64 / 240
第64話
午後から八田の運転する車に乗り、裏───つまり陽の当たらない場所でいつも暗がりな、いかにも怪しい場所に向かっていた。
「ユキくんだっけ?」
「あ…?そうだけど」
「あの子可愛いな。赤石が"会いに行くんだ、今度は俺だけだからね"ってずっと言ってる」
「うるさくしなかったらお前だって来てもいいけど」
そういえば八田は「静かには出来るけど、余計なこと言っちまいそうだな」とゲラゲラ笑う。
「でもお前、昔は本当無口だったじゃねえか」
「昔と一緒の人間はなかなかいねえだろ。誰だって少しくらい成長してる」
「……そうだけど」
八田は昔さっきみたいに豪快に笑うやつなんかじゃなかった。笑ったとしてもクスクスと誰かの影に隠れて静かに笑うその程度。初めて会ったときは大人しい印象だったのに今じゃ暴力を振るい、人をも殺す時があるのだ。それを成長と言うのかはわからないが、確かにあの頃よりは楽しそうに生きている。
「まあお前が楽しいなら何でもいいや」
「おう、俺もお前が今幸せそうにしてていいと思う。ユキくんのおかげか?」
「ユキといるのは幸せだよ」
だってあいつは俺のすること全部に笑顔で返してくれる。優しいとか好きとか、暖かい言葉をくれる。
「…優しいやつといると、少し苦しくなるときもあるけどな」
八田はそう言って苦笑した。
うん、まあそうだな。それは俺も
心の中で静かに思う本音だったりする。
「───着いた」
八田に連れてこられた場所は思っていたよりも暗かった。車から降りて伸びをする俺を、2つの目がジロジロと見てくる。
「猫だ」
「嘘、どこだよ」
「あそこ」
猫に指を指す。八田は俺の指の先から猫を探し当て、その姿を目にした途端にふにゃりと表情を変えた。
「猫可愛いな」
「お前、猫好きだよな、本当」
「ああ」
けれど今は仕事中、猫に構ってはやれないから八田は少しだけ寂しそうだ。その背中をパンっと叩き「何か、調べることあるんだろ?」と小さな声で言う。
「そうそう。最近、怪しい奴らがいるからな」
「怪しい奴ら…?」
「ここら辺で薬が売り捌かれてる。それがうちの同盟傘下かもしれねえってな」
「…成程」
俺達浅羽組は薬に手を出すことを禁止している。
例えどれだけ金が稼げて、利益になろうとも、だ。
「大体の犯人はわかってる。けれど確証がない。俺達の街で、俺達が禁止している事をして稼いでるんだ。そりゃ容易に尻尾なんて出してくんねえよな」
「で?お前はそれを調べる係。それに付き合ってる俺ってことでいいのか」
「そういう事」
暗くて細い道を八田の後ろを歩いて進む。
どこに向かっているのかは大方見当はついていて、結局俺の予想した通りの場所に着き、声を掛けることもノックをすることもせず、目の前に現れたドアを開けて、寂れた建物の中に入った。
建物に入れば目の前には階段。迷わず下に降りていく八田についていけばまたドアが現れる。
今度はノックをして、名前を言ってからドアを開けた。
途端、今まで暗かった世界が明るくなって目を細める。
ここの、このやけに眩しい光は苦手で、八田がそこで俺を呼んでドアを開け、待っていてくれてるのに足を進めるのは遅くなる。
「眩しい」
「そりゃ、今まで暗かったからな」
「目が痛い」
「そうだな」
そうだな、って言う割に、眩しさに対しての何のリアクションも無い八田。
「あれ?黒沼君も来たんだ」
そして、八田とは違う、少し弾んだ、ここの住人の声が聞こえた。
ともだちにシェアしよう!