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第44話

大広間では親父の話があって、それから組員に見送られながら車に乗りこんだ。 親父と俺、早河の乗る車に、若と八田に赤石が乗る車。それと中尾と付き添いの組員が乗る車、計3台で会議が行われる大きなホテルまで向かった。 静かな車内。いつもなら完全に俺は寝てるけど、寝れる状況でもないし。 「命」 「はい」 親父の低い声が聞こえて振り返る。 「ガキの事について調べてんのか」 突然ユキの話が始まって驚いた。 少し遅れて返事を返す。 「…調べてないです」 「お前が拾ったんだ。ちゃんと責任持て。可哀想と思うなら直接話聞くんじゃなくて、お前なら調べようと思えばいくらでも方法はあるだろ。」 「そう、ですね…」 「怖いのか」 そう聞かれて肩が揺れた。その通りだ、俺が普通の環境で育っていたらこんな風に人より歪んだ性格をしていないだろうし、ユキを拾ったりなんてしないと思う、きっと。 あいつが虐待を受けていたのはわかっている。殴られたりではなくて、食事を与えてもらえなかった事や、風呂に大きな恐怖を持っている事も、もしかしたら風呂で何かをされたからかもしれない。それは確かでは無いが小さい子供に食事を与えないという事は立派な虐待だ。 俺は所謂、身体的虐待を受けていたから、またユキとは違うだろうけど、どこかユキと似ている点があって、だから俺みたいなのと一緒にいれば今は素直で純粋なユキも歪んでしまうんじゃないかって思って怖い。 「…どうしたらいいんですかね」 「お前は自分を低く評価しすぎなんだよ。俺はそのガキがお前に似ても良いと思うがな」 「ダメですよ。あいつは純粋だから…人を傷つける事しかできない俺に似ちゃいけない」 仕事柄どうしても人を傷つけてしまう。そう言ってしまえば組の全員がそうだけど。 そんな汚い俺と長い間一緒にいれば純粋なユキもだんだん汚くなってしまう。純粋だからこそ傷つけることが正しいのだと思ってしまうかもしれない。 そう声にして言ってみると、そんなことはないと親父に言われる。けれどもしそうなってしまったら……? ユキのことが頭に残ったまま、ボーッとしていた。 俺が虐待をされるようになったのはまだ5才にもなっていないときだったと思う。父親が毎日躾だと言って必要以上に殴ってきた。 母親はそんな父親を止めることをしない。俺を見て笑っているだけだった。 初めは勿論痛かったし抵抗した、やめてほしかったんだと思う。けれどそれが何年も何年も続くと"仕方がない、何をされても文句が言えない、とりあえず謝れ"に変わっていった。 痛みも初めの頃に比べると慣れたのか泣く程のものでもなくなる。学校になんてなかなか通わせてもらえない、身体中に痣があるからバレたら面倒だ、と言われた。 だけどそうして行くうちに俺の中に変化が起きたのだ。ある日のこと、また殴られそうになり、その時俺は初めて本気の抵抗をした。キッチンにある包丁を取り出して父親にその刃先を向けてみたのだ。そしたら父親は固まり、「それを下ろせ、俺が悪かった」と俺に言った。 けれどそれだけで虐待が終わるわけがない。毎回殴られそうになると刃物を握った。時には父親の手にそれを滑らせ怪我を負わせた。 すると段々俺は頭がおかしい子だと父親に思われたようで病院に連れて行かれてしまう。 病院に行く頃にはしばらく刃物で自分を守っていたから俺の体には怪我がなかった。だから医者側も俺の精神がおかしいんだと入院を進めて俺を白い部屋に一人にする。 それから親父が現れて俺を助けてくれるまで、一人だった。寂しかった。 ────と、昔の事を思い出しているともうホテルに着いたらしい。早河に肩を叩かれるまで気付かなかった。 「今は何も思い出すな、仕事に集中しろ」 「…悪い」 心なしか鼓動がドクドクと速くなっていく。大丈夫、何も思い出すな。 「行くか。」 親父の言葉に俺は車から降りて後部座席のドアを開けた。

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