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第7話

自宅マンションのドアを開けたところで翠の動きが止まる。  慕恋路からタクシーに乗ってここへ辿り着くまでの間、宗助と目を合わすことなく終始俯いて黙ったままだ。  タクシーから一緒に降りて後ろからついて行く宗助に戸惑いを感じているのが手に取るように分かる。  開きかけのドアに片腕をついて、背後から囲い込むように翠を覗き込んだ。 「入らないんすか」  じっと何かを考え込むように暗い廊下に目を向けたまま、 「もう、ここで充分だろ。帰れって」  タクシーに乗る前から幾度目かになる「帰れ」の言葉。 「俺、上げてくれるまで帰りませんよ」  そう言う宗助を横目にちらっと見て、小さな溜息と共に渋々玄関の中に招いた。  パチパチと廊下の電気をつけながら、 「コーヒー一杯飲んだら、帰れよな」  ぶっきら棒に投げられる言葉を無言でやり過ごして、家に上がる翠の後に続いた。  ここで帰って、また電話もメールも無視されて逃げられてしまっては堪らない。  リビングダイニングへとつながるドアを開けてコーヒーを準備しにキッチンへ向かった翠を目の端に留めながら相変わらず殺風景な部屋を見まわして、宗助は思わず目を瞠った。 「これ……」  リビングに設置された本棚がもぬけの殻になっていることに驚く。  見間違いようがない程にきれいさっぱり何もない。 「ねえ、本は? 本どうしたんすか。なんでないの?」  コーヒーを準備する手を休める事無く、宗助に背を向けたまま短く答える。 「捨てた」 「捨てたって……どうして」  あれだけ毎日憑りつかれたように読んでいた本をなぜ。  飽きたと言ってはいたが、まさか捨てたとは思わなかった。  心の均衡を保つための、唯一の現実逃避する手段だったのではなかったのか。  訳を聞いてくれるなと言外に背を向けたまま忙しなくマグを準備する翠に眉を顰めた。  飽きたのではなく、読めなくなったか読みたくなくなったか。 「俺のせいっすか」  尋ねれば、一瞬だけ手を止めて、だが直ぐに仕事を再開すると、「……いや」と答える 「俺のせいっすよね」 「違うって」  思えば、タクシーに乗り込んだときからまともに宗助の顔を見ようとしない。  そのことに少々痺れをきらした宗助は、キッチンに向かおうとして不意に足を止めた。  ダイニングテーブルに無造作に置かれた幾つかの封筒が目にはいる。  なんだ、と思いながら手に取ってみて、またも宗助は目を瞠った。 「青年海外協力隊? ……社会福祉海外ボランティア……。なんすか、これ」  今読み上げた以外にも海外ボランティア派遣・孤児院・フィリピンや、NPO法人海外支援団体など海外のボランティアを募る募集要項が何通もある。  宗助は唖然とした。  慕恋路で声を掛けた時、どうもいつもと様子が違うとは思っていた。  何かを諦めたような、踏ん切りをつけたような、妙に冷静で落ち着いた様子が気になってはいたが、こういうことだったのかと腑に落ちる。  宗助が翠を追い詰めるようなことを言ってまだ一週間しか経っていないというのに、やることが早い。  本を捨てたのも、おそらく本を手にすると必然的に宗助を思い出してしまうからだろう。  海外のボランティアだなんて突飛な行動もおそらく宗助のことが引き金になっている。  封筒を持つ指に力がこもる。 「これ、まさか本気で?」 「本気じゃなかったらそんなもん取り寄せたりしないだろ」 「嘘でしょ」 「嘘じゃねーよ。もう何通か応募済だし」  あとはコーヒーが落ち切るのを待つだけで、宗助に背を向けたままシンクに両手をつきながら大した事ではないように淡々と応える翠に胸がもやもやした。  よくよく見れば、キッチンに並べられていたはずの調味料も見当たらない。  この臆病で寂しがり屋な男は、それほどまでに宗助を意識していたのかと思うと逸る気持ちを抑えられなくなる。  友人以上の気持ちがあるからこそ、この男は「消える」という名目で宗助から逃げようとしているのだ。  それも一目散に極端な方法で。  宗助はそっと翠の背後に忍び寄って、後ろからシンクと自分との間に翠を挟むようにして両手を付くと、ただそれだけのことで翠の体に緊張が走るのが痛い程伝わってきて宗助の心をざわつかせた。 「翠さん、それって、俺のことが大好きだって言っているようなもんすよ」  はっとして身を翻すと慌てて宗助を強く押しのけた。  苦しそうに顔を歪めて睨み付けながら、掌を翳して「寄るな」と宗助を遠ざける。 「ようやく、こっち向いてくれましたね」 「俺に触んな」 「どうして」 「どうしてって……お前、この間っから何なの。よく分んねぇ」 「分かんないすか。俺があんたをどんな風に好きか、もう一回言ったほうがいいなら何度でも言いますけど」  本当は一週間前なぜあんなことを言ってしまったのか、きちんと説明してから告白するつもりでいたのに、あまりにも翠が取り合ってくれず逃げるものだから随分と強引な告白になってしまった。 「寝言は寝て言えよ」  と、どこか吐き捨てるように片頬を吊り上げる。  