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第139話
ユキを抱きしめて、早河に頼んでから一人家に戻った。ユキの荷物は全部早河の家に持っていったからもう無いはずだ。ちゃんと確認をするけれどもうとっくに遅い時間。確認を終えた後一人でベッドに潜ればこんなに広かったっけ?なんて思えてきて思わず笑う。
いつ、芦屋がここに来るかわからない、もしここに来たとしてあいつらは俺に何を望むのだろう。たかが他の組の幹部なのに。
そんなことを思っている間にいつの間にか眠っていた。
朝、突然襲った鈍痛に目を開いた。視界には俺が寝ていたはずのベッドがあって落ちたのか…と思った。
けれど起き上がり部屋を見ると強面の男が三人と茉美がいて思わず後ずさる。こんなにすぐだとは思ってなかった、しかも勝手に家に入ってくるとは…
「おはよう、命」
「……何しに来た」
「あら、そんなに怒らないで。」
俺より低い視線、くいっと顔をあげた茉美は俺の頬に触れる。
「どうやら他の女がいる…ってことはないようね。家の中調べさせてもらったけれど何もなかったわ。」
「チッ…」
「芦屋に来ないのは何故?ちゃんと説明して。あたしを納得させて?もしそれができないのなら無理矢理にでも連れていくわ。」
「…………」
黙っていると「特に無いようね」と言われ片手をあげた茉美、それは合図だったらしく強面の男の一人に両手を拘束されて抵抗しようとすれば首に手刀を落とされ意識は途絶えた。
***
「い"っ…」
目を開けて首を動かそうとすれば痛みが走った。首が動かせないから仕方なくその体勢のまま。視界にはいったのは見たことのない天上。そうだ芦屋に連れてこられたんだ。
それからなんとか体を動かそうとしてそれが不可能なことに気づいてすぐに諦めた。
甘い部屋、というか俺には甘すぎる部屋。ピンクやら赤やら、それに合う匂いやらがする。
そこで俺は不釣り合いにベッドヘッドにかけられた手錠で両手の自由を奪われていた。
仰向けに寝かされているベッドは誰のものだろうか。あいつしかいないよな、と腕に力を入れせめて拘束だけ外せないかとがんっと力強く腕を引いてみるけどガシャンという音が響くだけ。それを聞き付けたのか部屋のドアが開いて茉美が現れた。
そのまま俺の寝かされているベッドの縁に座った茉美。睨みつけるとクスッと笑って俺の頬に手が触れる。
「そんな顔をしないで。」
「拉致られてるんだ。睨むくらいしてもいいだろ」
「拉致られてるって何?つれてきてあげたのよ。」
ありがたいでしょと口元を歪めた茉美は俺の髪を撫でて耳元に口を寄せる。
「貴方は隠してたようだから言わなかったけど…あの家にはもう一人誰かいたんじゃない?」
「はぁ?」
「あたししかきっと気付いてないわ。貴方が言うことを聞くならその事は誰にも言わない、あたしも何も知らない。」
ぐっと押し黙る俺に「決まり」と言って赤い口紅を引いたそれを俺のそれとくっつける。甘い、甘すぎる。
拘束を解かれた俺、けれどまだこいつに拘束されていることは変わらない。目に見えないそれを千切ることは不可能な話だ。
「浅羽に連絡しなさい、芦屋に入るってね。」
「…はい」
「いい子ね」
電話を渡されて組に連絡をいれる。
「…誰だ」
きっと知らない番号だったから不審がって電話に出たやつが低いドスのきいた声を出す。
「黒沼命だよ。親父はいるか」
「ああ!命さんでしたか!いますよ、代わりますね!」
すぐに声音を変えて親父に受話器を渡してくれてるようだ、ガサガサ音がする。
目の前で茉美がにやにや笑ってる、何がそんなに楽しいのかはわからない。
「──俺だ」
「親父…俺、芦屋に行きます」
「…わかった。───白い雪は消えない。忘れるな、何があっても、だ。」
ピシッと背筋を伸ばした。親父は俺が本心でないことを知っている。だからこそ俺が見張られてるという可能性を考えて、そいつにわからないように言葉を変えてくれたのだろう。俺にはちゃんと意味が伝わってきて思わず泣きそうになる。
「…はい」
プツッと通話が切られて電話を茉美に返した。茉美は俺の髪をまた撫でてニヤリ歪んだ目で微笑む。
「貴方には、あたしから父様に頼んで幹部の席をあげたわ」
「ありがとうございます」
「そして、あたしの側近よ。」
体に腕が絡められる。ドクドク速く脈打つ心臓は苦しい。親父の言葉を思い出せば幾分かましになった。
「猫ちゃんもいたけど、一人にすると可哀想だからつれてきてあげたの」
「…俺はここに寝泊まりすることになるんですか」
「そうよ、だから猫ちゃんをつれてきたのよ。貴方の部屋にもういるわ。」
「ありがとうございます」
ユキと一緒にシロを預けてやればよかった。猫だからって思っていたところがあって、自分は最低なやつだと改めて知った。
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