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Act.5 だから本当に君には敵わない

「…………こういうのって、勝手に買っていいもんなんですかね」 「はい?」 「……デザインの好みとか、そういうの……気に入ったの選びたいとか、思ったりするんですかね……」 「…………そう、ですね……デザインを選びたいからとお二人揃って来られる方もたくさんおられますが、やはりお客様と同じように男性一人でいらして、随分たくさん悩んで決められる方もおられます」 「そうなんですか……」 「…………嬉しいんじゃないでしょうか。そういう……自分のために悩んでくれた時間は、きっと指輪そのものよりも」  ……店員の言うことじゃありませんね、忘れてください。  そう付け足して穏やかに微笑んだのは、あの日オレにパンフレットを手渡してくれた店員さんだ。  目標額は、あの後アッサリ超えた。深夜になると時給が上がることがすっぽり抜け落ちていたのだ。なんだか呆気ないというか、拍子抜けというのか。色んなモノに囚われて周りが見えなくなっていたことが恥ずかしくて情けなかったけれど。  気のいいおっちゃんや寡黙なお兄ちゃんに、目標額が貯まったからもうすぐ辞めると伝えたら、予想外に嘆いてくれてなんだか照れ臭かったのも事実だ。  がんばれよと肩を叩いて見送ってくれたおっちゃんの気の良い笑顔にも背中を押されて、ドキドキしながら店へ近付いたら、今度はあの時の店員さんがこっちに気付いて優しく笑ってくれた。 「いらっしゃいませ」  あぁオレホントにここまで来たんだなぁ、としみじみ嬉しくてぺっこりと頭を下げたのが、たぶん2~30分前のこと。  あの時一目惚れした指輪にするつもりだったのに、同じデザインの指輪が自分の指にはどうも馴染まなくて。似たようなデザインと見比べては、頭を抱えていた。 「…………お二人で別のデザインを選ばれる方もいますよ」 「ぇ? 結婚指輪なのにですか?」 「えぇ。当社では結婚指輪の一つ一つにストーリーを込めてデザインしておりまして、シリーズという呼び方でお客様にご提供しておりますが、同じシリーズで別のデザインを選ばれる方もいらっしゃいます」  そっとパンフレットを開いて見せてくれながらそんな風に提案した店員さんが、オレが最初に選んでいた指輪を見てからオレを見る。 「お相手の方は少し華奢な手をしておられるのでしょうか?」 「……そう、ですね?」 「……お客様の手は、どちらかと言えば大きめの、しっかりした手をしていらっしゃいますので、恐らくはリングの太さでしっくり来ないのだと思います。お相手の方に選ばれたリングは『弓張月』というシリーズで、全体的に少々細めのお作りになっています。……こちらの『皓月』というシリーズですと、全体的にしっかりとしたフォルムになって参りますのでお客様にもよくお似合いだと思いますよ」  立て板に水のセールストークを繰り広げる店員さんに、しどけろもどろで頷きながら言われるままにはめてみる。  確かにさっきまで選んでいたものよりもしっくりと馴染んでくれることに気付いたら、さらに悩んでしまった。 「……やっぱり見るのとつけるのとじゃ全然違いますね」 「そうですね。やはり身につけると印象は変わると思います」 「…………そうですよね……」 「…………お相手の方と、もう一度おいでになりますか?」 「……」  心配そうな顔で見つめられて、一瞬迷う。  司が好奇の目で見られるようなことは、やっぱり避けたい。  人の多い場所で手を繋ぐのは、あまり気にしていない。人の多さに紛れるだろうし、みんな自分の楽しみを優先するだろうから注目されることも少ないと考えているからだ。  実際、そういう場ではあまり注目を集めることもなく、言い方はおかしいけれど無事に楽しい思い出に出来た。  けれど、こういう店に男2人はさすがに悪目立ちすぎる。 「………………一度、相談してみます」 「そうですね。やはり長く身につけて頂くものですので、お相手の方ともよく検討されてください」  にこりと愛想良く笑ってくれた店員さんが、大丈夫ですよと言葉を重ねてくれた。 「長く身につけるものです。じっくり時間をかけて選んでください。勿論、他のお店で見て頂いてもいいんです。最終的に当店を選んで頂ければそれは勿論とても嬉しいですが。お二人ともが気に入って身につけたいと思われることが一番大切です」  ***** 「そういえばさ」 「ん?」  颯真が朝のコンビニシフトを終えて帰ってきた午後。  少し前から気になっていて聞かないとと思っていたことを、ようやく思い出して颯真に声をかけた。 「オレ、指輪って1回もしたことないんだけど、サイズとか分かんないと買えないよね?」 「--------ぁ」  ホントだ、と呟いてこっちを見た颯真が照れ臭そうに笑う。 「全っ然考えつかなかった」 「んもー……」  呆れて笑い返したオレに、でもちょうどよかった、と笑った颯真がゴソゴソとクローゼットを探って、サイズの割にはずっしりと重そうな紙袋を出してくる。 「なにそれ?」 「指輪のパンフレット」 「ぇ!? そんなの集めてたの!?」 