今の翠は、何を言っても請け合う気などないのだと、一度は宗助に開きかけた心に急いでブロック塀を積み上げて即席の壁を作り上げてしまったようだ。  この壁を崩すか踏破しない限り、また翠に逃げられてしまう。  次逃したら、おそらく電話もメールも繋がらなくなる。とにかく思考が極端な男だ、それくらいのこと簡単にしてしまうだろう。  下手をすれば、この部屋から夜逃げ同然にどこかへ引っ越しだってしかねない。  いったんこうだと腹を決めてしまったら躊躇うことなく脇目もふらずに突き進むのだ。  頑固な男だということは知っていたが、それ以上に臆病だと再認識する。  全身の毛を逆立てて去勢を張る傷ついた猫のようで。  どうすればこの男は宗助の気持ちを信じてくれるのだろう。  警戒心をどうにか和らげることはできないかと、いったんテーブルまで下がると話題をボランティアについて戻してみた。 「ボランティアなんて、やったことあるんすか」 「学生の時に一応な」  シンクに寄り掛かりながら斜め下に視線を落として腕を組む。  タバコを取り上げてしまったから、いつもと違って手持ち無沙汰な様子がうかがえる。 「これって、どんなボランティアなんすか。医療系? それともインターンシップ?」 「福祉系だよ。孤児院とか高齢者の」 「福祉?」 「介護福祉士の資格持ってんだよ」 「そう、なんすか」  介護福祉士とは介護や福祉系の国家資格の一つで、日常生活が困難な高齢者や障害などを持った人たちの生活を手助けするもので、多くは老人ホームなどで働くのが一般的だ。  正直、意外だった。そんな人と密接に関わるような仕事はどちらかというと苦手なのだと思っていた。  そのうえ、かなり介護の仕事は重労働だと聞くが、細身の翠からは想像がつかない。  そんな宗助の考えを察したのか、落ち着きなく組んだ腕を指でトントンやりながら説明を加えてくる。 「ばあばの老後を考えて、俺が世話できればなって。大学卒業して介護老人福祉施設に勤めたんだけど」  って、お前分かる? と確認を入れる翠に「はい、なんとなくは」と答える。 「ばあばも結構な年だったからさ、のちのち生活が不自由になったら、ばあばをその施設に入れて俺が傍で働きながら面倒見れればって思ってた」  と、そこまで言うと、ふっと口端を軽く上げて皮肉っぽい笑みを浮かべる。 「ま、そうなる前に、ばあばは病院暮らしになっちゃってそれっきりだったけどな」  わびしさが伝わってくるような笑みだった。  実務経験を積みながら習得するよりも、試験を受けて取得するほうが難易度が高いと聞いたことがある。  祖母のために一生懸命に努力したのだろう。その健気な姿が目に浮かぶようで胸が締め付けられる。  その努力が報われることはなく、大切な人の死を見届けることもできず、葬儀でお別れさえさせてもらえなかったこの男は本当に可哀そうだと思った。  同情などではなく、その事実が悲しいと思う。  不規則な勤務時間の中で、毎日必死に病院を見舞った翠を思うと今すぐにでも翠を抱きしめて、そんな風に笑ってくれるなと言いたい。  自分を責めるようなそんな顔はするなと。  よくやったと、頑張ったと翠に労わりの言葉を投げかける者はいなかったのか。  そう思うと、行き場の無い怒りが込み上げてきた。 「だからさ、実務経験は少ないけど、知識だけはあるからボランティア行っても少しは役に立てんじゃないかなって」  そう言って体を起こすと、落ち切ったコーヒーをマグカップに注ぐ。  そうだとしても、海外のボランティアじゃなくてもよかったのではと思う。 「とは言っても、言葉の壁とか心配じゃないんすか」  持ってきてくれたコーヒーを受け取りながら訊くと、 「一応、英語の教員免許も持ってるから、まったく話せないわけじゃないし」  とコーヒーを口に含みながらダイニングテーブルの椅子に腰を下ろす。  宗助もそれに習った。 「英語の教免まで」  感心する。あまり熱心に大学生活を送ってこなかった宗助に比べて、翠は健全で真面目な大学生活を送ってきたのだろう。友人たちと遊ぶことよりも、大学に行かせてくれた祖母に感謝して、その恩に応えようと一生懸命に勉学に励んだのだ。  ゲームセンターもろくに行ったことが無いほどに。  この仏頂面の翠が生徒の前で教鞭をとっているところなんかも想像できなかったが、面倒見の良い翠ならきっと良い教師になったに違いない。  ――そうだ、と思う。  いろんな可能性が翠にもあったはずなのに、今だってその可能性は無限にあるはずなのに、この男は心に負った傷と、たった一度道を踏み外してしまった自分自身を許せずに己の幸せを追い求めることを諦めてしまっている。  もっと貪欲になってほしいと思う。  人のためばかりに努力するのではなく、自分自身の幸せのために努力することはできなのか。  幸せだと、心からそう感じたことがこの男には一度でもあるのだろうか。  傍にいて、目の前の男に生きることの楽しさを教えてあげられたらいいのに。 「好きですよ、翠さん」  そっと告げれば、翠の頼りない肩がビクリと震える。  視線をカップの中に落としたまま、押し黙る翠の顔を覗き込んで、「好きです」ともう一度告げた。 