を掴ませる。 こんなとこではぐれたら洒落になんねえし。 「他は?もう欲しい物無いか?」 「無い、です」 「そっか」 わざわざこんな大きいところに来たのには理由がある。ここには本屋やらCDやDVDを売っている店があって、いつも暇してるだろうユキに本と新しいDVDを買ってやろうと思ったから。 まずは本屋だなぁ、とユキの歩調に合わせてゆっくりと歩く。 「どこ、行くの?」 「本屋」 「本?命、本読むの?」 「ああ」 一生懸命歩くユキは靴下があまりに嬉しいようで、未だにニヤニヤと顔が笑ったままだった。

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