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第5話

祖父が亡くなったとき、東城はひどく悲しんでいた。だが、臨終に立ち会い、通夜や葬儀、思い出話をしているうちに、徐々にその死を受け止めていくことができたのだ。 だけど、今の東城は、急にその死を知った。 死は死のまま、悲しみは悲しみのままだ。 「俺、どうしてた?葬式の時とか」 「お通夜で、お祖父さんと銀座のスナックに行った話をしてくれました」 「そうか。その話、あなたにしたんだ。誰かに話したことなかったんだけど。あなたのこと、本当に」と言って彼は口を閉じた。何と言おうとしたのかわからなかった。 東城が、広瀬に手を伸ばした。招かれるままに、広瀬は彼の隣に座った。 通夜の時と同じく彼の肩にそっと手をかけた。あの時は、そばにいれば、少しは慰めになれたけれど、広瀬のことを覚えていない彼には、どうだろうか。 「祖父には、あなたのこと、紹介してたのか?」 「いえ。会ったことはありません」 「そうか。残念だったろうな」と彼は呟いた。 それから、ふいに、広瀬の方をむき、ぎゅっと抱きしめてきた。肩に顔を埋めている。 「しばらく、こうさせておいてほしい」と彼は言った。声が、のどに詰まっていた。 広瀬は、彼の肩をなでた。こうして触れる体温は、同じだ。それが広瀬にとって今日一番辛いことになった。 その夜、東城と別の部屋で寝た。自分のことを知らない彼と同じベッドで寝る、というのには違和感があったからだ。 東城もそのことについて何も言わなかった。 部屋を暗くした後で、広瀬は、ベッドの上で寝がえりをうった。 一人で寝るのは慣れている。このところずっと東城は入院していて不在だったし、その前だって彼がいないことはよくあった。 でも、同じ屋根の下に彼がいる独り寝なんて。どんなに喧嘩しても最後には彼の熱を感じ、熟睡することができていたのに。 自分が緊張もしているのもわかる。東城にとって広瀬は知らない人。同じように、今の東城は広瀬にとっても知らない人だ。 石田さんが言っていたように、時間が解決することなんてあるんだろうか。 眠ろうとすればするほど目がさえて、その夜はほとんど眠れなかった。

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