「お前さ、風俗にでも行って一遍頭冷やして来いよ」 「本気だってこと、どうしたら分かってもらえるんすか」 「どうやったって無理だろ。ノンケの惚れた腫れたなんてもんほど信用できないものはねぇんだよ」 「俺のこと嫌いですか」  そう訊けば、なんだかんだと強がって平静を装っていた男も動揺の色を浮かべて黙り込んでしまうのだ。  苦しそうに目を細める翠を見て、分かりやすいと思う。  この男が自分を今でも好いているというのが伝わってきてどうにも歯がゆかった。 「俺のこと好きだから、本だって調味料だって捨てちゃったんすよね。どうでもいい人だったり、ただの友達相手だったりしたら、ここまでやんないすよ」  宗助のことが好きだから、宗助の言葉を誤解して、胸が張り裂けんばかりに思いつめた翠はどうにかこうにか自分自身を保つためにここまで過剰な行動をとったに違いない。  そんなところも分かりやすくて本当に愛おしい。  勘違いなのだと、あの時言った言葉は翠を蔑むものではなかったのだと、分かってもらうためにはどうしたらいいのか。  宗助はテーブルに置かれた翠の手をそっと握った。  「はっ」と驚いて手をとっさに引っ込めようとするそれを、逃すまいと強く握り込んだ。 「なっなに……」  すまし顔を決め込んでいた翠の顔色がさっとおののく。 「逃がさないすよ。海外なんて絶対に行かせないすから」  有無を言わせないように言葉尻を少し強めに言う。  困惑するような、今にも泣き出しそうな顔を覗かせて、手を放してくれと縋るような眼差しを宗助に向けてくる。  「だって……」と震える唇で訴えるように言葉を紡いだ。 「お前、分かってんの?」  怖いと思いながらも勇気を振り絞って揺れる奥二重の綺麗な目を、真正面から受け止める。  分かってんの? 向けられた言葉は、おそらく男相手だというのを承知のうえで言っているのかと確認を含んだものだろう。  自分と同じものが付いている相手をお前は愛せるのかと。  今更、そんなこととっくに納得済だった。 「不安ですか」 「不安に決まってるだろ。途中でやっぱ駄目でしたって言われたらまた……」  また、と苦し気に唇を噛む。  また、なんなのだろう。そう考えて、不意に、やっぱりそうなのかと思い当たる。 「自暴自棄になって、また酒に手を出しちゃいそうで本当は怖いんすね」  うん、とも、いいえとも言わない。  誰かと真剣に付き合って、また独りになるようなことがあれば「消える」、と言った翠の言葉は、本当はアルコールにまた手を出してしまう弱い自分を恐れて、自分自身を抑制させるための呪文みたいなものだったのだ。  もう恋人なんていらないと言ったのは、捨てられた時に同じことを繰り返して祖母を再び悲しませるようなことをしてしまうかもしれないと言う怖れからだったのだろう。  だからこそ、この男相手に生半可な気持ちで告白などしてはいけないのだ。  真剣に誠心誠意をもって伝えなければいけない。 「途中で無理だなんて言いません。思ったりもしない。そんな中途半端な気持ちで俺、翠さんを好きって言ってるつもりないですよ」 「口でいうのは簡単だろ。だいたいお前……男なんて抱けんの」  好きだ好きだと言われて、その後やっぱり女が良いですと捨てられたら自分はきっと立ち直れない。そう言外に言っているようで、同時に立ち直れない程に宗助を好いているのだと聞こえて胸が熱くなる。 「抱いたことはないすけど、俺、翠さんなら抱けます」 「簡単に言うなっ」 「なら、あんたを抱けたら信じてもらえますか」  ぐいっと握り締めた手を引き寄せる。  はっとして抗う翠を強引に制しながら、落としてはとマグカップを手許からやんわり取り上げる。 「翠さん。黙って俺に抱かせてください」  ストレートに言わないと取り逃がしてしまいそうで、そんな傲慢な言い方になってしまう。  翠の眉が悲痛に歪んだ。 「だって……お前、俺のこと汚れてるって言ったじゃん。なのに何? 今度は好きですって意味分かんねぇよ」 「汚されたって言ったんです。汚されたと汚れてるは俺のなかで天と地ほどに違うんですけど、勘違いさせたんなら謝ります」 「でもっ、あん時のお前、凄い冷たい目してた」  その時のことを思い出したのか、翠の双眸が怒哀に揺れる。  ああ、そうかと気づく。  言われた言葉以上に、宗助の態度が翠を傷つけていたのだと。  余裕のなかった自分を殴りたい気分だ。 「あれは、翠さんを抱いた昔の男に嫉妬したんすよ」 「…………」 「あんたのこの唇をどれだけの男が啄んだのかって想像したら無性にイライラした」  この顔もこの細くてエロい指も体も全部。宗助は握っていた手を放して、今度は翠の指を強く絡め取った。 「俺の知らない翠さんを他の男が知っていると思ったら無性に腹がたって、あんな酷いこと言ってしまいました。俺は、嫉妬したんです」 「……なんで」 「あんたが、あんまりにも無防備だから」  例の動画を見て触発されたのだとは、こんな表情の翠を見ては言えなかった。  傷つけて動揺させるだけで、その動画を見たから嫉妬に駆られてあのような暴言を吐いたなど、なんの救いの説明にもならない。  大事にしたいと心から思う。 