142 / 240

第142話 命side

パソコンを睨むように見る俺の耳に「ニャー」と声が届く。「どうした?」って言いながら手を伸ばせばその手に頭を擦り付けたシロ。それに少し癒された気がした。 芦屋組の幹部からは嫌われ、芦屋のくそ親父には変な暴力を受ける。そんな日々が3日も経てば誰だって疲れると思う。それに加えて他の幹部がするはずの仕事まで俺に回されて溜息しか出てこない。 俺は幹部室とこの部屋と茉美の部屋を行き来するだけの生活になった。したいことを出来ない日々はこんなに辛いものなのか。 けれどやっと芦屋に入り込めたんだ。薬のことを早く調べないといけない。わかったことを何とかして親父に伝えてさっさとここを抜け出したい。芦屋を潰せばもう何も怖くなくなる。ユキのことを知るのは芦屋の中では茉美だけなのだからあいつを始末すれば終わる話。 「…それが難しんだよな……」 シロの隣に寝転んだ。 ブーブーと与えられた携帯が震えて確認すると茉美からの電話。 「はい」 「部屋にきて。」 それだけ言われて通話を切られイラッとした。でもどうにもできなくて舌打ちをしてからシロに「いってくるな」と伝え、頭を撫でて部屋を出た。 廊下では組員とすれ違う。そのたびに舌打ちされたり…ここでは新しいやつを迎えるときはこうして威嚇しているらしい。 まあ今回の俺の場合はそうするのが正解だけれど。芦屋の情報を盗もうとしているんだから。 茉美の部屋の前についてドアをノックした。「命なら入って。」と言われて中に入ると難しい顔をして三人がけのソファーに座ってる茉美がいた。 「どうかしましたか」 「貴方いじめられてるの?」 「…いじめられてる…?」 「さっき組員たちの話を聞いたの。"あいつ怖がって何もしてこない。"…そう言ってたからもしかしてと思って」 いじめられてる、という子供に対して言うような言葉を使う茉美に笑顔を向けて、そんなことはないと否定した。 「ならいいの…。違う話しましょう?こっちに座って」 茉美の隣をポンポン叩かれてそこに座った。途端俺の肩にコテッと頭を軽く乗せて腕に腕が絡められる。 「…命は…薬に興味あったりする…?」 ビクッと体が震えた。突然薬の話をするなんてどうしたのか。でもこれはいいチャンスだ。もしかしたら薬のことがわかるかもしれない。ここは話に乗った方がいい。 「…前々から少し。浅羽では禁止されてたので」 「ふふっ、可哀想に」 立ち上がった茉美は俺の真正面にきて顎に手を添えられ上を向かされる。 「じゃあ一緒に楽しくなりましょう?」 「……喜んで」 赤い唇が俺のそれとくっつく。 甘い匂い、甘すぎる匂い。 唇が離れ妖しく笑う茉美は、「ついてきて」と言って俺の手を引き部屋を出た。 着いたのは地下室。薄暗いそこにつれてこられた俺は、茉美の異変に気づいて腕を引いた。ぼやっとした目で俺を見上げた茉美はフフっと笑う。 「これ、全部薬よ。」 地下室に置いてあるいくつものダンボール。 つい、顔がひきつってしまった。 「…こんなに」 「一緒に楽しくなりましょうよ。気持ちよくなれるわ。」 白い粉を出して俺に渡してくる。そんな茉美が何故だか可哀想に見えた。 結局、茉美から薬を貰い、部屋に帰ってきた俺達。隣で早速楽しもうとした茉美の腕を掴む。 「命?」 「あんたは何で薬を…」 「あんたじゃないわ。茉美よ」 「茉美…何で薬を…?」 ふんわりと俺の腕に手をおき離させる。クスクスと何がおかしいのか赤い唇を三日月のように歪めた。 「あたしには嫌なことがたくさんある。忘れたい。これは気持ちよくしてくれるの。あたしを癒してくれる」 「だから…?」 「やめられないの。」 子供のようにケラケラ笑いくるっとその場で楽しそうに回った。 「……可哀想なやつ」 俺が呟いた言葉も茉美には届いていない。

ともだちにシェアしよう!