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第124話
付き合えと言われたがここは芦屋組ではないので勿論彼女がどこに何の部屋があるかなんて知らない。客間に彼女を通し机を挟んで真正面から茉美を見た。
「貴方、確か黒沼命って名前よね?」
「はぁ…」
「命って呼ばせてもらうわ、あたしのことは茉美さんでいいわよ」
いやもう既に心の中では呼び捨てでしたけど。と思いながらも笑顔で「ありがとうございます」と返事をした。
「あなた、芦屋に来る気は無い?」
「…芦屋に、ですか」
「そうよ、もしその気があるならあたしが何とでもしてあげるわ」
まさかこう来られるとは思わなかった。なんて答えればいいだろう。薬が本当かどうかを調べるならこれは絶好のチャンスだ、でも勝手行動は許されないし。
「…少し時間をいただけませんか」
「いいわよ、でも3日だけ。来る気があるならここに連絡してちょうだい。」
番号の書かれた紙が渡される。それを受け取って胸の裏ポケットに隠すようにいれた。
「それと」
「はい…?」
「貴方あたしと付き合う気は無い?勿論結婚を前提に」
「すみませんが…」
ここでもし正直に大切か人がいると言えばきっとそいつを探し出されて片付けられる。そう疑ってしまうのはヤクザをしていると仕方のないことなのか。例えば、もしそうなったら、ユキが危なくなるかもしれない。そう思うと不安で仕方ない。
「…恋愛というものに興味がありませんので。」
「……まあ、今はそれでいいわ」
"今は"?今もこれからもあんたに興味はねえよ、と多分今日一番の笑顔を茉美に向けた。
「命さんこんな短時間に何となく窶 れました?」
「…うるせえよ」
茉美と話すのは本当に30分にも満たない間だったけど、悩むこともあって何となく疲れた気がする。葉月がそんな俺に憎らしい笑顔を見せてくるのがただただうざったい。
「はぁ…」
「みっちゃーん!!」
「うあ"っ!?」
背中に突然飛び乗られてバランスを崩しかける。なんとか持ちこたえて俺の背中でケラケラ笑う赤石を振り落とした。
***
若と長女の美織の話はどうなったのだろうか。幹部室でソファーに寝転び、赤石にマッサージしてもらいながらそんなことを思っていた。
「すごい凝ってるね」
「んー…」
「眠たいの?寝ちゃだめだよ」
「ん」
まだ芦屋が組にいるのにこんなゆったり過ごしてていいわけがない。けど疲れたものは仕方がないと思う。
「みっちゃん、あの子に何言われたの?」
あの子とは茉美のことだろう。勝手に赤石に薬のために…なんて話をしてはいけない気がして付き合ってくれって言われただけだと言った。
「あいつと付き合うなら俺と付き合うよねー!」
「……」
「…あ、無視なんだ!」
ユキとシロは仲良くしてるだろうか、寂しがってないだろうか。
「あ、みっちゃんの携帯鳴ってるー!早河から電話だよ」
「出てくれ」
「了解!…はーい、もしもーし!赤石でっ……うるさいうるさい!!」
電話から漏れる早河の声、耳から携帯を離した赤石は俺の耳にそれを押し付けた。
「はい」
「テメェあの女に何言われたんだよ」
「は?」
「命はもう芦屋に来るとか何とか言って笑ってたぞ」
「…後で話す。」
それだけ言って通話を切った。
赤石は「何の話?」と俺の背中の上に寝転んでくる。
「重たい…」
「ねえねえ何の話?」
そういって俺の首筋に顔を埋めてくる。
「重たいって、離れろ」
「チェー」
俺から降りた赤石は対にあるソファーに腰かけていた。
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