「同情や冗談で、俺、男は抱けませんよ。一時の迷いでなんてものでも抱けないす」 「そうは言ってもノンケ相手だとリスキー過ぎんだよ。将来のこと考えてやっぱり女がって絶対になる。周りの目とか気になって疲れて飽きて、やっぱり女がいいやって思いなおす日が絶対にくる。怖くて、怖くて怖くて……信用なんてできないっ」  素直な気持ちを翠は今ぶちまけている。  言わんとしていることはよく分かる。不安で怖くて信用できないと思う気持ちも理解できる。  ただ、宗助にはそうならないと言う根拠のない自信しかなくて、それを翠に形として見せることができないのがもどかしい。  全力で信じて欲しいとは思うけれど、果敢な思春期に信じていた者に捨てられた翠には一番難しい事なのかもしれない。 「それって、俺のこと好きだけど信用できないって解釈していいですか」 「ああそうだよ。凄い好きだよっ! 好きすぎて、好きになりすぎちゃって、こんなん初めてだからお前に嫌われても諦めきれなくて。……会いたくても会えないところまで行くしかないって思ったっ」  バンと椅子を勢いよく押し倒して立ち上がる。  ああ、この男もこんな風に感情を剥き出しにすることがあるのかと、この状況下でそんなことを思う。  愛おしいと思った。  絡めていた指に力をこめればそれをぎゅっと握り返してきて、苦しそうな目をテーブルの上に落とす。 「本、読もうとするとお前の顔がちらついて、もう作ることもないんだって思うと調味料見てるのも辛くなって、全部いらないって捨てた」  でも、と苦しそうな眼差しで言い淀むと、 「海外ボランティアについては、リハビリを終えたあたりから本気で考えてたんだ。日本にいるのが嫌になっちゃってて、どうせ居場所がないなら、一から俺のこと知らない人たちの間で人生やり直そうってそう決めてたっ」  そこまで言って、肩を震わせながら自分を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。  一気に話したからか、少し気が抜けたように俯く翠の手の甲をそっと撫でる。 その気持ちも分からなくも無かった。  家族のことも浅はかだった若気のいたりも自分自身のことも全てに辟易して、どこか遠くへ行ってしまいたいと思う気持ちは、理解できなくない。  そうすることで、心穏やかに過ごせていけるのなら、それもありだと宗助は思う。  どこにも居場所がないと思い込んでいるこの寂しい男を今すぐにでもこの腕で強く抱きしめてやりたい。  お互いを阻むダイニングテーブルの存在がとてつもなく煩わしく感じた。 「だいたい……、黙って抱かせてくださいってなんだよ」  俯いて、歯を食いしばるようにくぐもった声でぼそりと呟く。  翠の肩がふるふると細く小刻みに震えている。 「変に期待させるようなこと言いやがって。お試し感覚で抱かれるなんてことできっこねぇだろっ。お前っ……、お前、そんなこと言うなんて馬鹿だっ」  ぐっと上体を引っ張られる。  「……あっ」とした時にはネクタイを掴まれて唇を塞がれていた。  ぶつかるように押し付けられるだけのキスに目を見開きながらも受け止める。  テーブル越しの苦しい態勢で交わす唇を逃がすまいと追いすがった。  子供みたいな性急で不器用なキスから翠の葛藤がひしひしと伝わってくるようで宗助を堪らなくさせる。  腰を浮かせて、押し付けられた翠の唇を押し返すようにその感触を求めた。  翠の柔らかな唇を角度を変えて何度も味わうように、もっともっとと深く味わう。  我を忘れて無我夢中で舌を絡め合わせていると、突如バっと突き飛ばさられるように唇が放された。  とっさに追おうとするがテーブルが邪魔だ。  互いに呼吸を乱しながら余裕のない視線を交わす。 「翠さん」  翠は肩で息を切らしながら袖で濡れた口許を乱暴に拭うと、今にも泣き出しそうな顔で声を震わせた。 「それでも俺は……俺は海外に行くから」  ここまでしてまだそんな事を言うのかこの男はと思った。  無理だ、今更あんな切実なキスをしておいて、遠い海の向こうへなど行かせられるわけがない。  そう思った瞬間、体が無意識に動いていた。  逃げを打つ翠を捕まえて力づくで肩に抱え上げると、少しばかり乱暴にソファーの上に投げる。何をするんだと、慌てて上体を起こそうとする翠の上に逃がしてたまるかと跨った。 「宗助っ!」  もう躊躇などしていられない。自分に向けられた翠の強い気持ちを知った今、この男を自分のものにせずにはいられなかった。  自分がこれほどまでに貪欲で自分勝手な奴だとは思わなかったが、この状況で本能に逆らうなどできない。  身を捩って宗助の下から必死に逃れようとする翠を、捕まえた獲物を見るかのように煌々と見下しながらスーツの上着を投げ捨てた。  襟元に指を差し込んでネクタイを弛めながら身を屈める。  心は宗助を求めているのにそれを理性が邪魔すると言うのであれば、そんな理性など代りに取り去ってやる。 「やめろ……」 「やめない」  本心では、やめて欲しいなんて思っていないくせに。  一線を越えてはいけない。超えたらきっと後悔するよと、理性が翠に囁くのか。  