「違う違う。店員さんがくれたの」  照れ臭そうな苦笑いを唇に載せた颯真が紙袋からたくさんのパンフレットを取り出して、その中から1冊だけを選んでオレに手渡してくれる。 「それ、オレが買おうとしてたやつ」 「--------15万!?」 「2人分だから倍するんだけどね」 「ちょっ…………そんな高くなくていい」 「いくなかったの! なんか……こんなんただのオレの我が儘っていうか、ちっちゃいプライドだけどさ。下手に安いってか、チープなの贈って他の誰かに見下されたくなかったって言うか……。……何よりさ。似合うだろうなぁって思ったんだよ、司の手に」 「けど……」  よくよくパンフレットを見れば、あくまでも最低価格が15万円で台座の素材や石の数によっては20万円以上になるようだ。 「…………でも、オレも色々とさ……店員さんに言われて、思った」 「なにを?」 「2人ともが気に入って長く使えるのが一番だって」 「……」 「一生付けるんだから、2人とも気に入らなきゃって」 「……」 「……けどさ、だからって2人一緒に店に行けるかって言ったら、行けないでしょ。だから、どうしよっかなぁって思って悩んでたんだよね」 「そうま……」  どうしよっか、と困った顔で笑う颯真に、そっと首を振る。 「……店長がね、言ってた」 「? 司のバイト先の?」 「指輪って高いんですかって聞いたら、ピンキリだって笑ってた。……店長はね、オレのはやっすいやつやでって笑ってた」 『指輪って、やっぱり高いんですよね……』 『ぉー? なんや急に。……まさか結婚すんのか!?』 『いやっ、ちがくて! まだしないですけど!! ただなんか、ちょっと気になっただけで……』 『なんや焦ったー』  ケラケラと楽しそうに笑ったオーナーが、ほろりと苦い笑いを唇に載せてそやなぁと呟く。 『高い安いで言うたらそらピンキリやけど。……オレのはめちゃくちゃ安かった。2人合わしても2万いかん』 『ぇ!? そんなもんなんですか!?』 『ちゃうねん。オレはもうちょい頑張るつもりやったんやけど、そんなんに金掛けるくらいやったら美味しいもん食べよて嫁が言うたんよなぁ。でもやっぱ、男としては虫除けの意味もあるからつけとってくれって土下座する勢いで頼んで付けてもらったんや』 『へー……』 「----ちょっと待って、店長さんて結婚してんの!?」 「ぇ? うん。なんか子供もいるみたいだよ?」  そう付け足してやれば、ホントにただの空回りだったんだ、と情けない声でぼやくから。その言葉は聞こえなかったフリをして、そっと笑った。 「2人とも気に入るのも大事だけど、値段にこだわる必要もないよ、きっと」 「……そだね」 「とはいえ、サイズの方が重要だと思うんだけど……」 「それはちょっと調べたらすぐに出てきそうな気がする……」  ハタと思いついたようにスマホを操作した颯真が、ほんの数分で、あったと声を上げる。 「たこ糸かマスキングテープなどの紙テープを指に巻いて測る……」  男の1人暮らしにたこ糸などなければマスキングテープもない。あってせいぜいガムテープだ。  かくりと肩を落とした颯真がおかしくて可愛くて、ぽふぽふと頭に手を載せてやる。 「今度買い物の時に100均行けばいいじゃん。マスキングテープなら100均で買えるよ。姉ちゃんが買ってるの見たことあるし」 「そだね」  ぱふぱふしていたオレの手を取った颯真が、落ち込んだ溜め息の後で気障ったらしくオレの手に唇を寄せてきた。 「なんか最近、格好悪くてしまんないとこばっか見せてるね」 「別に……そんなの気にしないよ」  照れくささを隠すつもりの口調は、放ってみたらやけにぶっきらぼうに思えて慌てたけど、颯真はほんの少し苦しそうな顔でオレを見つめてくる。 「オレさ…………自分があんなに嫉妬するとは、思ってなかったんだよね」 「……うん?」 「……司が他の誰かと歩いてるとこ見ただけであんなに不安になったりするとは思ってなかったんだ」  格好悪いなぁと心底情けない声でぼやいた颯真が、ぎゅっとオレの手を握って言葉もなく唇を噛みしめているから。 「----いいんじゃないの」 「……なにが?」 「格好悪くたっていいんじゃないの?」 「……司?」 「……ずっと思ってたんだ。……颯真ってなんか……いつも大人で、かっこよくてさ。まぁ、その分気障だけど……。……オレなんか全然ダメだなぁ、敵わないなぁってずっと思ってた」 「そんなこと……」 「だから、ちょっとくらい格好悪い方がいいよ。オレばっか格好悪いなんて、なんかズルいしね」  照れ臭く笑って見せたら、泣くのを堪えるみたいにぎっゅと目を閉じた颯真が、口元を照れ臭そうな苦笑いの形に歪めて笑った。 「ホントに……司には敵わないなって、オレもいつも思ってるよ」 「へ? なんで? なにが?」  え? え? とキョトンとしたオレにはなにも応えないままで、ぎゅうっと力一杯オレを抱き締めた颯真が、弾けそうにキラキラした顔で微笑ってくれた。 「大っ好きだよ司」

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