そんなものに耳を貸すくらいなら、ずっと俺の声だけ聞いていればいい。  顔を寄せて、動揺と困惑と期待に混沌と揺れる苦し気な双眸を覗き込んでいると、抑えられない欲情が腹の底から湧き上がってくる。  綺麗な顔だと思った。  奥二重の涼し気な目許も、肌理の細かい白い肌も細い顎もほのかにりんご色の柔らかい唇も、どれもこれもカフェの温室で見たのと変わらない童話に出てくる天使のように。  この顔が、いつかのビリヤード場で見た時みたいに、あどけなく微笑むのをまた見たい。強張る頬をほぐすように指の裏で優しく撫でた。  宗助の胸を押しのけてくる腕の力は弱々しく、僅かな抵抗の裏にはそれに逆らえきれない欲望が見え隠れする。  そのまま本能に押し切られてしまえばいい。  どこか艶めかしく絡み合う視線を逸らさすことなく、じっと見つめ合いながら翠のこめかみにそっとキスを落とした。  身を強張らせるのが触れた腕から伝わってくる。  宥めるように頬に、耳朶に、首筋にとゆっくり押し当てるだけのキスを何度も施した。  綺麗に浮き上がった鎖骨に舌先を添わせながらシャツをたくし上げてするりと腕を忍ばせると、大きく上下する翠の胸を脇腹からなめらかな肌の感触と骨格を探るように撫で上げる。  あらわになった胸元に唇を這わせ、色づいたものを口に含んだ。  左右の淡いピンク色した飾りを円を描くように交互に舌先で舐め回すと、唇の端で硬くなった乳頭を甘噛みすれば、息を詰まらせて顎を反らせながら濡れた声を零す。 「あぁっ……」  翠の聞きなれない卑猥な声に、宗助は愛撫する口を離してたまらず薄い胸に額を押し当てた。 「あー……今のなんかキた」  不意に、頭上で小さく「くそっ」と悪態をつくのが聞こえた。  男の顔を胸元から見上げるように見ると、悔しそうに唇を噛みしめて睨みをきかせながら見下ろしてくる翠が宗助の髪の毛を鷲掴んでくいっと上向かせる。 「本当……馬鹿だ、お前」 「翠さん?」 「……ベッド行けよ」  さっきまで、せめぎ合う理性と欲望の間であれほど悶えて泣きそうな顔を浮かべていたくせに、不本意だと言わんばかりに悔しそうに顔を歪めながらも覚悟を決めたような表情をする。  何が翠を割り切らせたのか気になったが、この機会を逃すまいと翠の案に応じる。  翠の上から体を退けると、寝室へ連れて行こうと腕を取ろうとして逆に手を捕まれた。 「……来い」  味も素っ気もない、色気の欠片もない誘い方に引かれて付いて行けば、途中引き出しの薬箱から軟膏を雑に取り出してそのまま寝室へと滑り込んだ。  リビングから差し込む明かりだけで薄暗い寝室は、だが、互いの姿を確認するには充分だった。  手を引かれて無言のままベッドの上に向き合うように座らされると、伏し目がちに宗助の喉元辺りを見つめたまま、翠は両手をトンとついて身を寄せてくると首を伸ばすように顎を突き上げてそっと浅いキスをしてきた。  あれほど拒んでいたキスを躊躇いなくしてきたと思えば、顔をふいっと横むかせて意を決したように頭からシャツを抜き取る。  ベッドの傍らに投げ捨てると、薄明りの中、白磁の綺麗な肌が露わになって宗助は喉を鳴らした。男の体を見て欲情する日がくるとは思わなかったが、細身ではあるが骨が浮き出るほどではなくしなやかそうに見える翠の体は、宗助の目には艶げなものに映った。  恥じらいを隠すように宗助から視線を外したまま「お前も脱げよ」と、素っ気なく言ってくるのがなんともいじらしい。  促されるままに宗助もネクタイを解いてシャツを脱ぎ捨てる。 程よく張りつめた厚い胸筋をどこか夢見のようにぼうっと眺めてくる翠を見やりながら、ふとどうして急に心変わりしたのかがまた気になった。  投げやりと言うわけではなさそうだったが、覚悟を決めたと言うか、何か良からぬところへ腹を据えてしまったような気がして一抹の不安を覚えるも、今は目の前の翠に気を取られて思考が及ばない。  目を合わせない翠の華奢な顎をついと取って、今度は宗助から軽く上唇を食(は)んだ。 甘んじてキスを受ける翠の肩をトンと押して体をベッドへとゆっくり押し付ける。  素直に仰向けられる翠の落ち着きようがやはり気になって、宗助は唇を離すと、愛しい人の頭を両手で抱き込みながら半ば捨て鉢のように揺れる眸に思いついたことを問うてみた。 「まさかとは思うけど、思い出セックスとか考えていたりしないすよね」  揺れていた焦点が一瞬カチとなるように宗助に向く。  向いたかと思えば、あからさまにはぐらかすような素振りで、宗助の頬を両手で挟んで柔らかい唇を押し当ててくるものだから、やっぱりそうなのかと気づいてしまう。 この男はどこまでも自虐傾向が抜けない、どうしようもなく臆病なのだと思ったら、そうはさせるかと翠の頭をいっそ強く抱き込んで啄んでくる唇にこれ以上にないほど深く口づけた。  押し付けられて翠の頭が枕に沈む。  どこへも行かせはしないと、翠の舌を絡めとって熱い粘膜をどこまでも追い詰めるように貪った。  好きな相手と合わせた一度きりの温もりを思い出に、これからの生きていく糧にしようと考えるなど悲しくて哀れでしかない。憤りを感じてどうしようもなくなる。この男がどこまでも免罪符のように孤独であることを己に科すのであれば、離れ難いと思わせるほどに心ごとこの身を搾り取ってやろう。 宗助は理性をかろうじて繋ぎ止めながら激しく翠を求めた。  侵入した口腔をたっぷりと舐め上げて、口蓋をくすぐると翠の鼻から苦しいとも甘いともつかぬ息が漏れる。  この愛おしい男をいっそのこと縛り上げて閉じ込めておけたらいいのに。 「翠さん、好きです」  鼻先触れ合うほどの距離で、けれどそれにも答えず切なく目許を潤ませながらもっともっととキスをせがんでくる。  可愛い。どうしようもなく可愛くて求められるままにキスを与えて体が軋むほどに抱きしめた。  微かに胸を上下させる翠の喉元に舌を這わせ、肩へ胸へと下りていくと、先ほどソファーで甘美な声を出させた乳暈をぺろりと舐めれば既に硬く屹立した淡い突起を指の腹で押すように揉んでやる。 「……んっ」 と、喉を反らして小さく鼻にかかったような声を漏らした。  さきほど、翠の卑猥な声に下手に「キた」などと言ってしまったものだから、気にしてか恥ずかしさからか、腕を口に押し当てて声が出るのを必死でこらえているのを見ると、どうにも喘がせたくなる。  いじめたい、という気持ちが一瞬芽生えたのを慌てて摘み取った。  可愛さあまって憎さ百倍なんてものが、今ならよく理解できる。自分がサド気質だと思ったことはないが、こと翠に関してはいつでもそんな気持ちがあったように思えた。  胸のぷくりとした淡く色づいた乳首を摘むように擦ってやりながら臍から脇腹へと何度も往復して舌先で舐め回しては時折乳首をくちゅくちゅと口に含んでやると堪らず翠が息を詰める。 「ん……っんん……」  下唇を噛んで声を殺そうとする翠を陶然と見やりながら、既に布の中で膨らみをもった翠のものに容赦なく触れる。  形を確かめるように揉んで、ファスナーを下すとひと息にズボンを引き抜いた。  初めて見る翠のまっすぐでしなやかな足。  女のような柔らかさは無かったが、程よくしまって吸い付くように滑らかだ。  膝を割って内腿を撫で上げるように下着の上から中心に触れた。  緊張するように腰が小さく震える。  揉むようにして撫で扱いてやると更に育って布を湿らせた。  両腕をクロスするようにして目を覆っている翠を眺め見ながら、そっと下着をずらして飛び出てきたものを根元から掴んでゆっくりと上下する。 「……はぁ……っ」 と、翠の口から声にならない息が漏れた。  そうだ、そのままもっと喘げばいい。  これほどに躊躇なく男のものを握れることに、なんら不思議を感じなかった。  ごく当たり前のことのように受け入れられる。  他の男では到底無理だろうが、翠であればなんだってやってやりたかった。  その上、女と違って感じているのが目に見えて分かるというのは酷く興奮させられる。  中心を撫で揉みながら、少しずつ息を荒げて薄く開いた翠の口からちろちろと見え隠れする赤い舌先がなんとも卑猥だ。  先ほどから感じていることを隠そうとするように顔を覆う翠の腕をじれったいと言わんばかりに引き剥がしてベッドに押さえつけた。  睫毛を濡らせて恥じらうような目を見つめながら、手の中で張りつめる亀頭の先を指で愛でてやると喜んでぬるぬると泣き出す。  ぬるぬるになった鈴口を親指の腹で割って執拗に嬲ってやると、息を詰まらせて眉を寄せた。 「はぁ……ぁ……あっ」  顎を反らして艶めかしい首筋が露わになった。  喘ぐたびに誘うように動く喉ぼとけがなんとも甘く蕩けた果実のようで、舐めずにはいられない。  舌で転がすつもりが軽く噛みついていた。  いつもよりワンオクターブ高い翠の上擦った喘ぎ声が宗助の下半身を重く疼かせる。  噛みついた首筋から鎖骨へと舌を舐め滑らせ、脇腹、下腹へと啄むように丹念にキスを施していくと、翠の反り勃ったものになんら躊躇いもなく顔をうずめた。  敏感な鈴口に舌先を入れて、そのまま食らいつくように翠のものをずるりと口腔に咥え込む。  慌てる翠の気配を無視して根元からカリ首までをすするように舐め上げた。 舐め上げては口腔に咥え込んで再びすすり上げては咥え込む。 宗助の髪の毛を鷲掴んで押し剥がそうとする翠の手首を捕らえて脇にやる。  脇によけた手首を抗えないよう強く押さえつけたまま、宗助は執拗に何度も繰り返し頭を上下させて口の中のものを舐めしゃぶった。 「や……やめろ……っ」  宗助、と頭をイヤイヤしながらそんなことしなくていいと抗議する翠を視界にしっかり留めながら滾ったものの独特の匂いと味を堪能した。 「そ……宗助っ……」  男のものなど無理して咥えなくてもいいと言いたいのか、抵抗する翠にあらぬ興奮を覚えながら裏筋を陰嚢辺りから唇で挟むように何度もちゅぷちゅぷと音を立てて舐め上げる。  括れのところを舌先でちろちろとくすぐるように舐めてやると翠の細腰が跳ねた。 「は……ぁっん……あぁ……ああ」  抵抗するのをあっさりと放棄してシーツを手繰り寄せながら卑猥に腰を揺らし快楽に溺れようとする。 「ここ、こうされるの好きすか。気持ちいい?」  カリ首のところを食むようにしゃぶって舌で擦り撫でてやりながら問えば、胸を忙しなく喘がせる翠がこくんこくんと頷くのがまた堪らなく愛おしい。  尿道から止めどなく漏れ出るカウパーをすすり舐めながら再び根元まで咥え込こんだ。 今にも爆ぜそうなほど張りつめたそれを頭を振って扱こうとした時、翠の腿が宗助の頭をぎゅうと挟み込む。 「だめ……っ」  イッちゃう、と切羽詰まった声に、しばらく動きを止めて逡巡した宗助は、名残惜しそうに口内から翠のものをずるりと抜き取った。 「あぁっ……」  と、小さく喘いでふっと足を弛緩させる。  股間から顔を上げ、腕をついて上体を頭上へと移動させれば、恍惚に潤んだ瞳を覗き込むように下からすくうようなキスをした。  裸と裸で抱き合って擦れ合う肌感がなんとも心地いい。  先ほどの口内性交に対して恨めし気に眉を寄せる翠の耳に唇を押し当てたまま吹きかけるように囁いた。 「後ろ、挿れてもいいすか」  小さく頷うくのが分かる。 「後ろ使うの久しぶりですよね?」  無粋な質問だとは思ったが一応確認しておきたかった。  腕の中に抱き込んだ頭がこくんと一つ大きく頷く。  男を抱くのは初めてだったが、仕事上ゲイサイトなんてものを扱っていると知識だけはついた。  久しぶりなのであればうつ伏せのほうが楽だろうか。  上体を起こして翠の肩を抱き寄せるとゆっくりとうつ伏せに体勢を入れ替える。  されるがままに枕に顔をうずめながら息を潜める翠の上に覆いかぶさって、サラサラの髪の毛にキスを落とすと、うなじに優しく噛みついてそのままツーッと背中を通って腰の辺りまでゆっくりと舌で舐めなぞった。  しなやかな身体をわずかにくねらせる翠を眺めながら、引き締まった染み一つない柔らかな臀部を食んだ。  うっすらと陰る部屋の中で、いつかのDVの彼につけられたというタバコの焼き印の跡が腰の周りや腿の付け根、はたまたきわどい場所にまで見て取れる。  長い年月の中で既に赤みは引いて少しだけ引き攣ったように残る肌色の小さな斑点に、宗助は顔も知らない愚かな男に怒りが込み上げて頬が引き攣りそうになるのを焼き印の跡を強く啄むことで抑え込んだ。  所有物と言わんばかりにつけられた憎々しい跡を上書きせんとばかりに、赤く色づくまで何度も強く吸って口づけた。  その内に焼き印を啄んでいるのだと気づいた翠が無言で身じろがせる腰を両手で押さえつけて、更に執拗に口づける。  翠が堪らなく宗助を振り返って、辛そうに目を細めながら、 「……やめろ。汚い。放っておいてくれていいから」  語尾を強めに訴える翠を臀部越しに見やりながら、 「汚くなんてないですよ。ここも、ここも、この跡すら全部俺のものにしたいぐらい、あんたが欲しい。何度口づけても足りない」  こんなところの印だって、と翠の熱を孕んだ袋の付け根に強く吸い付くと、「……あ」と掠れた吐息と共に脇腹を震せた。 「……お前も下、脱げって」  そう言いながら翠が枕元の軟膏に手を伸ばすより先に横からそれを奪いとる。 「おまっ! いいから、それ、そんなことまで……っ」  しなくても、と腕をついて慌てて起き上がろうとした翠の背中を強引に胸で押し戻しながら、煩く抵抗しようとする口を横から無理な姿勢で塞ぎこんで黙らせた。 「自分でやるより、この場合やっぱ俺がやったほうがいいと思うんすけど、嫌ですか」  怯えているようにも恥ずかしそうにも見える瞼にそっと口づけると、返事を待たずして翠の腰を掴んで引き寄せ両膝を立たせた。  抵抗しても無駄だと観念したのか、枕に半顔を埋めながら羞恥に潤んだ眼差しを不安げに向けてくる。  翠に見られながら自分もスラックスと下着を脱ぎ捨てると、軟膏を指に馴染ませ、翠の窄みにゆっくりと撫でつけた。  一瞬腰を震わせた翠の後孔を上に下にと刷り込むように行ったり来たりと撫でまわす。  中指で入口の襞を円を描くようにすると、きゅうと後孔が引き締まるのが分かった。思わずごくりと唾を飲み込んだ。  今すぐにでも突っ込みたいという衝動をくらっとする頭でどうにか堪えて、ゆっくりと花弁を押し開くように指をうずめていく。  中の粘膜は温かく、宗助の指に肉が吸い付いてくるようだった。 「んんっ……あぁ……はぁあ……」  久しぶりの快感に枕を掴んで堪らなく漏らす翠の声に陶酔しそうになりながら、指を根元まで沈めると、中を優しくかき回して内襞をそっと撫でてやる。  前立腺がどのあたりにあるのか、中指の腹で中の肉壁をやんわりと擦りながら手探りで押し進むと、 「あっ……ぁああ……っ」  電流でも走ったように翠の腰がビクビクと跳ね上がった。 「ああ……ここ。ちょっと張ってる感じなんだ」  と、冷静に感想を述べながらなおもそこを指の腹で撫で摩ってやる。  枕に額を押しつけて体をくねらせながら甘ったるい吐息を漏らす男の背中に軽いキスを落とした。  軟膏を付け足して指を二本に増やすと爪を立てないように翠の中へゆっくりと挿れる。  だいぶ柔らかくなってきたそこは、難なく宗助の指を飲み込んだ。  本来であれば快感を与えるための場所ではないのにもかかわらず、酷く官能的で甘味な蜜が滴り出る壺淵のようで卑猥な音を立てながらむしゃぶりつきたくなる。  喉を鳴らすと、欲望で反り返った己の起立を窄みに撫で擦るように当てつけてから翠の中へとゆっくり侵入を開始した。 「くっあ……ああっ……」  翠の口から苦しそうな声が漏れるも、もう止まることはできない。  強張る肩を宥めるように摩ってやり、項に首筋に甘噛みするように何度も口づけてやる。  力を抜こうと翠から吐き出される詰まった息遣いを感じながら腰を押し進めると全てを翠の中に収め込んだ。 「あぁー……やべぇ」  思わず呻る。  どんなものかと思ったが想像以上に翠の中は狭く宗助をぎゅうぎゅうと締め上げてきて下腹部をジンと疼かせた。 「翠さんの中、すげぇ温けぇ」  苦しくないか、辛くないかと尋ねれば、目許を赤くした翠の目が大丈夫だと頷いてみせる。  それを皮切りに宗助は腰をゆっくり動かし始めた。  喘ぎ声を必死で堪えながら掠れた吐息を吐き、宗助の胸の下で細い体がしなやかにたわむ。  お互いの体温が高くなっていくにつれ宗助を締め付ける翠の中がねっとりと絡みつくように押し迫ってくるようで宗助はその快感を夢中で追った。  丁寧に優しくしようと思っていたものが飛びそうになる。 「くそっ……気持ちいい」  上体を起こして細い腰を両手でがっちり掴むとより深みへと強く杭を穿った。  テンポを上げて翠の臀部にパンパンと音を弾きながら強く早く抽挿を繰り返すと翠の腰が快楽に震える。 「はぁ……あっ……あっあっ……」  翠が枕を頼りなげに掴み寄せて堪らなく湿った声を漏らすと、それを陶然と見下ろしながら独占欲にも似た征服感を覚える。。  もっと喘がせて、いつも素っ気ないこの綺麗な顔をもっと耐えがたい淫乱な表情へと溺れさせたい。  自分がこれほどまでに口渇していたのかと、恐ろしくなるほど宗助は翠の体を激しく貪った。  女と違って控えめな喘ぎ声が妙に宗助の官能を刺激する。  反り立った屹立も声も吐息も飾らない身体も全てが自然体であますとこなく甘美だった。  腰を翠のケツに叩きつけながら、 「……翠さん、気持ちいい? ねえ、気持ちいい?」  余裕のない上擦った声で問えば、睫毛を濡らしながら翠も感じていると判る表情で小さく頷く。  少し乱暴に、サラサラの髪の毛をくしゃと鷲掴んで無理な体制で顔を横向かせれば噛みつくように口づけた。  口づけた状態のまま動物のように腰を穿ち続ける。 気が遠くなるような快楽に、重なり合う互いの唇の合間から切実な吐息がどちらともなく漏れる。  翠の中に挿れたまま体を起こしてベッドに胡坐をかくと、その膝の上に翠の腰を強引に引き寄せた。  一瞬驚いた翠が小さく悲鳴をあげるも、気に留めることなく片膝を裏から抱え上げて宗助の上に座らせる。反動でぐっと宗助の張り詰めたものを一気に奥まで飲み込んだ翠が思わず嬌声をあげた。 「あっ……ああぁっ……んっ」  体を反らしてヒクつかせる翠のしなやかな体を後ろから抱きしめて、逃げ場など与えてやるかと肩を抑えながら下から上へと容赦なく翠を突き上げる。 「はんっ……あっ……あっ……ああっ……」  宗助の屹立を限界まで咥え込んだまま味わったことのない快感に翠の腰が胴まで震えた。  濡れそぼった奥部で蕩けるように熱い肉壁が宗助のものをきつく締め付けて離さない。  互いに我を忘れて夢中で快楽を追った。 「んあっ、いいっ……き……もち……あっあっ……や……も……ああ」  きゅんと窄まった場所で翠を感じながら、絶頂が近いと予感した。  翠が自らの滾った中心へ手を伸ばそうとするのを無理やり押さえ込んで、切なく啜り啼く項を優しく啄む。 「なに、どうして欲しいの」 「……すけっ……やぁ……んっ」  意地悪してくれるなと濡れて赤らんだ目尻を快楽に歪ませながら身体をしならせる。  その穢れの知らない天使のような顔でどうして欲しいのか言ってみろと、後ろを穿ちながら胸の突起をを摘んで擦ってやれば、たまらなく髪を乱して啜り泣くように懇願する。 「触ってっ……そ……宗助……おね……あぁっもう……いかせてっ」  触ってほしくて堪らないのだと、縋りつくような眼差しで懇願してくる翠にいいだろうと存分に応えてやる。  翠の硬く反りかえった欲望を先走りと共に扱いてやると、堪え性のない熱い強烈な締め上げが宗助のモノを押し包んでくる。  背中をしならせ顎を上げて啜り喘ぎながら懸命に快楽を追う翠が愛おしい。  高見を目指して前を扱きながら後ろを突き上げてやると、宗助を咥え込んだまま翠の体が嬌声をあげた。  手を濡らす生温かいものを感じて翠が達したのだと知る。  宗助もそのすぐ後を追おうと抱え込んだ細腰に何度も欲望を叩きつけると低く呻りながら感じたことのない絶頂を迎えた。  息を細く吐いて体を震わせる翠の中から己を引き抜いて正面から抱きしめると、かつてしたことがないほどの優しいキスをした。  互いに抱き合いながらシーツの上に縺れ込み離れ難いと互いの体温を手繰るように口づけを交わす。  重ね合わせた熱い唇をどちらともなく離せないまま抱き合っていると、宗助の首に回された翠の腕が少しずつ脱力していくのを感じた。  唇を離す瞬間に「好き……好き」と、うわ言のような翠の掠れた声を聞いた。

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